第七四〇話、浮上する基地
転移島ことエレウテリアー島が、基地と分離すると、基地部分は空へと浮かび上がった。
ムンドゥス帝国移動要塞島エレウテリアー司令のグラペー中将は叫ぶ。
「超光線砲を、外装島へ発射だ! これ以上、敵に島を利用させるな!」
エレウテリアー島が、転移によって友軍艦隊を破壊している。さすがに五度も同じことを繰り返せば、基地司令部でも敵の工作を疑う。
正確な理由はわからないが、おそらく島に転移装置を組み込まれ、それによって司令部の意思とは関係なく勝手に動かされているのだ。
インド洋の艦隊が、島の転移で破壊されれば、次は大西洋の侵攻艦隊がやられてしまうかもしれない。
グラペーとしても、本国の優先任務にケチがついてはいけないことは理解している。故に、遺憾ながら島を破壊することにした。
迷っている時間はなかった。正直、他にも方法があったかもしれない。だが時間を置けば、いつ転移で飛ばされるかわかったものではなかった。飛ばされれば、その時は新たな味方を破砕されているのだから。
『超光線砲、エネルギー50パーセント!』
「それだけあれば充分だ。点火装置に撃ち込めば島は崩壊する! 照準修正後、速やかに発射せよ!」
グラペーは命じた。
全長8キロ超えの島である。いかに超光線砲をもってしても、一撃で破壊するのは不可能である。
だがこの島には、万が一、敵に上陸、占領された場合に備えて自爆装置が仕込まれている。その装置の点火には、基地要塞側からのエネルギーを打ち込む必要があった。
浮上し、高度を取る基地要塞。それは中央の塔を司令塔とし、直径4キロのリング状の浮遊要塞であった。その中央には、島全体を転移させた巨大なジェネレーターを備えた構造物が下方に伸びている。
その底面の先端は、ジェネレーターに直結される超光線砲の砲身がある。上方から下方の敵を撃ち下ろす強力兵器である。
そしてその光線兵器は、切り離された外装――島の地下に設置されていた自爆装置、その点火装置に、眩いばかりの光線を撃ち込んだ。
直後に起こったのは、中心から島全体に伝播するように連鎖的に起きた爆発。大地は割れ、自然という名の装甲をまとっていた島が崩れ、バラバラになって海に沈んでいく。
外装島の破壊を確認し、なお浮上しつつあるエレウテリアー島本体。グラペーはひとまずホッとしたものの、すぐに現実に引き戻された。
「何故やられたかわからんが、我々の島が友軍艦隊に打撃を与えてしまった! これは失態だ……! ゲラーン閣下とは連絡が取れないのか?」
「まだ、報告はありません」
「くそっ、閣下はサンディエゴに置き去りなのだぞ……」
グラペーは、忌々しいとばかりに机を叩いた。
「現在位置の確認急げ。それと近々の艦隊に状況説明と、情報の収集! 我々は、ゲラーン閣下のもとに戻らねばならんのだぞ」
「転移のエネルギーのチャージを始めます」
機関参謀が背筋を伸ばした。
「今の光線砲で、エネルギーを消耗しましたから」
「当然だ」
司令官席にドスンと腰を下ろすグラペー。
「島ごと転移させられたのは、先に報告のあった敵工作部隊の仕業だろう。警備部隊を出して、他にも潜り込んでいないか調べろ。――航空参謀! 航空戦力は!?」
「戦闘機および攻撃機は、ほぼ無傷で残っております!」
航空参謀は、すぐに返答した。
「しかし、理由は不明ですが、アステールが全機失われました」
「何? 四機、手元に残して置いたはずだろう?」
エレウテリアー島には円盤兵器アステールが八機、運用されていた。サンディエゴ攻撃に四機を出し、残りは二次攻撃のために待機させていたのだが、それがないという。
「どうなっているんだ……」
状況の理解が追いつかないグラペーであった。
・ ・ ・
島の基地部分が空にあり、それ自体が空中要塞のようであった。
彩雲偵察機からの報告に、連合艦隊旗艦『敷島』の司令部では、参謀たちが意見を出し合っていた。
「まさか、あのようなカラクリがあったとは……」
渡辺先任参謀は言った。まさか島の基地部分が、分離して空を飛ぶなど、誰が予想できたのか。
源田航空参謀は首を振った。
「敵は直径150メートルの円盤兵器すら飛ばします。その技術の応用なのでしょうが……」
「それにしたってだな――」
「どうしますか?」
高田首席参謀が、草鹿連合艦隊参謀長を見た。
「驚天動地だ……」
落ち着いてはいるが、驚きは隠せないようだった。
「しかし、あれをそのまま放置というわけにもいくまい」
「はい。敵は、転移島を一撃で破壊するだけの火力を持っております」
高田は眉をひそめた。
「敵が、艦隊を頭上から襲う……いえ、スマトラ島へ上陸し、地上施設を破壊したら、大変なことになります」
「敵は、転移移動ができるようですから」
源田は眉間にしわを寄せた。
「放置するのは危険です。空の敵ですから、航空隊を送り、撃墜すべきかと」
参謀たちの視線は、山本 五十六長官のもとに集まる。腕を組み、静かに彼らの意見に耳をかたむけていた山本はゆっくりと口を開いた。
「源田君。敵の基地施設――いや、空中要塞と呼ぶ。これを航空隊で落とせるか?」
「基地部分には、防御障壁があると思われますが、転移弾を集中し、中で爆発させれば、その構造、装備に甚大な被害を与えられます。転移に使う動力炉を吹き飛ばすことができれば、撃墜も不可能ではないかと」
「わかった。では一航艦に指令。敵空中要塞へ攻撃隊を編成、攻撃させるように」
・ ・ ・
命令は下った。
第一艦隊の後方海域にて待機する海氷飛行場『日高見』、海氷空母『大海』『雲海』では、基地航空隊である第一航空艦隊の第二次攻撃隊が、発進準備にかかる。
新型転移誘導弾を搭載した攻撃機と、それを護衛する戦闘機が編成されるが、これらは本来、ルベル艦隊へ放った第一次攻撃隊が、敵を撃ち漏らした際に出撃する手筈となっていた。
各飛行隊長は、目標が海上艦艇ではなく、空に浮かぶ要塞と聞いて耳を疑った。だが敵には違いない。
「ここにいる者は、誰一人見たことがない代物だろうがな。見ればわかる。……俺も正直、早く見てみたい」
第二次攻撃隊指揮官の屋島少佐が、戸惑っている搭乗員らを告げる。
「敵は敵だ。面倒なことになる前に、撃ち落としてやろう! かかれ!」
それぞれの機体に搭乗員は走る。無人コア制御機は、すでに整備員たちの手によって万全の準備を終えている。
轟々と発動機が唸り、搭乗員を乗せた機体もそれぞれ動き出す。業風戦闘機が飛び上がり、配備の進む銀河陸上爆撃機、そしていまだ現役の一式陸上爆撃機が次々と飛び立つのだった。