第七六〇話、第七艦隊、潜水巡洋艦を狩る
インド洋決戦こそ、イ号作戦において、日本海軍第七艦隊は、六つの部隊に分かれて、主力艦隊の支援に立ち回った。
転移後退のための海域確保、そして常時、敵艦隊を偵察、触接し、その位置や動きを必要な時に、主力艦隊に提供した。
部隊を分けただけあって、決戦において、派手に立ち回ることはなかったが、まったく安全だったわけでもない。
広い海域に多数の索敵機をばら巻いたのは、日本海軍だけでなく、異世界帝国側もまた偵察兼攻撃機を放っていたのだ。
「空母『翠龍』大破。哨戒空母『松帆』大破、『立石』沈没……」
第七艦隊参謀長、阿畑少将はメモを見やり、眉を下げた。
「戦艦『常陸』小破、『磐城』が中破」
「全部、敵の新型魚雷の被害だろう」
第七艦隊司令長官、武本 権三郎中将は、どこか自分に言い聞かせるように言った。
第一艦隊や機動艦隊を襲った敵遮蔽攻撃機は、密かに展開する第七艦隊にも攻撃を仕掛けていた。
戦艦6隻中2隻、空母6隻のうち3隻が、戦力から外れ、他に巡洋艦3隻、駆逐艦5隻が損傷している。
「まさか、交戦海域から外れていたこちらにまで仕掛けてくるとはな」
「敵は徹底的な索敵網を敷いていたということです」
佐賀作戦参謀は、眉間にしわを寄せる。
「こちらの転移戦術を予想し、広範囲に偵察をすることで、こちらがどこへ転移してもすぐに発見できるようにしていた……」
「やはり、あの紫の艦隊が絡むと、ろくなことにならんな」
歴戦の老将は口をへの字に曲げた。
味方の転移離脱や、位置変更に備えて待機していた第七艦隊の各部隊を、遮蔽航空機が襲ってきた。
電探にも引っかからず、目視もできない敵機は、突然、雷撃を仕掛けた。まだその存在が各部隊に伝わっていない頃にきた奇襲で、哨戒空母『立石』がまずやられた。
障壁を貫通する新型魚雷に被雷し、1万3000トンの軽空母は、艦体に大穴を開けられて爆発、轟沈した。
同様に、別部隊で行動していた姉妹艦の『松帆』も雷撃を受ける。こちらも障壁を抜かれて被雷したが、幸運なことに爆発は比較的弱く、潜水航行の膜の展開で浸水を阻止できるレベルの被害に収まった。しかしダメージがないわけではなく、戦線離脱を余儀なくされた。
第七艦隊は、その後も攻撃主が特定できない奇襲を受けるのだが、各部隊に転移中継装置を持った艦が複数いることで用いられた後退転移――バックステップ回避にて、以後の魚雷攻撃は凌ぐことができた。
だが敵は魚雷だけではなく、光弾砲や機銃掃射を仕掛けてくることもあった。
第七艦隊としては、この遮蔽航空機に対する反撃手段は皆無だった。なので、これらに対してはひたすら回避を選択した。
一方で、航空機だけでなく、敵は潜水艦も索敵ユニットとしてインド洋に展開していたが、探知能力は日本海軍第七艦隊の方が優れていた。
特に第九水雷戦隊の初桜型潜水型駆逐艦や、第十三潜水戦隊の呂号潜水艦は、インド洋での通商破壊、対潜水艦狩りを専門に暴れ回った部隊である。
今回もまた、敵潜水艦に魚雷を撃たせる前に対潜魚雷を用いた攻撃で返り討ちにし、完封に成功した。
つまり、第七艦隊の被害は、すべて遮蔽航空機によるものである。
しかし、第七艦隊もまた、これら遮蔽機に報復をした。……正確には、遮蔽航空機の母艦に対して、である。
インド洋の広範囲に索敵機を展開させていたのは、日本海軍もまた同じだった。
・ ・ ・
ポタモス級潜水航空巡洋艦、『ティーチャ』の艦長、フレグ大佐は、帰還してきたディアヴァル遮蔽攻撃機のために、遮蔽の解除を命じた。
「周辺警戒は厳とせよ。敵の索敵機に見つかると厄介だ」
「ご安心を。レーダーにも反応なしです」
副長は応じる。 排水量9700トン、全長192メートルの大型軽巡クラスのポタモス級である。
