第七四三話、貫通魚雷の躱し方
第一機動艦隊が、仕切り直しの転移退避を行っていた頃、この不可解な雷撃は、第一艦隊を襲った。
帯同していた六隻の空母のうち、巡洋戦艦『レパルス』改造の空母『海鷹』が機関をやられ航行不能。『黒鷹』が転覆、沈没し、軽空母『祥鳳』が艦首から半分を破壊され、飲み込まれるように沈んだ。
連合艦隊旗艦『敷島』。中島 親孝情報参謀が、山本 五十六連合艦隊司令長官に報告した。
「第一機動艦隊でも、『白鶴』大破、『翠鶴』『翔鶴』が損傷し、三隻が戦線離脱しております。一機艦も、転移で艦隊位置を変更したとのことです」
「敵の正体はわかったのか?」
「いえ、一機艦でも、何に攻撃されたかわからないようです」
「……」
山本は聞いていた参謀たちを見回す。源田 実航空参謀は口を開いた。
「現状、護衛の水雷戦隊、潜水戦隊が、敵潜水艦を探知しておりませんから、攻撃は遮蔽航空機の可能性が極めて高いと思われます」
マ式ソナーの範囲外からの可能性もあるが、第一艦隊の周りにはマ式機関を搭載した呂号潜水艦部隊が、より距離を開けて展開している。空母を仕留めた雷撃の主が、もし潜水艦であるならば、探知できているはずである。
「遮蔽機……しかも今回は新型魚雷を搭載した機体か」
山本が唸れば、渡辺先任参謀が頷いた。
「現状、遮蔽に隠れた敵を発見する術はありません。もし敵が多数の遮蔽攻撃機を投入してきた場合、こちらは防ぐ手立てがありません」
「由々しき事態です」
高田 利種首席参謀は発言した。
「遮蔽という特性上、友軍との衝突を避けるために敵は多数投入はしてきませんでした。しかし時間差を置いて、一機ずつ、連続して襲撃してきたら……」
一方的にやられてしまう。
「一機艦がやったように、第一艦隊も一度転移で場所を変えましょう」
源田は告げた。
「遮蔽機からの通報で、敵機がこちらに集まってきていると思われます。何もしないまま攻撃されるのが、一番よくありません」
遮蔽を見破れる装備があればいいのだが、今のところ極少数の能力者頼みであり、しかも電探のように便利なものではなかった。魔技研も、対遮蔽索敵装置の研究は続けているが、成果はない。
「わかった。第一艦隊は艦隊転移で位置を変える。作戦は続行だ。……源田君」
「はい、長官」
「一機艦に行き、敵の正体を探ってくれ。あちらも攻撃を受けたが、検証すれば何か手掛かりを掴めるかもしれない」
「承知しました」
源田は、旗艦の転移室に移動する。一昔前ならば、作戦行動中の他の艦隊と直接の接触などほとんど不可能ではあるが、魔技研の転移技術様々である。
航空戦艦『敷島』から、姉妹艦である『出雲』の転移室へ、瞬間移動。第一機動艦隊司令部を訪ねる源田だったが、そこに先客がいた。
「あ、古村参謀長!」
「むっ、源田か」
第二機動艦隊の参謀長、古村 啓蔵少将だった。何故、二機艦の参謀長が一機艦司令部にいるのか。
「二機艦もやられたのですか?」
「いや。だが他がやられて、うちだけ無事というのも気持ち悪い。運がいいだけかもしれんが、奇襲攻撃が十八番の我々が、正体不明の敵にやられるのは格好がつかないからな。それで同期に頼ろうというわけだ」
「神明さん、こちらでしたか」
T艦隊参謀長である神明が、司令部にいた。そういえば第一機動艦隊参謀長も兼職していたのを思い出す。いい加減、他の参謀長を充てろとも思うのだが、小沢中将が首を縦に振らないとか何とか。
源田、そして古村が、一機艦司令部で、謎の敵について情報のすり合わせを行う。しかし、結局のところ、敵の正体についてはっきりしない。源田は、遮蔽航空機の仕業だと自説を説けば、一機艦航空参謀の青木が、うんうんと頷き、首席参謀の大前が渋い顔をした。
神明参謀長は、淡々と告げた。
「現状、航空機説が有力だが、それについては今はいい」
「いいんですか?」
「今もっとも重要なのは、これ以上、被害を出さないようにすることだ」
敵の遮蔽機を発見するのは、そういう目を持つ能力者を艦攻なり偵察機に乗せて艦隊上空を周回させたとして、確実に捕捉できる保証はない。やらないよりはマシではあるが、見える者の目が足りないのだ。
「だが、攻撃されたら防げないのだろう?」
古村が唸るように言った。大前も首肯する。
「防御障壁を貫通してくる魚雷です。しかも発見しても回避が間に合わない……。つまり、狙われたら、被弾確実です」
「そうでもない」
神明の一言に、参謀たちは目を見開いた。
「え……?」
「ロケット弾や光弾に比べたら、魚雷なら全然遅い。発見と同時に転移すれば、魚雷は躱せる。最悪、障壁にぶつかっても一、二秒は魚雷は止まるから、その時に転移しても間に合う」
「あ!」
古村が大声を出した。何故、そんな簡単な回避を思いつかなかったのか。源田は目から鱗が落ちた。
青木が口を開く。
「ですが、参謀長。転移で回避しますと、艦隊から一時離れることになりますから、戻るのが大変ではありませんか?」
「短距離転移でいい。艦隊に転移巡洋艦を随伴させているだろう? そこに転移するようにすれば、艦隊内だから復帰も容易い」
「こうしちゃあおれん……!」
古村は動いた。
「二機艦に戻り、今の回避方法と敵の手について通達してくる! 敵の正体についてわかったら知らせてくれ」
言うや否や、古村は転移室へと駆けた。源田も一機艦の参謀たちに頭を下げた。
「私も司令部に戻り、長官に伝えて参ります。失礼します」
「源田」
「はっ……?」
呼び止められ、源田は神明を見た。
「一応、航空機だと思うが、潜水艦にも気をつけろ。魚雷は、潜水艦の主力武器だ。それが新型魚雷を搭載していない保証もないからな」
再び一礼し源田は去った。青木が、我らが参謀長を見た。
「潜水艦の可能性、ですか?」
「敵がどれほどの潜水艦を投入しているかわからない」
神明は告げた。
「偵察機で艦隊の数は確認されているが、潜水艦はそうはいかない。紫の艦隊を殲滅し、赤の艦隊を半減させたとはいえ、カリブ海を襲った敵のように数百隻単位の潜水艦――あるいは潜水型駆逐艦の水雷戦隊が潜んでいる可能性もある……」
「……? どうしました?」
「怪しいな」
「何がです?」
大前が首をかしげる。神明は眉間にしわを寄せた。
「この姿の見えない敵による攻撃……。紫の艦隊の手口に思えないか? 転移島で紫の艦隊を挽き潰したが……あれで全部か? まだ他に残っているのではないか?」