第七四四話、潜伏の紫星艦隊
ヴォルク・テシス大将にとって、日本海軍というのは非常に油断ならない存在であった。
地球征服軍は、北米大陸侵攻作戦を進めるにあたり、日本軍による妨害を懸念し、太平洋側で牽制する作戦を立てた。
それがルベル艦隊を主力とする大艦隊をインド洋に進ませ、東南アジアへ侵攻。迎撃に出てくる日本軍を誘い出すというものだ。
皇帝親衛軍である紫星艦隊もまた、その補助として参加することになった。征服軍のサタナス元帥は、インド洋進撃と日本軍への牽制に関する一切を、テシス大将に委ねた。
もちろん、ただの陽動で済ませるつもりはテシスにはなく、日本海軍撃滅の策を考えた。
本国からの援軍を得て、数はともかく、戦力を増強した紫星艦隊は、さっそくそのための行動に出た。
ルベル艦隊と共に超戦艦『ギガーコス』のダミーシップを、紫に塗装した一般艦隊の中心に置いて進ませ、日本海軍の注意を引いた。
日本人は『ギガーコス』と紫星艦隊の存在を要注意と見ているだろうから、おそらく転移なり奇襲攻撃隊などを用いて、前衛のルベル艦隊を無視して、真っ先に攻撃してくると予測したからだ。
そして、それはまさに的中した。だが、テシスの想像の範疇を超える手段で。
「まさか、エレウテリアー島を手懐けて、艦隊に転移衝突を仕掛けてくるとは……」
テシス大将は、旗艦の司令塔でその報告を受けた時、思わず笑ってしまった。
ジョグ・ネオン参謀長は、どこか皮肉げに言った。
「保険は有効に働きましたな」
「想像以上だった」
素直に感心するテシスである。ゲラーン・サタナスの移動要塞島を使って、異世界帝国艦隊の戦力を削る。
艦隊を撃破するのに、相応の弾薬を消耗させるために用意した囮艦隊が、一発の砲弾も使わずに壊滅させられた。
太平洋を横断し、サンディエゴに向かったはずの要塞島を、インド洋に転移させる技術も驚嘆に値するが、それを自分たちの武器に利用する応用力、適応力の速さは恐るべきものがあった。
「感心で済めばよかったのだが」
「我々は、日本海軍を撃滅せねばなりません」
ネオン参謀長は、事務的に言うのだ。
打倒、日本艦隊。そのために、テシスは、ルベル艦隊より先んじて、艦隊を進ませた。遮蔽技術により、姿を消して行動。日本海軍は、紫星艦隊がルベル艦隊の後ろにいると思い込んでいたが、実際は真逆。進撃する艦隊の遥か前方にいた。
何よりテシスが重視したのは、索敵だ。
転移を駆使する日本海軍は、自在に艦隊を移動させてくる。特に空母航空隊を放てば、転移で位置を変えて、攻撃を空振りさせようとする。
それに対する答えは、攻撃対象である友軍艦隊に対する日本海軍の艦載機の航続距離、その範囲内の徹底的索敵網の構築である。
どこに転移しようが、自軍攻撃隊が届かない範囲には行かない。完全に逃げる場合は、その限りではないが、ムンドゥス帝国艦隊の侵攻を阻止したい日本軍が、逃げるとは思えない。逃げても戦闘不能な艦の個別退避であろう。
つまり、有力な敵は、必ず自軍攻撃範囲内に転移する。そこを徹底的に索敵すれば、発見は難しくない。
次に、航空攻撃に対して転移で移動させない方法の選択だ。
遮蔽機を飛ばして偵察するのと同時に、敵艦隊を発見したならば、そのまま攻撃させる。かつて東南アジアでの撹乱作戦で、日本海軍の空母機動部隊をシュピーラト遮蔽偵察戦闘機が襲撃したが、その戦法を用いるのだ。
敵防御シールドを抜ける新型魚雷を搭載した遮蔽攻撃機ディアヴァルを、潜水型航空巡洋艦に載せて、その任に充てた。
新型の潜巡も配備されたが、テシスはそれで飽き足らず、皇帝の独立部隊であることを利用し、各戦線で持て余し気味だった潜巡もかき集め、航空機を四~六機搭載できる航空潜巡に改装。索敵網形成に活用した。
