第七八二話、円盤兵器の巣
アメリカ東海岸を目指す異世界帝国軍の上陸船団、そして前衛艦隊が、日米英の艦隊と交戦している頃、アフリカ大陸西岸、ダカールに作られた巨大航空基地が存在した。
異世界人が新たに建造したそこは、アミナ航空基地と呼ばれる。
当初は重爆撃機用に作られたが、現在は、直径155メートルあるアステールを複数機、駐機できる基地として存在している。
「急げよ。いつ出撃がかかるともわからんのだ」
異世界整備兵と、作業用ゴーレムが慌ただしく行き交う。彼らは、円盤型攻撃要塞アステールの整備と補給作業を行っている。
巨大円盤であるアステールは、大航続距離を持ち、エーワンゲリウム機関という反重力推進装置を用いることで、長時間の滞空を可能とする。
一方で、まだ先行量産型ということもあり、整備作業量も多く、かなりの時間を必要とする。
兵装についても、光線砲および、大出力熱線砲は、使用したならば交換すべき部品も多く、これまた帰還後、即補給、出撃とはいかない代物だった。
機体各所に搭載されている8センチ光弾砲20門は、異世界帝国艦艇にも装備されている汎用品なので、こちらは問題ないのだが、対地・対艦攻撃ではいまいちの攻撃力しかない。これはどちらかといえば、迎撃装備である。
アメリカ東海岸に侵攻し、米陸軍の飛行場を破壊した5機のアステールは、現在、再度の出撃に備えて、急ピッチで作業が進められていた。
「第一戦闘軍団が出ているんだ。俺たちに出番なんてあるのか?」
「残敵掃討に駆り出されるんじゃないか?」
「そりゃ、贅沢な使い方だ」
作業を尻目に、待機所のアステール・クルーたちが雑談をしている。
「馬鹿言え。我々がそんな勿体ない使われ方をするものか」
「少佐殿、では俺たちの次の任務は何になるのですか?」
「ん? そうだな。北米大陸深くへ乗り込んで飛行場の攻撃じゃないのか?」
少佐の言葉に、クルーたちは顔を見合わせる。
「またですかぁ?」
「また、というが、我々アステール隊のもっとも得意とするのは、基地攻撃だ。むしろそれをやらずして、何をするというんだ」
「それは、そうですが……」
「いいか、あちらは敵地だ。こちらの重爆じゃ思うように爆撃できない。だから、我々がやるんだ」
アステールには、大西洋を渡り、往復するに充分な航続距離がある。これまで陸軍の進撃を助けてきた重爆撃機部隊をもってしても、届かない北米大陸の奥地に乗り込むことが可能だ。
何より、アミナ基地のアステールは、この地球世界に存在する最後の5機となる。本国から新たに機体が送られてくれば話は変わってくるが、先行量産機で、まだ数が少ないため、その期待も薄い。
なお、ゲラーン・サタナス中将が、サタナス家の権力を活用し、その量産型を8機ほど持ち去ったことも影響していたりする。そしてその8機は、今回の北米侵攻作戦で使用され、4機がサンディエゴで撃墜。残る4機は不明となっている……。
いつお呼びがかかってもいいように、整備と補給を進めるアミナ基地。
しかし、その所在は、日本海軍の彩雲偵察機によって発見され、日本側の知るところになっていたのである。
・ ・ ・
時間は少し遡る。
アステール隊が、米軍の飛行場と基地を破壊して回った後、日本海軍はその存在を重要視し、ただちに追跡調査を行った。
連合艦隊司令長官、山本 五十六大将の命令を受けた哨戒空母の偵察航空隊は、アフリカ大陸のダカールにおいて、異世界帝国が新たに作った巨大航空基地を発見した。
当然ながら、放置はできなかった。
すでにここから飛び立ったアステールは、北米大陸に飛来して米軍飛行場を破壊して回ったのだ。
