第七四五話、Z艦隊、参戦す
インド洋を進む異世界帝国艦隊に後続する輸送船団は、テシス大将の予想したように襲撃を受けた。
しかし、それは日本海軍ではなかった。
「突撃せよ! 日本に恩を返せる機会だぞ」
エーリヒ・レーダー海軍元帥は、戦艦『フリードリヒ・デア・グローセ』に乗り込み、陣頭指揮を執っていた。
「我らが祖国奪回のため、友邦と最後まで戦い抜く。我らゲルマンの血に賭けて、それを証明するのだ!」
ドイツ海軍Z艦隊は、その主力をもってインド洋の戦いに参加した。
当初、大西洋とインド洋、二つの戦線で敵の大攻勢があった時、どうすべきかドイツ残存軍も悩んだ。
しかし、日本の支援なくば、祖国ドイツ奪回、そして異世界に連れ去られた同胞の救出は不可能という結論に達した時、彼らの腹は決まった。
日本政府と交渉し、実際に戦う海軍――連合艦隊との共同作戦となった。山本 五十六大将との打ち合わせの結果、Z艦隊は、敵輸送船団の攻撃を担当。その後方を衝くことにより、紫の艦隊が残存していれば、日独艦隊による挟撃を狙う、というものとなった。
それに備え、Z艦隊も主力戦艦群を出撃させる。H級戦艦――フリードリヒ・デア・グローセ級4隻、H41級ウルリヒ・フォン・フッテン級2隻の大戦艦に加え、敵から回収し、日本軍から返還されたビスマルク級戦艦2隻もまた、この艦隊に加わっている。
『ビスマルク』は『隠岐』から元の装備に変更。『ティルピッツ』は回収されたばかりのところを、日本海軍が魔核を使って緊急修理を施した上で返還してくれた。これには恩が重なるばかりで、ドイツ人たちの心象は完全に日本贔屓に傾いた。
かくて、戦艦8、巡洋戦艦3、装甲艦3、重巡洋艦3、軽巡洋艦5、空母3、駆逐艦25、水雷艇18が、日本海軍の転移ゲート船の協力のもと、インド洋に殴り込みをかけたのだった。
空母『ペーター・シュトラッサー』、『テオドール・オステルカンプ』、軽空母『エルベ』から、フォッケウルフFw190T戦闘機と、ユンカースJu87シュトゥーカの艦上機仕様が発艦。
対して異世界帝国側輸送船団も、航空輸送艦からスクリキ小型戦闘機が射出され、迎撃に移る。フォッケウルフ戦闘機は13ミリと20ミリ機銃で応戦。たちまち激しい空中戦に発展する。
ドイツ軍機にしては珍しい空冷戦闘機であるFw190は、高高度でなければその性能を十二分に発揮可能。その速度性能は、異世界帝国の主力のヴォンヴィクス戦闘機を上回る。
なお、空母艦載機として、ドイツはメッサーシュミットBf109戦闘機が計画されていたが、例によってヒトラーの意向と、空軍のヘルマン・ゲーリングのメッサーシュミット社押しに辟易していた海軍は、ドイツ脱出を機にその艦上機選定を、足回りの強いフォッケウルフの方を採用していたりする。
戦闘機同士の戦いを抜けて、シュトゥーカがロケット弾や爆弾を用いて、輸送船を守る護衛の軽巡洋艦や駆逐艦を攻撃する。
空ばかりではない。デアフリンガー級巡洋戦艦が38センチ砲を振りかざし、異世界帝国のメテオーラⅢ級軽巡に過剰な一撃を送り込めば、アドミラル・シェーア級装甲艦も28センチ砲によってそれに続く。
地中海でひと暴れし、一度なりとも実戦を経験した者たちの戦技は、飛躍的に向上していた。動く的を相手に撃ちまくって経験を積んだというのもある。
異世界帝国輸送船団は、それぞれ陣形を乱すことなく、一斉に回頭、ドイツ艦隊から距離をとろうとする。