新型のディアヴァルと、不足分はシュピーラトを用いて、日本艦隊を捜索、そして攻撃に用いたのであった。
そして今のところ、それは機能している。
遮蔽に隠れた攻撃機と偵察戦闘機は、インド洋に進出した日本艦隊を発見した。
前衛扱いのルベル艦隊三群に対応するよう、三つの主力級艦隊。その後方に氷山空母群。そしてインド洋のムンドゥス帝国艦隊を包囲するように、小部隊が四つ――推定六つから七つ存在している。
「小部隊については、残念ながら現在、潜水状態にあるため、空からの索敵は困難です」
首席参謀のフィネーフィカ・スイィ大佐が報告した。テシスは微笑む。
「その部隊は、こちらの航空潜巡部隊と同じ索敵ユニットだろう。日本海軍は、終始我が軍の動きと位置を把握し、正確に攻撃隊を放ってくる」
「で、あるなら、早々に排除すべきだったのではありませんな」
ネオン参謀長が言えば、テシスは不敵な笑みを崩さない。
「日本海軍には、囮相手に弾を消費してもらわなくてはいけないからな」
ルベル艦隊800隻は、それで全滅してしまっても構わない。
「部隊をそれぞれ送っている。索敵部隊に対しても手を打ったのだ。主力との戦いに注力しよう」
インド洋と周辺の地図を、テシス、そして参謀たちは見下ろす。ネオンは言った。
「主力との決戦は望むところではありますが、後方の氷山空母群、これについては如何いたしますか? 放置すれば、双発爆撃機を含めた基地航空隊が出てきますが」
すでにルベル艦隊第二群に対して、双発爆撃機を含む日本軍攻撃隊が襲来し、壊滅的ダメージを与えてきた。これら攻撃隊の母艦、いや基地がこの氷山空母部隊であろう。
「以前より、こうした移動基地を日本軍が運用している可能性はあった」
テシスは目を細めた。
「まさかこちらがハワイ防衛に使った手を、彼らも使っていたとはな。正体が掴めたのはよいことだ」
「……」
「こちらの索敵航空巡洋艦を1隻、シュピーラトを数機送れ。それだけでいい」
「シュピーラト……ディアヴァルではないのですか?」
「あの巨大氷山空母は、自力航行はできまい。おそらく転移だ。こちらが戦艦なり空母航空隊を送ったところで、転移で逃げるだけだろう。それならば、飛行場の上に張り付いて、飛び立つのを阻む遮蔽機だけで充分だ」
テシスは口元を歪める。
「それと、彼らの目をスマトラ島に向けさせれば、転移で離脱した氷山空母もそちらに回るだろう。……配置している遮蔽空母群に命令。スマトラ島、ジャワ島の所定目標に対し、攻撃隊を発進させよ」
紫星艦隊は、味方のどの艦隊よりも東南アジアに近い位置まで進出している。10隻ある改アルクトス級高速中型空母群は、さらに前進し、命令を待っているのだ。
「では、敵の主力の動きですが――」
スイィ首席参謀は報告に目を通した。
「エレウテリアー島の基地部分が現在、飛行状態で存在。日本海軍は航空隊を派遣し、これを撃墜にかかるようです」
「予想外ではあるが、予定通り、敵航空隊の弾薬消耗の役に立ったわけだ」
テシスは余裕を崩さなかった。
「ルベル艦隊にも航空攻撃を仕掛け、おそらく片付けるだろう。ディアヴァル攻撃機は、敵空母を狙わせて、数隻を戦闘不能にした。……残るは」
「輸送船団とその護衛部隊」
ネオンの言葉に、テシスは頷いた。
「日本軍としても、これを叩かねば東南アジアの危機は去らない。もちろん、これを攻撃してくる。十中八九、水上打撃部隊でな。そこを、我が主力が食らいつく」
そのための転移ゲート艦を、すでに船団やその近くに遮蔽状態で待機させている。インド洋で日本艦隊――第八艦隊を不意打ちしたように、待ち伏せの手は整っている。
『輸送船団護衛部隊より、緊急通信! 敵艦隊、出現! 船団に攻撃を仕掛けつつあり』
来た――テシスの双眸が光る。しかし、続く報告は、彼の予想を裏切る。
『敵は、日本艦隊にあらず! ドイツ艦隊!』