第七五七話、遮蔽空母部隊、撃滅
インド洋で、紫星艦隊主力と連合艦隊が死闘を演じていた頃、スマトラ島沖に移動していた日本海軍第一機動艦隊は、スマトラ島、ジャワ島を空襲した異世界帝国空母部隊を追跡していた。
『――蒼鶴五番機より追加報告。新たな敵中型空母を捕捉。現在の針路から30分後に、他空母と合流の模様』
一機艦旗艦である航空戦艦『出雲』。その艦橋にもたらされた報告に、小沢 治三郎中将は頷いた。
「よろしい。これで10隻目だな。……これで全部だと思うか?」
「おそらく」
海図を見下ろし、神明参謀長は首肯する。
「敵航空隊の規模、襲撃された場所の数から、その可能性は高いでしょう」
「では、こいつらが姿を消す前に、片付けてしまおう」
小沢は、敵遮蔽空母部隊の撃滅の作戦にゴーサインを出した。
「各彩雲の転移爆撃装置を起動。攻撃隊、発艦始め!」
第一機動艦隊の12隻の空母から、烈風艦上戦闘機9機、流星改二9機が発艦する。誉エンジンを唸らせて飛び上がる航空機は、戦闘機108機、艦攻108機の計216機である。
すでに、小沢艦隊は、遮蔽空母捜索に放った彩雲改二偵察機で捕捉。合流しつつあるそれらを追跡し、一カ所に集まるのを待っていた。
敵はアルクトス級中型高速空母のようで、護衛艦を連れていない。いざ何かあれば、遮蔽装置を頼りに隠れて逃げるつもりのようだった。
遮蔽中の彩雲改二が、敵空母を見つけた時点でも攻撃はできたが、味方との合流のために姿を見せている敵の未発見艦が、僚艦が攻撃を受けているのを知って、遮蔽を発動させると面倒ではあった。だから追跡するに留め、その針路を観察した。
そしてそれらが、どうやら他艦と合流するように動いていると判断した第一機動艦隊司令部は、その先に敵の転移艦艇が潜んでいると予想を立てた。
そちらに新たな彩雲偵察機を送れば、未知の重巡洋艦級の敵艦2隻を発見した。紫の艦体という、実に敵味方の判別がしやすい色をしていた。
当初、神明は敵の合流地点は二つあるのでは、と予想したが、実際は一カ所のみのようだった。隻数は予想通りの2隻。
『これは、敵の新型転移巡洋艦でしょう』
神明がそう言ったことで、小沢とその司令部は、この転移巡洋艦と遮蔽空母を一網打尽にする作戦を立てた。
普通に攻撃隊を放っては、遮蔽装備のない烈風が、敵対空レーダーに発見される可能性は高い。そうなれば、姿を消されてしまい、発見が困難になる。レーダーに発見されにくい低空で接近するか、戦闘機は諦め、遮蔽ありの流星改二艦攻だけで突っ込む手もあったが、神明は手っ取り早く、送り込んだ彩雲改二偵察機の転移爆撃装置で、攻撃隊を一機ずつ転移させ、遮蔽も回避も困難な至近距離からの攻撃を仕掛ける策を提案した。
T艦隊では、よくある基本戦法であったが、その戦術自体は、青木航空参謀をはじめ、一機艦にも浸透しつつあった。……実戦では初だったが。
かくて、3隻が戦線離脱し、12隻となった一機艦の空母から発艦した攻撃隊は、順次、転移を開始。まずは流星改二、それが終わると烈風が跳ぶ。
それらは瞬時に、敵空母からおよそ1000メートルほどの至近距離に現れると、流星改二が1000キロ転移誘導弾を発射した。
・ ・ ・
突然、現れた反応に、ムンドゥス帝国遮蔽空母の艦長やクルーたちは驚いた。
スマトラ、ジャワの日本軍の偵察機には見つかっていないはずだった。レーダーなりで敵機を発見すれば、遮蔽を発動して隠れる――そう決まっていたからだ。
単独行動で、それぞれの目標を攻撃後、転移ゲートで主力艦隊と合流するため、キュクロス級転移ゲート巡洋艦のもとへ向かった遮蔽空母である。