そうはさせじと、ドイツ水雷戦隊が、軽巡戦隊に従い、白波を立てて追撃する。それを阻止しようとする異世界帝国駆逐艦と、激しい砲火の応酬となる。
「……見事な統制ですな」
戦艦『フリードリヒ・デア・グローセ』の艦橋で艦長のヴォルフ・ユンゲ大佐が言えば、レーダー元帥は頷いた。
「うむ。ヤマモト大将は、敵の待ち伏せに気をつけるように言っていた。敵船団の統制を見るに、これは敵の増援に注意だ。いきなり現れるかもしれん。警戒を厳にせよ」
「はっ。そのために我ら番犬はいるのです」
戦艦8隻は、ただ輸送船を狩るためにいるのではない。Z計画のおけるドイツ戦艦とは、船団を通商破壊部隊から守る番人気取りの戦艦を、袋叩きにするために存在するのだ。
そして、それは現れた。
『船団内に発光を観測! 敵が転移にて出現!』
見張り所から連絡がくる。そしてレーダー室からも。
『ラダールに新たな反応出現。大きい……! 大型戦艦級!』
対艦レーダーが、突然範囲内に現れた物体を報告する。
「数は?」
『戦艦5、護衛艦10以上!』
旗艦の艦橋に緊張が走る。やはり、異世界帝国は、戦艦を含む待ち伏せ部隊を用意していたのだ。
『艦種識別。敵戦艦は、航空戦艦が5隻! 艦隊色は紫!』
航空戦艦型――日本海軍から提供された異世界帝国艦のデータにあるそれならば、プロトボロス級だ。
全長322メートル、排水量7万5000トン。主砲に50口径45.7センチ砲を装備し、単発の威力ならば日本の大和型よりやや上回る。
レーダー元帥は息を呑む。
「46センチ砲級搭載戦艦が5隻か……!」
異世界帝国の主力戦艦であるオリクト級ならば、互角以上に渡り合えるのだが、敵はそれよりも格上だ。
双眼鏡を覗き込む。敵航空戦艦は、異世界帝国お得意の横一列に並びながら前進。――プロトボロス級は、艦首に主砲が集中しているから、前方に対して最大の火力を発揮できるのだ。
そして艦体中央のX時の飛行甲板から、戦闘機が次々に飛び立っている。
「提督!」
「我々は、あの航空戦艦を相手にするぞ」
レーダー元帥の視線は鋭い。
「正面からは強固だが、中央から後ろは空母だ。側面に回り込め」
もちろん、ただ回り込もうとすれば、敵航空戦艦も回頭して主砲を旋回させれば対応はできる。
だから元帥は、戦艦戦隊を二分するよう指示を出した。『フリードリヒ・デア・グローセ』、『ヒンデンブルグ』、『ドイッチュランド』、『カイゼリン』の4隻が、敵航空戦艦部隊の頭を取るように直進。遠回りする形で進む一方、『ウルリヒ・フォン・フッテン』、『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』、『ビスマルク』、『ティルピッツ』が面舵をとった。
「敵艦、発砲!」
「撃ち返せ!」
フリードリヒ・デア・グローセ級の47口径40.6センチ連装砲四基が火を吹く。それから十数秒後、プロトボロス級航空戦艦の放った45.7センチ砲弾が海を叩き水柱を突き上げさせた。
ビリビリと司令塔のガラスが震動する。レーダー元帥は唇をなめた。
「すべて近弾か。しかし水柱がまるで滝のようだ」
おそるべきは45.7センチ砲弾の威力か。しかし――
「私の進めたZ計画の戦艦も負けてはいない!」
分派した『ウルリヒ・フォン・フッテン』と『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』が42センチ連装砲を発砲する。大和型には及ばないが、H級よりも強力な砲が、異世界帝国の航空戦艦へと殺到した。