第七五六話、空襲の後に、砲撃を
第二機動艦隊から、差し向けられた攻撃隊は、転移で敵空母が現れた場合に備えて、異世界帝国の輸送船団の周りを遮蔽飛行していた。
転移の場合、敵がどう現れるかわからないから、航空戦隊ごとの編隊で、ある程度固まりつつ、ぐるぐると時計回りに周回していた。
パコヴノン双胴空母が現れ、攻撃隊を放った時に動き、ト連送を発信したのは四航戦航空隊だった。これらが、双胴空母群を襲撃し、続く六航戦もそれに続いた。
一方で、山本長官の旗艦を含む第一艦隊特殊砲撃戦艦群の熱線砲を躱して、その後ろに回ったヴォルク・テシス大将の紫星艦隊主力戦艦部隊は、エネルギーを喪失した特殊砲撃部隊を、一方的に攻撃した。
だが、それにより二航戦――『大龍』『海龍』『剣龍』『瑞龍』の航空隊に、その側面を衝かれることになった。
日本、異世界帝国双方の艦隊が撃ち合っていたなら、航空隊は突っ込めなかっただろう。せいぜい遠距離からの誘導弾攻撃は可能ではあったが、それはレーダーによって察知され、迎撃されるか、あるいはゲートで逃げられたかもしれない。
……だが、仮に砲戦の真っ只中だったとしても、色々あり過ぎてキレ気味であった二航戦航空隊の搭乗員たちは突撃しただろう。
二機艦水上打撃部隊の半壊。そして今まさに山本長官の座乗する連合艦隊旗艦の危機である。これを前に命を惜しむ搭乗員は、二航戦にはいなかった。
遮蔽で距離を詰めた紫電改二はロケット弾を、流星改二は1000キロ対艦誘導弾を発射。
ムンドゥス帝国サイド――『ギガーコス』の対空レーダーが、無数にそれを捉えた時、もはや手遅れであった。
『無数の飛行体接近! 間もなく衝突!』
「かい――防御シールド展開!」
ギガーコス艦長、ディレー少将が怒鳴り、司令部参謀らは、突然の敵襲に驚いた。一人、テシス大将は司令長官席で身じろぎ一つせず、正面を見据えていた。
衝撃。ロケット弾の着弾と、日本海軍の航空機――紫電改二が、司令塔前を通過するのはほぼ同時だった。
光弾砲や対空機銃が火を噴く前に、数発が着弾して爆発。そして本命である対艦誘導弾が、13万1000トン、全長350メートルの『ギガーコス』にぶつかった。
日本海軍の水雷戦隊を狙っていた20センチルクス副砲が破壊され、13センチ高角砲群が二、三基まとめて吹き飛ばされた。上部構造物のみならず、艦体にも無数の爆発が起こる。防御シールドが張られ、それ以上の被弾は防いだが、遅きに失する。
『射撃指揮装置に異常発生!』
『HZレーダー、損傷! 予備に切り換えます!』
ディレー艦長にもたらされる旗艦のダメージ報告。一方、司令部にも、改メギストス級大型戦艦群の被害がもたらされる。
戦艦1隻が、砲撃戦でやられていた部分に、敵弾が飛び込み、さらに被害拡大、停船寸前。別の一隻が、喫水線下に飛び込んだ誘導弾の爆発で舵を損傷し、航行に支障あり。さらにもう1隻が艦橋含む上部構造物を破壊され、沈黙している。
「なるほどな」
テシスは静かに肩をすくめた。
「敵の奇襲攻撃隊の指揮官は、実に抜け目がなかったということだ」
いつ現れるかわからない転移ゲートによる移動。だが現れる場所は、この戦闘海域のどこかであるとはわかっている。だから、予め奇襲攻撃隊を展開させ、待ち構えていたのだ。
こちらが攻撃の好機と、ほくそ笑んだ時、敵航空隊もまた、絶好機到来とかかってきたわけである。
「やはり、侮れんよ、日本海軍は」
ここまでだ――テシスは言った。