この遮蔽空母は、アロペクス級という新型空母である。その艦容は、アルクトス級中型高速空母によく似ている。
基準排水量2万5000トン。全長260メートル、全幅37メートルと、実はアルクトス級より微妙に大きい。
その違いを表現するのは難しいが、恐ろしく乱暴に、日本海軍の空母で例えるなら、蒼龍型と雲龍型ほと違う、というべきだろうか。
ベースはアルクトス級だが、より新しく、洗練されたと見るべきかもしれない。
機関出力15万馬力、最大速力34ノット。対空装備は若干強化されているが、艦載機搭載数は72機と、アルクトス級と同じである。
『敵機!』
その報告は短かった。正確には、それ以上言う暇もなかった。飛来した誘導弾が、フッと消え、そして次の瞬間、現れたと思ったら激突したのだ。
遮蔽を使っていない時、各空母の艦長は、防御シールドを展開させていた。敵地にほど近く、対空、対水上は警戒していたが、敵の潜水艦と遭遇し、攻撃される可能性もあったからだ。
空母のみの航行で、駆逐艦などの護衛がない以上、ムンドゥス帝国のクルーたちは、あらゆるレベルで警戒していたのである。
転移で突然現れるパターンも、想定はしていなかったが、シールドさえあれば第一撃は防げると思っていた。
だが現実は、シールドをすり抜ける転移誘導弾によって、盾はないようなもの。容赦なく飛び込んできた誘導弾が艦体を貫通、あるいは爆発した。
格納庫で、ミガ攻撃機やエントマ高速戦闘機などが破壊され、あるいは燃料タンクが誘爆し、アロペクス級中型高速遮蔽空母は次々に爆発、四散した。
シールドから遮蔽に切り替える時間さえなかった。
キュクロス級転移ゲート巡洋艦、アロペクス級空母それぞれに、彩雲改二偵察機がついていて、そこから日本攻撃機がそれぞれ送り込まれていたからだ。
つまり、10隻の空母と転移ゲート巡洋艦は、ほぼ同時に襲撃を受けた。僚艦が吹っ飛び、それに反応して艦長が命令を出す――などという間もなく、中型空母には致命的な1000キロ誘導弾、それが最大9発叩き込まれるのである。
2、3発でほぼ大破確定のそれを、対策の間もなく叩き込まれれば、遮蔽空母部隊は3分も経たずに全滅してしまうのであった。
・ ・ ・
『我、奇襲に成功せり』
彩雲偵察機からの報告は、第一機動艦隊旗艦『出雲』にも届いた。これには小沢は満足の表情を浮かべる。
「もっと難儀すると思っていたが、あっさり終わってよかった」
これで、インド洋決戦中の、第一艦隊と敵艦隊との戦いにも加われる。
東南アジア一帯を脅かす遮蔽空母部隊は、壊滅したのだ。
さらに主戦場からも、通信が届く。
「敵主力、および輸送船団は撤退せり。イ号作戦は終了。第一機動艦隊は、合流に備え、待機されたし」
通信参謀が持ってきた知らせに、司令部が活気づいた。
「おおっ! 我々の勝利だ!」
大前 敏一首席参謀は声を弾ませた。青木 武航空参謀が、神明を見た。
「やりました。主力との戦いに加われなかったのは、思うところもありますが……」
「まだ、完全に終わってはいないぞ」
まだ、空中要塞――エレウテリアー島が残っている。
・アロペクス級高速中型遮蔽空母
基準排水量:2万5000トン
全長:260メートル
全幅:37メートル
出力:15万馬力
速力:34ノット
兵装:13センチ高角砲×8 8センチ光弾砲×8 20ミリ機銃×36
航空兵装:カタパルト×2 艦載機72機
姉妹艦:
その他:ムンドゥス帝国艦隊の量産空母の改造型。遮蔽装置を搭載した型であり、敵海域に密かに潜入し、攻撃隊を出撃させる。艦載機運用能力はアルクトス級とほぼ同等。