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第七五八話、高空の城


 紫星艦隊主力が、転移で戦闘海域を離脱したのは、ムンドゥス帝国移動要塞島司令部も確認した。

 しかし、エレウテリアー司令のグラペー中将は、特に新たな指示を出すことはなかった。そもそも紫星艦隊とは命令系統が違い、インド洋上空にいるのはイレギュラーだったからだ。


 おそらく日本軍の仕業でエレウテリアー島はインド洋に飛ばされたのだろう。だがグラペーは、ゲラーン・サタナス中将の艦隊との合流を目指して東進を続けた。紫星艦隊側から、指示も命令もなかったことも、それを後押しした。


 ――最初から、このエレウテリアーは、紫星艦隊の作戦に入っていないのだ。


 いくら、かの猛将であるヴォルク・テシス大将といえど、飛び入りで現れた島をその場で戦場に投入することはなかった。

 よくわからないものに信用できないということもあろう。あるいは、空中要塞など使わずとも、日本艦隊を撃滅できると考えていたのか。


 ――しかし、まさかあのテシス大将の紫星艦隊が、撤退するとは……。


 部下がいる前で口には出さなかったが、グラペーは素直に驚いていた。

 手強いと聞いていた日本海軍だが、ムンドゥス帝国でも最高の指揮官と名高いテシス大将を、またも退けてしまった。

 そう、確か二度目だ。ハワイをムンドゥス帝国太平洋艦隊が押さえていた頃の指揮官が、かの猛将であった。


 ――日本軍の実力は、本物か。


 幾度もムンドゥス帝国の地球派遣軍が敗れている。しかしそれは現地民を侮っていた帝国側に問題があったのでは、とグラペーは疑っていた。

 この見方は、現地兵器を愛し、再現しようとした上官のゲラーン中将の影響も多分にある。

 だが。


 ――それを加味した上での、大戦力の投入。それで勝てないとなると……。


 グラペーは司令官席で腕を組む。

 ムンドゥス帝国と対等に渡り合う力があるということではないか。これは脅威以外の何ものでもない。


 ――もっと大戦力を! それとも見きりをつけて、この世界から撤退するべきではないか。


 地球人は、転移技術を獲得しているが、まだ世界を超える技術までは至っていない。こちらが設置しているゲートを全て塞いでしまえば、彼らとてムンドゥス帝国本土や、他の異世界に行く術はないはずだ。


 グラペーは考え込むが、そんな司令官の姿を幕僚や司令部要員らは見やり、不気味に感じていた。

 ずっと黙り込んでいるのは、機嫌が悪いからなのか、あるいはどこか体調がよくないのか――部下たちは首をかしげるのだが、前者だと嫌なので、声をかける者はいなかった。


「先任参謀」

「はっ!」


 そんなグラペーが突然指名したので、参謀は背筋を伸ばした。


「このエレウテリアーがインド洋に転移した原因の調査はどうなっているか?」

「はっ、依然として不明ではあります。敵の工作部隊との交戦があった地点を捜索しようにも、外装島の部分はすでに吹き飛ばしてしまいましたから」


 先任参謀の報告に、グラペーは顔をしかめる。


「いつの間にか、島に上陸されていたやつか。……まったくいつ乗り込んできたのか」

「レーダーの記録も確認してみたのですが、それらしいものは発見できませんでした」

「遮蔽を使った航空機か何かだろうな」


 憮然とした顔で告げるグラペー。先任参謀は眉をひそめた。


「そうなると、また乗り込まれても気づけないのでは……」

「うむ……。まあ、今は高度1万1000メートルの高高度だ。日本軍は、せいぜい迎撃機を飛ばすくらいしかできんだろう」


 改めて工作部隊を送り込まれることは、この高度では無理だろうとグラペーは判断した。

 だが、それが誤りであったことをすぐ思い知らされることになる。



  ・  ・  ・



「まったく、人使いが荒い」


 稲妻師団、(うつつ)部隊指揮官の遠木中佐は思わず、そう声に出していた。

 虚空特殊輸送機は、空に浮かぶ巨大飛行物体に迫っていた。


「何か言いましたか、中佐?」

「独り言だ」


 並列式コクピットから操縦士に言われ、遠木はばつの悪い顔になる。副操縦士が口を開いた。


「まるで空飛ぶシャンデリアみたいだ……」

「確かにな」


 島だった頃に上陸した時はわからなかったが、その本体ともいうべき基地部分が、島という外装を捨てると、輪形の骨組みに囲まれた不思議な形状となる。

 上昇している中、今まで下から見たエレウテリアー島だったが、同高度に達して、見覚えのあるタワーと施設、滑走路じみた道路が見える。


「どこに降りる?」

「あの円形の発着場がいい」


 円盤兵器アステールが駐機されていた発着場。前回乗り込んだ時に、アステール奪取のために近づき、転移札を貼り付けて飛ばした。

 今はそこに駐機している機体はなく、そのせいか、整備員などもいない。


 虚空輸送機は、遮蔽で姿を隠したまま、ふわりと発着場に着陸した。マ式エンジンを利用した垂直離着陸機能を持つのが、この虚空という輸送機である。滑走路がなくとも、特殊部隊の戦地での降下、そして回収を可能とする機体だ。

 貨物室に下りた遠木は、待機していた部下たちに告げる。


「まさかの二回目だが、手早くやって帰るぞ。ここは高高度だ。空気は薄いし風も冷たく、強い。気をつけろよ」

「了解」

「了解です」


 返答から数秒と経たず、副操縦士がコクピットから叫ぶ。


「ハッチ、開きます!」


 ブザーと共に、貨物室のハッチが開く。部下たちは、「せーの」の掛け声に合わせて転移装置を持ち上がる。

 轟々と風音と、肌を刺すような冷風が飛び込んできた。警戒の兵が二名飛び出し、異常なしを告げると、転移装置を持った分隊が貨物室を出る。


 連合艦隊司令部からの命令――空中要塞に、新たな転移装置を設置し、持ち駒作戦の最終段階を発動せよ、を遂行するのだ。

 装置を運ぶ兵たちに同行し、遠木は設置場所を指し示す。


「ここだ。敵が気づく前に設置しろ!」


 一回転移できればいい。現部隊は、素早く発着場に装置を仕掛けると、異世界帝国兵が現れる前に、急いで虚空に戻った。


「撤収!」


 虚空輸送機は飛び上がり、エレウテリアー島から距離をとる。旋回する機体。遠木はコクピットに戻り、窓から空中要塞の姿を確認すると、転移装置を遠隔操作で作動させた。

 次の瞬間、真っ青な空に浮かんでいた巨大シャンデリア――空中要塞は、跡形もなく消え失せたのだった。

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