第七七六話、アメリカン・ファイター、攻撃開始
その戦いの口火を切ったのは、アメリカ海軍第6艦隊の空母航空隊と、ムンドゥス帝国北米侵攻軍、前衛艦隊第二群の航空隊であった。
双方放った攻撃隊は、途中でかち合い、まずそこで遭遇戦となる。
グラマンF6Fヘルキャットが、ヴォンヴィクス、エントマと言った異世界戦闘機と、激しい空中戦を演じる。
それぞれの艦攻、艦爆を守るため、戦闘機が高空からダイブし、あるいは旋回し、火花を散らす。
12.7ミリの雨あられを浴びて、煙を引いて墜落するヴォンヴィクス。放れた光弾砲によって、銀翼を撒き散らしながら石つぶてのように落ちていくF6F。
艦隊防空時に、母艦から送られる航空管制はない。互いに見える範囲で、部隊内の無線での連携が頼りだった。
ヘルキャットの迎撃をすり抜け、エントマ戦闘機がSB2Cヘルダイバーの編隊に襲いかかる。
傑作艦爆であるSBDドーントレスよりも優速であるヘルダイバーだが、最高時速700キロに迫るエントマを振り切るのは、ほぼ不可能。爆弾を抱えた今は、最高時速である475キロも発揮できない。
さらに悪いのは、ドーントレスに比べて運動性が悪く、パイロットたちからは、ウスノロと悪評がついていた。高速戦闘機に狙われ、文字通り地獄へ墜落していく。
艦上爆撃機の次は、低空を飛ぶ雷撃隊だ。TBFアベンジャーの後部銃座が、ハチを思わす高速機めがけて弾幕を張る。
しかしそれも、ないよりマシ。敵機に当たることはあっても、それが撃墜やあるいは退散にまで繋がらない。
大重量の雷撃機は、ある程度の機敏さが求められる艦爆と違い、鈍重だ。たちまち追いつかれ、追い抜かれ、煙を引いてアベンジャーは墜落していく。
この初っ端の遭遇戦は、異世界帝国側が米軍を蹴散らした。空母『フランクリン』『タイコンデロガ』の第一次攻撃隊が、ほぼ全滅。
しかし、これはある意味、当然の結果だった。米海軍は任務部隊ごとに攻撃隊を差し向ける都合上、遭遇した際の数が圧倒的に差があったのだ。
第6艦隊の残る6空母、さらに第5艦隊の2空母からの攻撃隊は、ムンドゥス帝国前衛第二群に辿り着いたのである。
艦隊防空のヴォンヴィクス、エントマが、百機単位で迫る米海軍攻撃隊に迎撃する。
ここでも直掩隊のF6Fヘルキャットが、向かってくる防空戦闘機隊に立ちむかい、攻撃隊のための道をこじ開ける。
最初に突っ込んだ『ベニントン』『ボクサー』の攻撃隊は、同数の戦闘機に群がられ、進撃を阻まれる。
しかし、『バンカーヒル』『ホーネットⅡ』攻撃隊が、第二陣として、艦隊に迫る。前衛第二群の指揮官、アール・モナホス中将は、冷静に防空指示を出す。
「直掩を振り向けろ。……まだ大丈夫だな、航空参謀?」
「はっ、あと、二波程度であれば」
「念のため、戦闘機を増強させておくか。こちらの第二次攻撃が遅れることよりも、敵機の打撃力を削るほうがよいだろう」
「承知しました。戦闘機隊を増強いたします」
アメリカ軍は、本土の基地航空隊が使えない。事前にアステール航空隊が、東海岸から内陸にある飛行場を叩いた。少なくとも、護衛戦闘機が往復できる距離に米軍飛行場は使用不能だ。
もちろん、米本土にはまだ重爆を飛ばせる飛行場はあるが、それだけならば大した脅威にはならない。水平爆撃による洋上航行中の艦隊への命中率は低く、最悪、防御シールドを展開すれば問題ない。
であるなら、航空攻撃の脅威は、米海軍の空母航空隊のみとなる。基本、空母航空隊同士の戦いとなれば、先制攻撃を仕掛けたほうが有利ではあるのだが、航空隊という槍を防げるならば、敵空母が残っていようとも問題にならない。……もちろん、防げなかった場合は、敵に一方的にやられることになるのだが。
