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第七三六話、盤面は裏返る


 エレウテリアーが動いた。

 転移するしか行動できない移動要塞島が動くなど、あり得ないことだ。


 ゲラーン・サタナス中将は、旗艦である戦艦『クレマンソー』の艦橋から、その光景に愕然とした。

 確かに、先ほどまでと島の位置が変わっている。そして衝撃的だったのは、彼の愛したコレクションが島の下敷きになるように圧殺されてしまったことだった。


「何てことだっ!」


 ――『サウスダコタ』が、『インディアナ』が、『モンタナ』『ノースカロライナ』『アイオワ』『マサチューセッツ』が! 『セント・アンドリュー』が『セント・デイヴィッド』が『セント・ジョージ』、『セント・パトリック』がっ!


 全長205メートルに艦体に50口径40.6センチ三連装砲を四基も詰め込んだ重装備低速のサウスダコタ級に、45.7センチ砲を搭載戦艦であるN3型こと、セント・アンドリュー級が、島の移動によって一瞬で破壊されてしまったのだ。


 戦艦同士の戦い、その激闘の末に散るのならば、まだいい。それもまた戦艦の生き様だ。しかしわけのわからない理由で失われたことは、ゲラーンに激しい怒りを呼び起こさせた。


「何故、島が動いたのだ!? 外装状態に自力航行機能はないはずだぞ! エレウテリアー司令部に状況を報告させろ!」


 何てことだ、と再度呟き、ゲラーンは苛立ちを隠せない。

 片や米海軍相手に、戦艦同士の砲撃戦をやっている最中、その興奮を醒ますことが起きて、気持ちが抑えられないのだ。

 事態はさらに動く。


『島の裏より、新たな敵艦隊が出現!』


 見張り所からの報告が響いた。新たな敵と聞き、艦橋要員もそちらに視線を向けた。

 どことなく、クレマンソー――リシュリュー級に近いシルエットの戦艦と、13号艦型巡洋戦艦のような戦艦が、大型巡洋艦、重巡を引き連れて現れると光弾砲による攻撃を仕掛けてきた。

 そして戦艦が、あっという間に爆沈した。


『「フランチェスコ・カラッチョロ」、轟沈!』

『「ノルマンディー」大破、航行不能!』

『「ブルゴーニュ」、転覆しますっ!」

「おおっ……。おお――」


 ゲラーンは、突如現れた艦隊によって、沈められていく艦を見た。敵が使っているのはただの光弾砲ではない。よりパワーのある大砲だ。


「米海軍ではない。あの艦橋は、日本軍か!」


 インド洋のヴォルク・テシス大将の艦隊に、日本軍は総力をあげて挑んでいるはずだ。それが何故、真逆の位置にあるサンディエゴに現れるのか?


 北米侵攻作戦に日本軍が介入することは親父殿――地球征服軍司令長官であるサタナス元帥は恐れていた。

 大西洋からの侵攻を成功させるため、太平洋側からも牽制のために攻撃をかけたわけだが、どうやらその保険は役に立ったらしい。

 日本軍は、大西洋ではなく、太平洋の米軍の援護に現れたのだから。


「太平洋艦隊だけでは、手応えがないと思っていたところだ。戦艦数隻の補充とはいえ、我が艦隊がお相手しよう!」


 ゲラーンは、新たな日本艦隊。その先陣を切る浅間型航空戦艦や武尊型巡洋戦艦の獰猛なる攻撃力に感嘆し、好敵手たり得ると判断した。

 米戦艦に向けていた『インコンパラブル』、13号型巡洋戦艦戦隊を戻し、巡洋戦艦戦隊を――


 残っている戦力の振り分けを指示するゲラーンであったが、さらなる悲劇が司令部に入った。


「閣下! た、大変です! 島が、き、消えました!」

「何?」


 いったい何のことを言っているのか、一瞬ゲラーンにはわからなかった。

 そしてぼんやりと戦場を眺め、先ほどまであったはずのエレウテリアー島が、影も形もなくなっていることに気づいた。


「はあっ!? エレウテリアーはどうした!? 何故、勝手に転移しているのだ!?」


 現在の状態で移動要塞島が動く方法は、島の奥深くにある動力炉のエネルギーを用いての転移のみ。基本、真っ直ぐにしか転移できず、また消費したエネルギーの回復のため、そう連続使用はできない。