ひとたび出撃すれば、日米英艦隊が交戦している場は航続距離内。たとえ艦隊戦で奮闘しようとも、アステールの介入一つで流れが変わる恐れがあった。
「問題は、どう始末をつけるか、です」
連合艦隊司令部、源田 実航空参謀は、山本に告げた。
「海上から撃つには、些か距離があります。航空攻撃を仕掛けるのが定石となりますが、なにぶんあの円盤は、装甲が厚く、通常の魚雷や爆弾では効果がありません」
防御障壁の有無は関係なく、素の装甲も分厚いことが、鹵獲した際に判明している。
「かといって、転移誘導弾の在庫に余裕がありません」
インド洋決戦に続き、東海岸防衛戦においてもどれだけの転移誘導弾も目一杯使われる可能性が高い。
それでなくとも、第一、第二機動艦隊に配分の対艦誘導弾のうち、転移弾は予定本数を充たせず、通常弾頭で間に合わせている。
「そうなると――」
山本が片目で源田を見れば、航空参謀は首肯した。
「はい。長官が前回、仰られた通り、稲妻師団を用いて、地上から制圧するのがよいかと」
アステールの出所を探る際、山本は、特殊戦闘部隊である稲妻師団を使い、あわよくば円盤を鹵獲したいと口にした。
最初に聞いた時、すでに数機を鹵獲し、魔技研に修理と改修をさせているのにこれ以上鹵獲する必要があるのか、と源田は疑問に思っていた。普通に破壊した方が早くケリがつく――そう思っていたら、弾薬の都合上、山本が言った通りの展開になった。慧眼というべきか、恐るべき勘のよさ、というべきか。
「先日、持ち駒作戦の終盤でのマナウスの要塞都市と空中要塞をぶつけて、都市を制圧する作戦は、結局、要塞都市の完全崩壊で流れました。投入予定だった稲妻師団も、そのまま任務に投入が可能です」
「では、そのように」
山本は了承した。かくて稲妻師団に動員がかかり、ダカール近郊の敵巨大航空拠点――アミナ航空基地への攻撃指示が飛んだ。
稲妻師団司令部は、偵察情報から、襲撃計画を立案。駐機されている円盤兵器の位置とその周辺の様子。そして飛行場施設と、アヴラタワーの破壊に必要な戦力を割り当てた。
そして、東海岸を巡る決戦当日。
稲妻師団主力は、転移中継ブイを用いてダカール沖に移動すると、遮蔽を用いてアミナ航空基地を目指した。
その先鋒は、特殊部隊員を載せた虚空汎用輸送機30機からなる、第1029海軍航空隊だ。
これらは兵員を輸送する機と、地上部隊支援用に武装を追加した虚空改で編成されていた。
いつものように正面に遮蔽を展開。敵のレーダー、そして目視を避けつつ、後続機は前の機の後部を見ながら距離と図って飛行する。
やがて、基地が見えてきた。
巨大な駐機場を圧迫するように直径155メートルの大円盤が並んでいる。
「まるでデカい餅みたいだ」
とある虚空汎用輸送機の機長は言った。すさかず副操縦士が返した。
「鏡餅の季節じゃあないですよ」
「それ以前に食い切れないデカさだ」
虚空汎用輸送機は、航空写真で定めた降下地点にそれぞれ分かれた。アステールの周りでは、忙しそうに整備員が行き来している。
機長は腕時計を見た。
「……時間だ」
それと同時に基地よりやや離れた位置にそびえる黒い塔――異世界人の生命線であるアヴラタワーに爆発の光が起こった。
第523海軍航空隊の彗星戦闘爆撃機が、遮蔽の中から対地上用転移誘導爆弾を投下、ぶつけたのだ。
異世界帝国の整備員たちが、一斉に爆発の方を見た。そしてタワーの破壊に驚愕している中、虚空汎用輸送機は駐機場に垂直着陸を行った。
すかさず開かれたハッチから、稲妻師団特殊兵が飛び出し、アステールに向かいつつ、邪魔な敵兵に銃弾を撃ち込む。
アミナ航空基地、強襲作戦は始まった。