第七五一話、双胴空母攻撃隊、二機艦に殺到す
パコヴノン級大型双胴空母は、双胴空母の名の通り、船を二隻、横に並べて繋いだようなシルエットをしている。
空母らしく、巨大な島型艦橋は艦体の右にあるが、この方式は右舷はともかく、左舷の視界が悪く操艦がやりにくい。もちろん左舷側に監視艦橋と呼ばれる補助設備があって、メインブリッジに警告できるようにはなっている。
全長300メートルは、リトス級大型空母に比べてやや短いが、幅は同大型空母の二倍は軽く超えている。
基準排水量6万7000トン。30万馬力で28ノットの速力を発揮する。肝心の戦闘機は常用200機。さらに飛行甲板の露天繋止で120機を搭載可能、合わせて320機の艦載機を戦闘運用可能だ。
これが5隻。紫星艦隊の所属として、インド洋に転移出現した。
それは日本海軍第二機動艦隊、水上打撃部隊の南25キロの海域――キュクロス級転移巡洋艦のゲートフィールドから現れた。
戦艦の主砲であれば余裕で届く距離。巡洋艦でも最大射程ならば攻撃可能な、空母としては危険過ぎる位置に現れたパゴヴノン級双胴空母群は、甲板に駐機させていた220機の攻撃機、ミガ、ランビリスを発進させた。
垂直離着陸機能を持つこれら攻撃機は、一斉に飛び立つ鳥のようにあっという間に飛行甲板から離れると、二機艦めがけて飛んでいった。
日本海軍――神明少将が用いた空母を目標が視認できる距離まで転移させた後、甲板に待機させていた攻撃隊を連続射出する奇襲戦法――これを、紫星艦隊のヴォルク・テシス大将もまた考え、実行したのだ。
放たれた1100機の攻撃機が、大挙押し寄せる!
「対空戦闘! 主砲、一式障壁弾、用意!」
第二機動艦隊司令長官、角田 覚治中将は声を張り上げた。第一艦隊と交戦する紫星艦隊主力に挑もうと最高速度で走っていた二機艦からすれば、横やりを入れられたところである。
これには苛立ちを隠せない角田だが、事態は深刻だった。旗艦『伊予』の艦長、吉澤 志満雄大佐は苦い顔になる。
「長官! 主砲は一式徹甲弾が装填されているため、対空射撃は困難です!」
「っ!」
第一艦隊の支援のため、対戦艦戦闘用に主砲に砲弾がすでに装填されている。
空中に光の壁を形成する障壁弾ならば、雲霞の如く押し寄せる敵機をバタバタと激突させることも可能だが、装甲貫通に特化した徹甲弾では、空中の敵機の撃墜など、ほぼ不可能であった。
「やむを得ん。高角砲による対空戦闘で対処せよ」
射程の長い主砲であったなら、すぐに発砲もできた。だが高角砲となれば射撃開始は、敵が踏み込むまで待たねばならなかった。
……が、それもわずかなことだ。何せ1100機の敵機大編隊は、発艦からわずか3分で艦隊に到着する距離で現れたのだから。
美濃型戦艦は、50口径12.7センチ連装高角砲を八基を装備している。片舷に対しては半分の四基八門が対応し、一式障壁弾を装填した高角砲が逐次、砲撃を開始した。
空中で開く無数の光の壁。戦艦主砲サイズに比べれば半分もない効果範囲だが、それを数でカバーする。
異世界帝国攻撃機は、それら光の障壁を躱そうとするが、眼前で壁が現れては、自らクモの巣に突っ込む蝶の如く激突し果てる。
障壁弾は水も漏らさないほど、範囲内においては完璧な対空防御だ。しかし、異世界帝国軍は一千機以上でかかれば、その全てを阻むことは困難であった。
「あまりに多すぎる……!」
古村 啓蔵参謀長は声に出した。
「こちらの航空隊が到着していたら……!」
第二機動艦隊は、水上打撃部隊は転移で戦場に到着したが、離れた海域で山口 多聞中将の空母部隊も転移し、そこから船団攻撃用の攻撃隊を発艦させていた。護衛につく紫電改二だが、その中には角田ら水上打撃部隊の上空直掩部隊も含まれていた。
しかし、敵空母が懐に飛び込んで艦載機を放った結果、直掩がエアカバーする前に、敵機が迫る結果となった。
さらに悪いことは重なるもので、水上打撃部隊は、スムーズな砲撃戦に移行できるよう、陣形が単縦陣を中心としたものになっていたこと。濃密な対空射撃と重要ターゲットをカバーしやすい対空陣形になっていなかったことが、障壁弾弾幕の隙間を生み出してしまったのだ。
「防御障壁を展開! 凌げ!」
向かってくる敵機の数などから、高角砲ほか機銃でも迎撃しきれないと判断した。砲撃戦前に戦闘力を削られることはあってはならない。航空機と相打ちで、射撃や航行に支障が出ては困るのだ。
ミガ攻撃機が、光弾砲やロケット弾を次々に撃ち込んできた。障壁で個艦防御に走ったことで、日本艦から対空攻撃がなくなり、異世界帝国攻撃機は、土石流のような勢いで襲いかかってきた。
しかし、防御障壁はこれらの光弾やロケット弾を阻止した。攻撃を受けた戦艦群は、これらを無傷でやり過ごす。
「障壁が保つか……!?」
あまりに連続して攻撃を受ければ、防御障壁を維持できず破られてしまう。ある程度敵機を落とし、さらに攻撃が分散しているとはいえ、連続した爆撃にさらされている方としては、気掛かりで仕方がなかった。
そして――
「右舷、雷跡2! いや3! 障壁を抜けてくる!」
「!」
しまった――司令部の誰もが思った。異世界帝国が、遮蔽機に障壁を貫通する魚雷を用いていたことは聞かされていた。第一艦隊や第一機動艦隊では、空母が数隻それでやられている。二機艦ではその攻撃を受けなかったことで、つい目先のロケット弾や光弾に気をとられて失念してしまったのだ。
「取り舵いっぱい!」
吉澤艦長が叫んだ。しかし5万4000トンの改美濃型戦艦は、そこまで機敏には動けない。舵が聞き始める前に、右舷に魚雷が突き刺さり爆発した。
「食らった――!」
続いて二本目が当たった。そしてそれは悲劇的な事態をもたらす、艦体が右に傾斜しつつあったのだ。
艦長のもとに副長からの隊内電話が届く。
『艦尾右舷に大穴が二つ、大浸水が発生! 隔壁閉鎖どころではありません! ただちに転移退避を具申します!』
「一度、潜水して立て直し、再浮上はできんか?」
改美濃型戦艦は、潜水戦艦でもある。転覆する前に姿勢の安定を保てば――と吉澤は思ったが、副長の答えはノーだった。
『排水ができません! 浮上できなくなりますよ!』
「右舷、魚雷せっきーん!!」
見張り員の絶叫。三本目の魚雷が、戦艦『伊予』の艦首に命中した。
・パコヴノン級大型双胴空母:
基準排水量:6万7000トン
全長:300メートル
全幅:105メートル
出力:30万馬力
速力:28ノット
兵装:13センチ高角砲×16 8センチ光弾砲×24 20ミリ機銃×60
航空兵装:カタパルト×6 艦載機200機(+120(露天繋止))
姉妹艦:
その他:ムンドゥス帝国の双胴空母。空母船体を二つ持ち、双方の接続部に弾薬庫や航空燃料を積んだデッキがあり、通常の空母に比べて艦載機を用いた作戦継続能力が高められている。