第七八一話、遮蔽攻撃する巡洋戦艦
全長320メートルのリトス級大型空母が、爆発四散したのは、まさに突然であった。
まるで弾薬庫が吹き飛んだかのような大爆発、轟沈だった。
ムンドゥス帝国第四群の司令部も、ウォークス中将以下、参謀たちも、あまりに急なことに愕然とする。
「な、何が……!?」
爆沈した空母について、艦橋が騒然とする中、またもや腹に響く轟音が響き渡った。
『「ブルーンズ」に爆発!』
またもや別のリトス級大型空母が吹き飛んだ。参謀長が声を張り上げた。
「対空・対潜監視! レーダー、ソナーはどうした!?」
この連続した爆発を敵襲と判断したのだ。いや、原因がわからないから、敵の攻撃と仮定することで、正確な判断を下す助けにするつもりだった。
『レーダー、味方以外に反応なし!』
『こちら対空監視所、敵機の姿、見えず!』
次々に索敵関係部署から報告が上がる。その間に、三隻目のリトス級が爆発した。
いくら何でも事故で別個の空母が連続して爆発するわけがない。敵の攻撃に違いない。ウォークスや参謀たちもその考えに傾く。
「護衛の駆逐戦隊は!? ソナーは敵潜を捉えられんのか!?」
水上にも空にも敵の姿がないのならば、必然的に海の中。敵の遮蔽航空部隊なら、攻撃を開始した時点で、姿を現す。しかし、敵機は現れていない。敵は潜水艦と見当をつけるが――
4隻目のリトス級大型空母が、防御シールドを展開しているにも関わらず、あっけなく爆沈した。
『第六七空母戦隊より通信! 空母爆発の寸前、不明の発光を視認。敵は遮蔽艦の可能性大!』
もたらされた報告に、ウォークスは目を剥いた。
「遮蔽に隠れた水上艦……だと……!?」
・ ・ ・
それは、まさしく遮蔽艦の仕業だった。
T艦隊所属の巡洋戦艦『武尊』は、遮蔽航行で、前衛艦隊・第四群の中に入り込むと、帰還した艦載機が空母に収容されている作業の中、襲撃を開始した。
「砲術長、砲撃開始だ! 目標選定は任せる!」
武尊艦長の尾形 七三郎大佐の命令は簡潔だった。
敵空母群のど真ん中に滑り込んだ巡洋戦艦『武尊』は、46センチ連装砲――障壁貫通の三連光弾を、真横を航行するリトス級大型空母の横っ腹に撃ち込んだ。
その距離500メートル。そこに46センチ砲クラスの光弾砲を一瞬で24発も撃ち込まれれば、いかに巨大空母とて助からない。
一斉射で轟沈。その爆発の衝撃が、『武尊』にぶつかるほどの至近距離である。
艦長から目標選択の自由を与えられた砲術長の浅野大尉は、素早く砲塔の旋回を命じて、次のリトス級大型空母へ、その砲口を向けた。
新式マ式旋回装置による主砲の旋回速度は凄まじく早い。いくら遮蔽で姿が見えないとはいえ、敵艦隊のど真ん中。あらゆる行動は、早いにこしたことはない。
外しようがない距離。
光弾砲の速射性能を遺憾なく発揮し、『武尊』は1隻ずつ確実に敵空母を葬っていく。
敵の混乱が見えるようだった。
発砲の光くらいしか、『武尊』の存在を感知する材料はないが、それすらも見逃すか、意識の外なのか、異世界人の反応は鈍かった。
後に、浅野砲術長がこの時のことを回想した時、ここまで上手くやれた要因は、尾形艦長が、巧みに敵艦の間に『武尊』を操艦したことに尽きると発言した。
すぐ横にいるのは僚艦であり、自然と双方の間の警戒が緩んだ。味方がいる方向から攻撃を受けるはずがないという心理が、一瞬の瞬きを目撃したにも関わらず、敵のそれと判断できなかったのだ。
要するに人間の思い込みが、敵の存在を見えなくしたのだった。
敵は外側であると思い込み、内側から攻撃され、僚艦がやられて初めて、そちらを注視する。
