第七七三話、北米防衛戦、その前夜
伊藤 整一軍令部次長、第一部長の中澤 佑少将は、連合艦隊の作戦案について軍令部で確認した後、アメリカへ飛び、米英軍と、東海岸防衛に関する日本海軍の作戦の提出と打ち合わせを行った。
基地航空隊の大半を喪失し、先行きに不安が強かった米英軍であったが、日本海軍に加え、ドイツ海軍、義勇軍艦隊も参戦すると聞き、幾分か悲観的な空気が和らいだ。
日米英海軍による合同会談の後、退席する伊藤と中沢に、英海軍第一海軍卿のジョン・トーヴィー元帥が声をかけてきた。
「先日の話はどうなったか確認してもよいだろうか?」
「もちろんです、サー」
伊藤は、軍令部第五部――魔技研からの伝言を思い出す。
「先日、お話しました貴国の新鋭艦を奪回した件ですが、修理は完了しました。人員については今回は非常時ということで、ドイツ海軍から協力を仰ぎましたが、おかげで間に合うと思います」
「それはありがたい。貴国も知っているだろうが、我がロイヤルネイビーは、海上航空戦力について乏しいものでね」
トーヴィーは苦笑した。
「人員については、まあ仕方があるまい」
異世界帝国とぶつかる前、ドイツとは敵国として争っていたのがイギリスだ。複雑な感情を抱くのは無理もないことだ。
だが状況が状況だ。背に腹はかえられない。
「……それで、これは非公式なのだが、もし北米に敵が侵攻してきた場合……仮にアメリカが形成不利となった場合」
トーヴィーは歯切れが悪かった。
「次の戦線は、カナダとなるだろうが……。亡命政府が退避する場所のことも考えねばならない」
アメリカ人には聞かれたくないのか、心持ち声を落とす。
「次の退避先は、貴国しかない。そうなった場合、日本政府は受け入れてもらえるだろうか?」
非公式な会話である。高度な政治的な判断を下す権限がない伊藤ではあるが、トーヴィーの――イギリス政府の意向を打診される可能性については覚悟していた。
「総長に話を通しておきましょう。総長から、海軍大臣に。大臣は、陸軍大臣――首相に」
そして天皇陛下の耳にも届くであろう。
結構、とトーヴィーは頷いた。彼自身の考えはともかく、チャーチル首相の伝言はできた、という顔である。
「いざという状況には、なってほしくないがね」
「同感です」
・ ・ ・
日本、九頭島。
神明少将は、スクラップヤードから回収された円盤兵器――アステールの残骸を前にしていた。
「君たちは、今夜は徹夜確定だ」
その言葉に、研究員と能力持ちの作業員たちは、げんなりした。神明は構わず続けた。
「なにせ米英艦隊、そして我が海軍は、明日にも敵艦隊とぶつかる」
すでにアメリカ大西洋艦隊、イギリス艦隊は出撃し、異世界帝国艦隊に向かっている。連合艦隊がまだ戦場海域にいないが、先行した第十五航空戦隊が転移中継ブイを設置しているので、すぐに移動、そして戦闘ができる状態にある。
出撃予定の各艦も燃料、弾薬補給を終えて、戦闘のための準備を整えていた。
今はまさに、そんなタイミングなのだ。
「今回ばかりは、私のせいではない。恨むのなら連合艦隊司令部を恨むのだな」
アステールを使いたいと言ったのは、連合艦隊司令部である。研究員の一人は皮肉げな顔になった。
「もっと余裕を持って、話を持ってきてもらいたいところですね」
「気持ちはわかる。インド洋での決戦から帰還して一、二週間は休めると思っていた艦隊乗組員や搭乗員は多い」
だが残念ながら、休暇は一日のみというタイトなスケジュール。さらに連合艦隊司令部は出撃部隊の司令や参謀ら幹部に休暇の時間などなかった。
「まあ、君たちはこれが終われば明日以降は、まとまって休みが取れる。私や前線に行く兵たちと違ってね」
研究員、作業員らの表情が半ば諦めから、幾分か締まったものに変わった。前線に行く者たちは、出撃前まで休み、その後は後方作業部隊が休む。自分たちだけが文句を言うわけにもいかない。
――そういえば、私は前回、休めたのはいつだったか……?
T艦隊で出撃するようになって以来、頻繁に戦闘をし、作戦を考え、準備を繰り返していた。手帳のスケジュール表は、まさに月月火水木金金状態だった気がする。
神明ほどではないにしろ、九頭島や鉄島のスタッフたちは、艦隊の出撃と帰還が繰り返される中、よく面倒をみてくれている。
決して前線で戦う兵ばかりが苦労しているわけではない。彼ら後方の者たちも、そろそろ長期休暇をとらせないと、精神上よろしくない。仕事の効率も下がってくるだろう。
それについては、米東海岸防衛戦が終わった後に考えるとして、今は作業を進めよう。
「すまんな。恨むなら連合艦隊司令部に、と言ったが、ただ再生するだけなら、君らの何割かは休むこともできただろうが……」
これからやることは、神明のわがままの部分が大きい。何せ鹵獲アステールを改修するのだから。
魔核に記録されている設計設定を変更したら、改修された状態での再生、修復がされる。そこにない機構を盛り込んだり、大幅に形を変えると、その存在しない部分の再生に大量の魔力を消費する。
そうなると魔核のストッパー効果もあって、再生速度が大幅に落ちるのだが、以前実験した別の魔核をストッパーを外した上で投入することで、むりやり再生させる。そうでもしないと明日に間に合わない。
作業を始めるスタッフたちをよそに、いがぐり頭の園田研究員が、神明の傍らに新設計図を持ってきた。
「あなたも休んだほうがよろしいのではないですか、神明さん」
「休日はないが、睡眠はきちんと取っている。寝不足はよい仕事の敵だとわかっているからな」
「さいですか。なら結構」
園田は、図へと視線を落とした。
「しかし、よくもまあ、こんな設計図をこしらえましたね。……さすがに連合艦隊司令部の打診があった時に線を引いたものじゃないですよね?」
「そんな短時間では無理だ」
東京湾で撃墜した機を回収、その再生で構造がわかってから考えていた。
「この円盤は、異世界人にとっても新しいジャンルなのだろう。まだまだ設計が甘い」
武装は光弾や光線系で統一されているが、そのバランスはあまりよくない。
「熱線砲は一度使うと再充填に時間がかかり、連射困難。光線砲は弾数が少なく、長期戦に向かない。残るは対艦・対空用の高角砲サイズの光弾砲……これは上から撃ち下ろす都合上、射程は広いが、威力が不足している」
神明はアステールの攻撃性能の欠点を列挙する。
「砲の配置も全周囲に対応する分、対地・対水上艦を相手にするには無駄も多い。かといって対空万能かと言えば、正直疑問がある」
「でも、米軍の飛行場を破壊しまくったんですよね?」
「そこだよ。それが限界だった。できれば防御障壁のない米英艦隊も叩きたかっただろうが、それができなかった」
もう少し継戦能力があったなら、異世界人はもっと楽に米本土上陸ができただろう。
「明日は、これで長い時間、戦闘をやってもらうことになるからな。そのための装備を組み込まないといけない」
「末恐ろしい化け物の完成、ですか。……あとは、これを上手く扱えるか、になるますが」
「いつもの如く、扱う者たちには無理をさせるな」
神明は自嘲するのであった。