「本艦も以後の戦闘は難しかろう。最低限の任務は果たしたとみる。全艦に――」
ゴゴゴと重々しい音と大爆発の轟音が響いたのは、その時だった。
『「アンダレン」に無数の水柱……と、爆発! アンダレン、大爆発!』
見張り所からの報告に、司令塔の面々が、『ギガーコス』の僚艦として、まだ砲撃を続けていた改メギストス級戦艦――だったものへと向く。
「敵の推定50センチ砲戦艦群か……?」
『右舷方向、新手の日本艦隊! 先頭はヤマトクラス!』
・ ・ ・
第二機動艦隊水上打撃部隊――宇垣隊は、28ノットの速力で、山本長官の特殊砲撃部隊と、紫星艦隊主力の間に割り込むように、戦域に飛び込んだ。
戦艦『大和』『武蔵』『信濃』『出羽』『越前』『美濃』『岩代』の7隻が、盛んに主砲を撃ちまくる。
うち『大和』『武蔵』『信濃』の砲弾は、まだ砲火の絶えない改メギストス級に集中した。砲撃中でシールドを解除していたところに46センチ砲弾27発が取り囲み、装甲を貫き、爆散させた。
『出羽』ほか、41センチ砲戦艦の砲撃もまた、敵に射撃を中断させるだけの火力を叩き込んだ。
事ここに至り、テシス大将は、紫星艦隊主力と輸送船団に転移ゲートにより戦線を離脱する命令を発した。
これ以上は、敵に与えるダメージより、自軍のダメージの方が大きくなるだけと判断したのだ。
そして言葉通り、艦隊がゲートで転移離脱するまでに、ダメージが重なっていた改メギストス級戦艦が2隻、大和型の砲撃で血祭りにあげられた。
またプラクスⅡ級重巡、メテオーラⅣ級軽巡といった砲撃巡洋艦も、二機艦の大型巡洋艦『黒姫』『八海』や道後型の30.5センチ砲の攻撃を受ける。
その一撃で戦闘力をごっそり奪われ、追い上げてきた日本海軍重巡、軽巡の猛撃に異世界帝国巡洋艦は次々と沈んでいった。敵駆逐艦も二水戦との追撃を逃れ、その姿を消した。
「――敵艦隊、退却しました。洋上に敵影なし」
第二戦隊旗艦である戦艦『大和』。その艦橋で、宇垣は淡々とした表情を浮かべていたが、その内心は怒りの感情に満ちていた。
もう後一歩というところだった。紫の艦隊の主力戦艦群を撃沈し、その旗艦に肉薄できるところまで来ていたのだ。
第一艦隊の受けた損害を考えれば、ここで討ち滅ぼしておかねば腹の虫が治まらない。
「これは、敵の逃げ足を褒めるべきなんでしょうか」
大和の森下 信衛艦長は、何とも言えない顔をしていた。宇垣 纏中将は目線だけを動かす。
「航空隊が思いの外、敵に損害を与えていたかもしれませんな」
「……確かに、戦闘に支障が出ていた可能性もある。航空隊が仕掛けた後、敵旗艦は、主砲を撃っていなかったように思う」
宇垣もまた思い起こしながら言った。森下は頷く。
「それにしても……かなりやられましたね」
その視線が、第一艦隊の艦艇群へと向けられる。
「敵は逃げましたが、こちらも戦艦を何杯かやられたようです」
「……長官はご無事だろうか」
連合艦隊旗艦、『敷島』の艦体後部から煙があがっている。飛行甲板もおそらく使えないだろう。艦橋は無事そうなので、山本 五十六大将は無事だと思いたいが。
「そういえば、旗艦はまだ何も言ってこないですな」
森下は首をかしげた。
「通信できないわけではないでしょうに……。どうします、司令? 艦隊に集結、かけますか?」
敵は去った。被害を受けた艦が漂う中、第一艦隊、第二機動艦隊水上部隊は、それぞれの敵に対処したまま、隊列などあってないようなものであった。
戦いが終わったならば、次の行動のために、バラバラの艦隊の集結を図る必要があった。