『敵航空隊第三波、およそ100機、接近!』
対空レーダーが次の米海軍航空隊を捕捉する。モナホスは確認した。
「敵空母は10隻だったな?」
「現在確認できたのは、そうなります。正規空母8、軽空母2です」
「こちらの攻撃隊が道中、一隊と遭遇したというが……」
そうなると、これが第一次攻撃隊の打ち止めか。戦闘機隊の増強命令は、余計だったかもしれない。
しかし――
「さらに航空隊第四波、接近。およそ140機!」
「……」
モナホスは黙っている。参謀長が口を開いた。
「まだ未確認の敵空母群がいる可能性もありますな」
最後に現れたのは、マーク・ミッチャー中将の『エセックス』『レキシントンⅡ』『ラングレーⅡ』が放った攻撃隊であった。
異世界帝国戦闘機による迎撃を受けるも、すでに複数に目標に振り向けたために、F6Fに突破され、ヘルダイバー、アベンジャーが殺到した。
異世界帝国艦艇は、高角砲や光弾砲を用いて、迎撃を開始する。
だがここで、米海軍攻撃隊は、これまでとは違う動きを見せた。防空網を抜けてきた米雷撃機が、対地・対艦ロケット弾を用いて攻撃してきたのだ。
タイニー・ティムと名付けられた総重量582キロのロケット弾は、凄まじく炎を噴き出しながら突進すると、艦隊外周を守るカリュオン級主力駆逐艦に襲いかかった。
エリヤ級の後継艦であるカリュオン級は、13センチ両用砲5門、8センチ光弾砲4門と強化されていたが、向かってくるロケット弾を全て撃墜することはできず、着弾と共に派手に吹き飛んだ。
非装甲の駆逐艦には、強烈過ぎる一撃だった。
外周の護衛艦艇が狙われるのは、より重要度の高い戦艦や空母への対空射撃を軽減させるためか――モナホスは、念のために命令を発する。
「各空母に命令。対空射撃を中止し、防御シールドを展開。自艦を守れ!」
対空射撃は、戦艦、巡洋艦で行う。空母の発着能力が奪われるのが面倒だ。魚雷や、急降下爆撃でなく、高速のロケット弾攻撃となれば、射程の割に命中率もよいから、狙われると危ない。
だが、この命令もさほどの効果はなかった。それというのも、一番最後に突入してきた『エセックス』『レキシントン』『ラングレーⅡ』隊は、艦隊の後ろに配置されていた揚陸艦隊を狙ってきたからだ。
駆逐艦同様、揚陸艦、輸送艦には防御シールドはなく、米軍のロケットに狙われたら最後、次々に被弾、爆発、そして大炎上を引き起こした。
これには、モナホスも唇を噛んだ。
「畜生……、空母を狙うように見せかけて、最初から揚陸艦狙いか……!」
駆逐艦を減らし、さも空母へ迫ると見せかけて、上陸部隊を狙う。敵側の転移を用いた襲撃に備えて、戦闘部隊と輸送・揚陸部隊を一緒に行動させたのが裏目に出たか。
いや、どの道、揚陸艦狙いであれば、一緒だろうが別行動だろうが、あまり関係はない
「戦闘部隊と揚陸部隊を密集させろ!」
艦隊の前半分が戦艦・空母。後ろ半分が揚陸艦部隊である。外周の駆逐艦は、ロケット弾攻撃でやられているので、前後で合流することで戦艦や巡洋艦が対空火力の提供、もしくは盾となることができる。
「味な真似を……!」
米軍は、艦隊ではなく、上陸部隊を潰すことで、上陸作戦を不可能にするつもりだった。何よりモナホスが気にいらなかったのは、敵機がシールドを搭載していない艦艇を狙い、ロケット弾の無駄撃ちをほとんどしなかったことだ。
米軍の指揮官は、機械のように冷静に、合理的な目標選別ができると見た。