第七五〇話、紫星艦隊、殴り込む
日本海軍の主力が、輸送船団に食いついた。
その報告を受けた紫星艦隊のヴォルク・テシス大将は、日本海軍との決戦に動き出した。
『敵の配置は、プロトボロス戦隊に、ドイツ戦艦群ほか、日本海軍の戦艦16隻の一群が接近中。ほか、大和型3隻が南より挟撃の位置につきつつあり。輸送船団にはドイツ艦隊と、日本海軍――戦艦12隻を中心とする別動隊が移動中』
「転移ゲート艦アルファ6にゲート展開を指示。我が主力を以て、日本海軍の戦艦16隻の艦隊――A艦隊を攻撃する」
テシス大将は指示を出す。
「続いてキュクロス・アルファ5に、パコヴノン戦隊を転移準備して待機。転移と同時に艦載機を展開せよ」
新鋭の双胴空母部隊を動かしつつ、さらに潜水駆逐艦部隊や、指揮下にある各部隊に指示を出し終わると、テシスは司令長官席で頷いた。
「では、狩りの時間だ」
・ ・ ・
その光は突然現れた。
日本海軍第一艦隊の後方にて観測されたそれは、ただちに連合艦隊旗艦である『敷島』に伝わった。
「右舷後尾に、転移光! 敵艦隊、転移の兆候あり!」
そして艦隊の電探も、出現したそれを捉えた。
「大型戦艦級の反応9、巡洋艦級30から40。他小型艦30を捕捉」
知らせを受けた連合艦隊司令部だが、その反応はさほどの衝撃はなかった。草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は口を開く。
「やはり、まだ敵が伏せていましたな」
「さすがにな」
山本 五十六連合艦隊司令長官も頷いた。インド洋の、特に紫色の艦隊は、この手の潜伏などで奇襲を仕掛けてくることがしばしばだった。
紫のプロトボロス級航空戦艦が5隻現れたと聞いた時点で、第二、第三の待ち伏せは予測できた。
だが、見張り員の報告には、さすがの連合艦隊司令部もどよめいた。
「敵戦艦は、大型超戦艦1、改メギストス級大型戦艦8。紫の艦隊です!」
「例の旗艦だけでなく、改メギストス級が8隻もだと……!」
源田 実航空参謀が唸る。
東南アジアに潜入し、翻弄した超戦艦はまだしも、艦隊旗艦級の戦艦が量産され、同時に8隻も現れたのは脅威であった。
何せ、敵の超戦艦は推定51センチ砲、改メギストス級は45.7センチ砲を搭載しているのだ。
しかし――
「こちらにも播磨型と、改播磨型があるのだ。相手にとって不足なし!」
第一艦隊の戦艦16隻中、7隻はメギストス級と改メギストス級の改装であり、その主砲は51センチ連装砲四基八門に換装されている。
「第一、第五戦隊は反転。後方より接近する敵艦隊を迎え撃て。第十三、第十四戦隊は『敷島』に合流、左右配置につき攻撃隊形をとれ」
山本は命令を下す。
第一艦隊第一戦隊は、メギストス級改装の播磨型3隻『播磨』『遠江』『相模』。第五戦隊は、改メギストス級改装の『肥前』『周防』『飛騨』『越後』4隻からなる。
相模以下5隻は、アメリカに戦艦の貸与をしたことで空いた名前を流用しているため、以前と同じ名前でも型も性能も異なっている。
これら7隻の51センチ砲搭載戦艦は、単縦陣をとって反転し、後方に現れた紫の艦隊――紫星艦隊を迎え撃つ構えをとる。
その護衛に第十四巡洋艦戦隊の高雄型重巡洋艦4隻、第二十二戦隊の久慈型軽巡洋艦4隻、第十水雷戦隊の軽巡『余市』、駆逐艦12隻がつく。
一方で、旗艦『敷島』の左右に芦津型砲撃戦艦――特殊砲撃艦から、正規の主砲や艤装をつけて仕上げた戦艦8隻、同じく特殊砲撃艦から巡洋艦として完成した大沼型軽巡洋艦8隻が、熱線砲の発射隊形の横陣を組む。その護衛につくのは軽巡『揖斐』率いる第十三水雷戦隊の12隻の駆逐艦である。
「急げ! 敵はすでに砲戦距離だぞ」
「敵戦艦、発砲!」
距離およそ2万。遮蔽で潜んでいたキュクロス級ゲート巡洋艦は、船団より23キロの地点にいた。そのゲートを使って現れた紫星艦隊戦艦群は、横陣中心の隊形のまま、まるで銃兵の行進突撃のように前進。
そして火蓋を切った。
・ ・ ・
「なに!? 第一艦隊の後ろに紫の艦隊だと!?」
第二機動艦隊、水上打撃部隊旗艦『伊予』にて、司令長官の角田 覚治中将は目をカッと見開いた。
「おのれ、またも背後からの不意打ちか!」
それは角田に、紫星艦隊に側面襲撃され、戦死した遠藤 喜一大将(死後昇進)を思い起こさせた。遠藤と角田は海軍兵学校39期の同期の桜である。
「遠藤の敵討ちだ! 船団の始末は軽巡戦隊と四水戦、それと航空隊に任す! 残りは反転、第一艦隊に合流する!」
第二十三、二十四戦隊の和賀型軽巡洋艦8隻と『川内』旗艦の第四水雷戦隊が、そのままドイツ艦隊と交戦する異世界帝国輸送船団へ突撃を続行する。
戦艦『伊予』を旗艦とする12隻の戦艦、8隻の大型巡洋艦、重巡洋艦16隻、そして軽巡『神通』指揮の駆逐艦16隻が白波を切り裂いて、紫星艦隊目掛けて突き進む。
すでに先行している『大和』『武蔵』『信濃』を除けば、第二機動艦隊の戦艦は41センチ砲戦艦ばかりだ。
敵戦艦が、より強力な旗艦級戦艦ばかりではあるが、それで怯む角田ではない。戦艦の砲撃戦における安全想定距離を無視するほどの近距離に突っ込んで、格上を叩き潰す――むろん、食らえばこちらも危ないが、近づけば41センチ砲でも、46センチ砲対応装甲とて貫通できるのだ。
彼は遠距離からチマチマ砲戦を繰り返すつもりはない。近づかなければ当たらない。だから接近するのだ。
ある程度距離を詰めつつ、敵がこちらに砲を向けたら、潜水行動で躱してさらに距離を詰める。敵に砲を向けさせられれば、その分、他の味方が敵の砲撃から逃れられる。
リッドリオ級改装の石見型、オリクト級改装の美濃型、改美濃型は、最大速度である30ノットで、突進を続けた。
すでに第一艦隊の播磨型以下51センチ砲戦艦と、異世界帝国旗艦級戦艦群の砲撃が行われ、天にも昇る巨大な水柱が乱立している。
一方で、敵巡洋艦戦隊が、数の有利を活かして、護衛の巡洋艦部隊に、切れ目ない砲撃を浴びせている。戦艦はともかく、あれでは護衛の壁が崩され、そこから敵水雷戦隊が向かってくるのではないか。
「急げ! 第一艦隊に加勢するぞ!」
角田が吼えた時、新たな報告が耳朶を打った。
「対水上電探に反応あり。大型艦5!」
「対空電探に反応! 敵航空機群、出現! だ、大編隊です!」
「!?」
参謀長の古村 啓蔵少将が息を呑む。角田も司令塔から空を睨んだ。
「何だと……!」