だが、次に発砲の光源を発見した時には、攻撃を食らい、報告の間もなくやられてしまうのだった。
・ ・ ・
遮蔽で隠れている敵艦が、第四群内に潜り込んでいる。
これはウォークス中将にとっては、何とも歯痒い事態だった。
艦隊の外側にいれば、発砲に対して、適当に砲撃を集中させて化けの皮を剥がす手もあっただろう。
だが現実は、味方空母群の中に敵が紛れ込んでいるせいで、戦艦戦隊は砲撃を封じられた。爆沈した空母のあげる黒煙なども、視界不良を手伝い、誤射を恐れて発砲できない。
そうこうしているうちに、空母戦隊が壊滅した。リトス級大型空母に続き、アルクトス級中型空母の第六七空母戦隊もまた、退避しようとしたところを狙い撃ちにされた。……戦艦主砲の射程を逃れるのは、不可能な距離であった。
ウォークスら第四群司令部は、空母戦隊が全滅する様を見ることしかできなかった。だが彼らも、ただ傍観していたわけではなかった。
「空母を沈めたクソッタレを包囲しろ! 砲弾の雨を浴びせてやる……!」
空母戦隊の周りを囲むように、艦隊各戦隊を機動させた。単独の遮蔽艦相手に、完全に封鎖ができるかは怪しいが、何もしないわけにもいかない。
単縦陣を基本に、艦隊陣形は細長い蛇のように戦艦戦隊の列と、護衛の艦の縦列が構成され、巨大なリングが形成されようとしていた。
一度、襲撃者の正体が露わになれば、集中砲火の構えである。そうやって内側へ注目が集まった時だった。
『左舷2000に、新たな反応出現!』
「!?」
リングの外側に、新たな日本艦隊――T艦隊が単縦陣で現れた。
航空戦艦『浅間』『八雲』、大型巡洋艦『石動』『国見』『筑波』『生駒』、重巡洋艦『愛鷹』『大笠』『紫尾』が、第四群の戦艦、巡洋艦に追走。右舷側に指向した主砲が、一斉に放たれた。
40.6センチ砲級の三連光弾の集中で、オリクト級戦艦2隻がたちまち爆炎に包まれる。大型巡洋艦4隻、重巡洋艦3隻の砲撃も、プラクス級重巡洋艦を容易くスクラップに変えた。
「クソッ! 取り舵だ! 砲を左舷側の敵に向けろ! 反撃だ!」
ウォークスが怒鳴る。この至近距離に突然現れたところから、空母をやった艦とは別の遮蔽艦部隊に忍び寄っていたのだ。
オリクト級戦艦戦隊が、取り舵をとり、主砲の向きを180度旋回させている間に、さらに2隻の戦艦がやられ、重巡2、軽巡3が爆沈した。
ノロノロと砲が旋回をする間、副砲と高角砲、光弾砲が、敵艦を捕捉する。距離2、3000など、これらでも余裕で届く距離なのだ。
しかし、それら副砲群が反撃するより早く、日本艦隊は消えた。
「遮蔽で逃げるつもりか! 構わんっ! 撃ちまくれ!」
ウォークスは攻撃を命じた。姿が見えずとも、遮蔽ならばそこにいる。防御シールドも展開できない上に、この距離である。適当に撃っても弾をばらまけば、完全に見失う前に当てられるはずだった。
主砲の発砲の前に、連射の利く高角砲や光弾砲が、先ほどまでの敵艦の針路から予想される辺りを攻撃する。波を砕き、海面を小刻みな水柱が上がる。
だがウォークスの意気込みと裏腹に、海にいくら砲弾を叩き込んでも日本艦隊を捕捉することができなかった。
事実は遮蔽で隠れたのではなく、転移で退避していた。だからいくら撃っても、当たることはないのである。
それに気づくまで、第四群はしばし砲弾を浪費し……その間に、空母群を全滅させた巡洋戦艦『武尊』が退却間際に、後ろを向いている敵戦艦に46センチ三連光弾を発砲。さらにオリクト級戦艦1隻撃沈、1隻大破の被害を与えたのであった。