 そして島の転移行動については、最高指揮官であるゲラーンの許可なしには行えない。もちろん通告はなかったので、エレウテリアー島司令部が独断で転移したとしか思えなかった。

 だが、島が転移する理由があるのか? それがわからない。移動要塞島が攻撃されているとしても、シールドと島という地形上、たとえ戦艦の艦砲射撃があろうとも、転移で逃げ出すようなものでもない。


 そもそも攻撃されている、そして危機的状況であったなら、ゲラーンに判断を仰いだり、救援を求めれば済むのだ。


「どうしてこうなった!」


 ゲラーンは叫んでみたが、それに対する答えは周囲からは返ってこなかった。そうとも、わかるはずがないのだ。


「通信は? 司令部を呼び出せ!」

「はっ、……それが、応答がありません」


 通信参謀が応じた。ゲラーンは、再び戦場を右から左へ眺める。


「まずいことになった……」


 やはりエレウテリアー島はない。あるのは日米それぞれの艦隊と、ゲラーン自慢のコレクション艦隊、そしてサンディエゴの港だ。

 何とも腹立たしいことだ。こちらはまだ戦えるというのに。


「全艦隊へ、離脱行動を開始する。撤退だ!」

「閣下!?」


 参謀たちがどよめく。


「撤退……? まだ我が艦隊は、数で敵より勝っておりますが……」


 そうとも、アメリカ戦艦群はすでに虫の息。その艦隊もボロディノ級巡洋戦艦やオランダの2万700トン戦艦9隻などの猛攻で、大打撃を被っている。

 日本艦隊も攻撃力はあるが、その数は、今のゲラーン艦隊の総数より、たいぶ劣っている。犠牲は増えるだろうが、戦えば敵を壊滅させられると思われたが――


「馬鹿者! 燃料だ! 燃料がないんだ!」


 ゲラーンは怒鳴った。

 移動要塞島を拠点にしていたことが裏目に出た。ゲラーン艦隊は戦闘力――速力の向上のため、燃料をフルに積み込んでいなかった。

 敵地近くで、艦隊を展開する都合上、航続距離など無視してよかったのだ。島から出て、戦闘が終われば島に戻ればよかったのだから。

 だがそのエレウテリアー島が消えた結果、ゲラーン艦隊は燃料補給の手段を絶たれたのだ。


「島の転移が事故で、我々の手の届く範囲ならばよいが、そうでなかった場合、我々の最寄りの拠点は、ハワイになる。……ハワイ、ホノルルまでの距離は?」

「はっ、およそ2265浬であります!」


 航海参謀が答えた。ゲラーンは唸る。フルに燃料を積んでいれば、艦によっては、往復しても余裕で余っていただろうが、満タンにしなかったことがここにきて影響した。戦闘速度で走れば、その分、燃料消費量も増える。ゲラーン艦隊の残存燃料は半分を切っている可能性が大いにあった。


 エレウテリアー島が戻るなり、途中で合流できればいい。しかしそうならず、ホノルルへ直接行くとなれば、駆逐艦は燃料切れを起こし、余裕のある戦艦などから給油しなくてはならなくなる。


「撤退だ。……それと、エレウテリアー島司令部を呼び出し続けろ! 状況説明!」


 かくて、まだ戦闘力を残しているゲラーン艦隊だが、サンディエゴに背を向け、太平洋へ転進した。

 航空隊がエアカバーを行うが、その母艦は、日本のT艦隊が出現と同時に放たれた暴風戦闘爆撃隊の襲撃で、飛行甲板を叩かれ、艦載機運用能力を大きく削がれた。


 航行不能艦を処分しつつ、ゲラーン艦隊は敗走するのであった。

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