第七四二話、航空機か潜水艦か
第一機動艦隊を飛び立った第一次攻撃隊は、ルベル艦隊の一群に対して、猛攻を仕掛けていた。
烈風艦上戦闘機は、ルベル・キャリアーから発進したイグニス小型戦闘機と空中戦を繰り広げる。
烈風は零戦とさほど変わらないサイズの戦闘機だが、イグニスは無人機のためかコンパクトな作りで軽量、かつ突っ込みの鋭い機体だった。
しかしマ式可変翼を持つ烈風は、高速戦闘時と低速格闘戦、双方に最適格な運動性を発揮できる機体であり、非常に小回りが効く高速機である。しかも武装は20ミリ光弾機銃四丁であり、イグニスの球体の胴体を容易くボロ雑巾に変えたのである。
戦闘機隊の援護を受けて、流星改部隊が、ルベルの赤い艦艇に対して1000キロ対艦誘導弾を発射する。
大型艦艇すら大破に追い込むその一撃は、比較的弱いルベル・クルーザーの対空迎撃を躱して、その艦体を容易く貫く。
爆発。喫水線付近を狙って当たったそれは、大きな破孔を作り出し、ズタズタになった艦内に大量の海水を導いた。
行き足が止まる頃には海に引きずり込まれるように沈んでいく。
ある艦は、艦首砲塔内で爆発、弾薬庫に誘爆してそのまま艦体を分断。またある艦は機関に飛び込み爆発した誘導弾により、誘爆、轟沈した。
ルベル・クルーザーの対艦用光弾砲や高角砲、機銃が、迫り来る誘導弾を撃墜しようと火を噴く。
だが先端が細く、撃ち落とすには火線が不足、あるいは照準が追いつかず、犠牲は増えるばかりだ。
「おーおー、これは何とも脆いもんだ」
一機艦第一次攻撃隊総指揮官である下村 太一郎中佐は、流星艦攻から、洋上に漂う敵クルーザーと、波間に消えるそれを眺める。
「半分は沈んだかな、こりゃ」
約300機の流星艦攻による攻撃は、目標であった赤の艦隊第一群の残存、およそ170隻を痛打した。
「これが戦艦、空母だったなら、もっと沈んだ艦は少なかったんだろうが……」
「大戦果ですね、中佐」
操縦担当の谷口少尉が言った。最近、隊に加わったばかりではあるが、新品少尉にしては腕がよい。経験を積み重ねれば、よいパイロットになるだろう。
「第二次攻撃隊を送れば、全滅させられるんじゃないですか?」
「だろうねぇ。こんな簡単に終わってしまっていいのかしらん」
軽口にも似た響きで下村は言うのである。
「まあ、余裕をもって終われるならそれにこしたことはないんだ」
ざっと見たところ、敵艦の半分はすでに沈没し、残る六割程度が煙を吐いて停船、あるいは沈みつつある。
「艦攻隊も、ほぼ攻撃が終わったようだね。帰ろうか、谷口クン」
「了解です」
各中隊はそれぞれ集合し、転移による機動艦隊への帰還を行う。帰りをスキップすることで、搭乗員の疲労を抑え、必要ならば再攻撃のための時間節約を行うのだ。
ルベル艦隊第一群を叩いた第一次攻撃隊は、第一機動艦隊の上空へ戻るのだが――
「……おや?」
下村が違和感をおぼえるのと同時に、谷口もまた反応した。
「中佐、何か変です!」
「言葉が不明瞭だな、谷口クン。いやまあ、変ではあるのは間違いないんだけど」
覗き込むように前方下方を見れば、第一機動艦隊の空母群を中心とした隊列が乱れていた。
通常ではあり得ないそれは、対潜か、あるいは対空か、とにかく回避運動の結果のようだった。
しかも悪いことに、傾いている空母もあった。
「どうなってるんだ、これは……」
・ ・ ・
第一機動艦隊旗艦『出雲』。小沢 治三郎中将は腕を組んで、頭を働かせていた。参謀たちは、それぞれ意見をぶつけている。
「敵は遮蔽航空機と思われます」
そう言ったのは青木 武航空参謀だ。一方――
「いや、敵は潜水艦なのではないか?」
大前 敏一首席参謀は、そう主張した。
第一機動艦隊は敵の攻撃を受け、空母『白鶴』が大破、大傾斜し、『翠鶴』と『翔鶴』が雷撃で損傷、それぞれ浸水により最大速度が出せず、中破判定となっている。
わかっていることは、魚雷攻撃であること。
その魚雷は、防御障壁に当たると、一、二秒の抵抗の後、障壁を貫いて向かってくること。
どうやら新型らしく、爆発と共に艦体を食い破るように大きな穴を開ける。当たり所が悪かったのか、排水量5万5500トン、全長320メートルの大型空母である『白鶴』すら、たった一発で傾かせ、海に引きずり込もうとする破壊力があった。
ただ、『翠鶴』『翔鶴』の場合は、大穴は空いたものの、速度を落とすことで何とか浸水阻止に成功した。
だが空母3隻が、ほぼ戦闘能力を喪失させられたと見ていい。にもかかわらず、これをやった犯人が、いまだ特定できずにいた。
「攻撃はすべて魚雷だ。潜水艦の仕業だろう」
「ですが、護衛の駆逐艦も含め、敵の姿はマ式ソナーをもってしても確認できていません。魚雷だって、いきなり至近に現れたと報告がありますし――」
「転移式の魚雷なのではないか? 敵はこちらの索敵範囲外から雷撃を仕掛けているのだ」
大前は言うが、青木も引かない。
「遮蔽航空機ですよ。突然、魚雷が現れるのも、航空機が投下したからです。海の中をいくら探しても無駄です」
敵は、航空機か潜水艦か。対空、対潜警戒の指示を出しても、敵の正体が不明のまま故、兵たちも落ち着かない。
「遅れました」
旗艦『出雲』の司令部に、T艦隊参謀長兼、第一機動艦隊参謀長の神明少将が転移室を通って現れた。小沢は頷く。
「ご苦労。お前の転移島作戦のおかげで、こっちは楽ができると思ったが、そうも言っていられない状況だ」
お互いの報告――の間もなく、小沢は現状を神明に伝える。何せ――
「空母を三杯やられたのに、敵の攻撃が魚雷であること意外何もわからん。しかも、障壁を貫通する魚雷だ」
「障壁貫通武器を敵が持っているのは確定しています。カリブ海で敵の潜水艦が使っていました」
ただ、その時とは威力が桁違いのようにも思える。神明が言えば、大前が我が意を得たりという顔になる。
「そうです。なので、敵は潜水艦ではないかと考えたのですが……」
「護衛部隊のソナーは、敵潜を発見できていません」
青木が背筋を伸ばした。
「敵は遮蔽航空機ではないかと推測されるのですが……。現状、敵は確認できていません」
「いま、攻撃されたら、障壁があってもやられる」
小沢はきっぱりと告げた。
「ここは一旦、艦隊転移で場所を変えるべきだと思う。潜水艦にしろ、航空機にしろ、引き離すことはできるだろう」
「それで間違いないでしょう」
神明の賛意を受けて、小沢は口元を緩めた。
「艦載機の収容も、転移で場所を変えてから行う。ここで収容を行えば、敵の的だ」
第一機動艦隊は、動き出した。
今回のイ号作戦のためにインド洋東に張り巡らせた転移網を活用し、一度敵を振り切るのだ。