しかしインド洋の作戦範囲に広く展開し、しかもそれぞれが単艦行動なので、監視を含め自艦を守れるのは自分たちだけであるのだ。
「いっそ遮蔽のまま、収容ができればいいのだが……」
「見えないのが最大のウリですから。見えてしまっては意味がありません」
副長に指摘され、フレグ大佐は口元を引き結ぶ。いま、姿を見せている時が、一番危険なタイミングである。艦載機を6機搭載する航空巡洋艦だが、その発進や収容作業中は、防御シールドも張れない。
『!? 右舷後方より、高速飛行物体、接近! 速い!』
レーダー員が叫んだ時、衝撃が『ティーチャ』を襲った。フレグが新たな指示を出す間もなく、爆発の炎が艦橋内を荒れ狂い、彼らの命を奪った。
航空巡洋艦は、飛来した800キロ対艦誘導弾の直撃を受けて、轟沈した。
・ ・ ・
第七艦隊の6隻の空母のうち3隻は、索敵&攻撃の哨戒空母である。
インド洋に展開した彩雲は、哨戒空母用の偵察攻撃機。つまり発見した敵艦をその場で攻撃できる仕様だった。
遮蔽に隠れていた異世界帝国の航空巡洋艦――ポタモス級潜水航空巡洋艦、または改メラン級潜水航空巡洋艦が、遮蔽航空機を収容、もしくは発進させる際に姿を現したところを発見。すると彩雲特有のスピードで突っ込み、特マ式収納庫や、転移爆撃装置で800キロ対艦誘導弾を発射した。
航空巡洋艦に、800キロ誘導弾の直撃に耐える装甲はない。結果、一撃で大破、航行不能もしくは沈没していった。
第七艦隊旗艦『扶桑』には、こうした偵察攻撃機からの、敵航巡の撃沈報告が相次ぐことになる。第一艦隊、第一機動艦隊を襲った遮蔽航空機の母艦も含めて
「――潜水型航空巡、23隻撃沈か」
「よく沈めた、と言いたいところではありますが……」
阿畑は口元を引きつらせた。
「これで全部ではないんですよねぇ……」
基本敵の航空巡洋艦を捕捉できるのが、航空機の展開、収容の時のみ、という限られたタイミングである。一度海上でその姿を現せば、索敵用の電探が捉え、彩雲がその場で仕留めにかかるから、見つけてしまえば撃沈は難しくない。
が、やはりタイミングを逃せば、攻撃はできないものである。察知されずに潜伏を続け、主な艦隊決戦が終わった後――集結する連合艦隊主力に、攻撃機を新たに送り出す艦も残っていたのである。
「我々の仕事が、遮蔽航空機の母艦退治になってしまったなぁ」
武本は苦笑するのである。連合艦隊は、ルべル艦隊を蹴散らしたが、紫の艦隊――紫星艦隊には痛み分けで、損害を与える一方、被害も少なくなかった。
その後の集結時に仕掛けてきた敵機は、遮蔽を見破れる能力者――かの須賀大尉を引っ張り出し、試製暁星攻撃機が攻撃に当たっているが、その母艦に対しては、第七艦隊の偵察攻撃隊が沈めていかねばならなかった。
「佐賀君。『松帆』と『立石』を欠いているが、他で間に合わせられるか?」
武本が確認すれば、作戦参謀は直立の姿勢で頷いた。
「はっ。哨戒空母2隻の艦載機は、『白龍』『赤龍』が引き受けました。むしろ敵が連合艦隊主力を攻撃するために集まってくれたので、索敵範囲が狭くなっています。3隻の空母で補いはつくでしょう」
敵遮蔽航空機といえども、航続距離はある。偵察用に長めとはいえ、日本海軍機のような転移で航続距離を補う手段のない異世界帝国機は、往復しないといけない分、航続距離は彩雲よりも短い。
武本は首をわずかに傾けた。
「連合艦隊主力は、インド洋を去るが第七艦隊は、引き続き、インド洋の制海権確保に務めればならぬ。敵の潜水型航空巡は、集まっているうちに一隻でも多く撃沈するのだ。潜水艦のようにバラバラで行動させると、こちらの制海権維持が困難になると心得よ」
その後、第七艦隊の偵察攻撃隊は、異世界帝国の潜水航空巡洋艦をさらに12隻撃沈した。だが果たして、それが敵の潜巡の全てだったのか、確信は持てなかった。