第七三四話、彩雲偵察機、仕掛ける
「そりゃあ、敵が嫌がる場所って言ったら、戦艦とか空母が隊列を組んでいるところだろう」
門田士郞中尉は、彩雲改二のコクピットから、眼下はインド洋。そこに無数の航跡を刻む異世界帝国艦隊を見下ろしていた。
遮蔽飛行で飛んでいた偵察攻撃隊は、インド洋を東進する敵艦隊を捉え、その動向を常に把握している。
門田の彩雲偵察機も、哨戒空母『真鶴』を発艦し、張り付いている味方と交代しつつ、監視活動を続けていた。
敵は、四群に分かれて行動しており、ルベル・クルーザーを中心とする赤の艦隊を前衛に三群。紫の艦隊を含む、戦艦、空母、そして輸送船団を連れた主力の大艦隊という配置だ。
『敵さんの典型的な艦隊行動隊列ですな』
偵察員席の有倉一飛曹が言った。門田は操縦桿を握りながら頷く。
「そうだな。敵の太平洋艦隊がハワイを出てきた時も、四群に分かれていた」
前衛と後衛。そして大体のところ、敵主力は後ろだ。
『狙うは主力ですか!?』
「紫の奴は、真っ先に潰したいよな!」
この敵の精鋭である紫――紫星艦隊は、日本海軍に度々打撃を与えてきた。今の連合艦隊にも、あの艦隊を仇と思って恨んでいる者は少なくないだろう。
「戦闘前にあの紫の奴を捕捉できるのは好機だな。遮蔽で消える前に潰しておけば、一気に戦いが有利になるはずだ!」
『では、主力から狙いますか!』
「赤の前衛も惜しいんだがね。やはり一番危険な奴から叩くのが定石よ!」
門田は機体を旋回させ、敵主力艦隊の前方に回り込む。
前衛の三群が、赤の艦隊なのに対して、主力艦隊には赤い艦はない。紫と、通常の灰色塗装の艦しか見当たらない。
戦艦51、空母40は、この主力艦隊にしかなく、護衛は重巡洋艦40、軽巡洋艦60、駆逐艦120――その半分は輸送船団の守りについている。
その配置は先頭が重巡洋艦10。次に戦艦10、空母10、戦艦10、空母10、戦艦11、空母10、戦艦10、空母10、戦艦10、最後に重巡洋艦10という縦 横、正方形の陣形を構成している。この中央列の左右に軽巡洋艦10、重巡洋艦10、軽巡洋艦10が守りを固め、外周を駆逐艦が取り囲む。軽巡洋艦20と駆逐艦の残りは、輸送船団の護衛だ。
戦艦が11隻いる真ん中が、例の紫の旗艦である超戦艦がある。
「できれば、あれも巻き込みたいな……」
門田は呟く。彩雲改二は、敵艦隊の中央列が正面に来るように飛ぶ。
『中尉、ど真ん中はやめてくださいよ! ブイが前のフネに轢かれてしまいますからね!』
有倉が注意する。門田は叫ぶ。
「わかってらい!」
敵艦隊上空を飛ぶ戦闘機――それらに彩雲は見えていないので構わず進む。
「このまま、針路を変えてくれるなよ……! 有倉!」
『行けます! どうぞ!』
「てぇっ!」
海面近くで転移爆撃装置により、転移中継ブイを投下。門田は操縦桿を軽く引いて、緩やかな上昇に転じる。
ついでに見えていないことにかこつけて、敵旗艦の鼻先を通過してやろうかと思った。
遮蔽中に敵旗艦の艦橋に撃ち込んで、戦線離脱させた奴がいた話を思い出したのだ。しかし残念、彩雲改二に、爆撃装置以外に前方を攻撃できる装備はない。
飛び抜ける彩雲。しかし門田は、違和感を覚える。
――聞いていたより、小さかったような……? 気のせい、か?
・ ・ ・
時は少し巻き戻り、サンディエゴ近海。
異世界帝国ゲラーン艦隊と、アメリカ太平洋艦隊が、艦隊同士による砲撃戦に移行していた。
アメリカ戦艦群は単縦陣を形成し、敵戦艦群と同航戦となる。
旗艦『ニュージャージー』の50口径40.6センチ三連装砲が火を噴く。最高速度33ノットの快速を持つアイオワ級だが、今は他戦艦に合わせて速度は27ノットで走っている。
最高速度だと砲撃時に船体に負荷がかかり、命中精度が悪くなるという欠点を持つアイオワ級も、この速度ならば問題はない。
それでも後続の戦艦の速度が新戦艦並の27、28ノットを発揮可能なため、大戦前のアメリカ戦艦に比べればかなりの足の速さと言える。
その後続の戦艦、サウスダコタ級『インディアナ』は45口径40.6センチ三連装砲9門、残る『ネブラスカ』『バーモント』『コネチカット』『カンザス』『ミネソタ』『サウスカロライナ』はアメリカ式の40.6センチ連装砲8門に換装し、30秒に1回のスピードで砲弾を発射した。
「クソめ!」
旗艦の艦橋から戦場を見ていたトーマス・キンケイド中将は、思わず罵った。
米戦艦と撃ち合うのは、少し古いが日本海軍の戦艦によく似たシルエットの高速戦艦。
キンケイドは知らなかったが、いま撃ち合っているのは、日本海軍の八八艦隊計画艦の天城型巡洋戦艦4隻と紀伊型戦艦4隻だ。
全長251メートル、全幅は天城型が30.8メートル、紀伊型が31.1メートル。41センチ連装砲五基十門を主砲とし、その配置もほとんど同型艦に見える8隻が、速度29ノットで砲撃を繰り返す。
高速型コロラド級とも言うべき日本海軍からの貸与戦艦に比べて、速度はやや優速。主砲が一基多い分、火力に勝っている。つまり、米軍側が不利ということだ。
同型に見えて、紀伊型は天城型に比べて若干の装甲強化が施されており、米側の45口径砲では絶対的な有利はない。同じ45口径の16インチ砲の応酬。『バーモント』『コネチカット』『ミネソタ』が被弾で煙を引くが、敵天城型、紀伊型にも同様に命中弾を与えている。
唯一、50口径の『ニュージャージー』の砲は、頭一つ抜けており、先頭の天城型の三番砲搭を吹き飛ばし、激しく炎上させることに成功した。
「優勢なのは、本艦だけか……」
キンケイドの表情に焦りが浮かぶ。そうこうしているうちに、異世界帝国側の他の戦艦群が、枝に絡み付くヘビのように、米戦艦列に近づく。
「前方に、敵高速戦艦!」
「回り込まれたか……!」
数では勝てないのはわかっていた。だが、太平洋艦隊司令部のあるサンディエゴにまで攻められて、引くところなどないのだ。
前方をT字の頭を取るように機動してきたのは、長大な戦艦――いや、巡洋戦艦のレキシントン級。かつての米戦艦を見るようなシルエットは、米海軍軍人を複雑な心境にさせる。
「軍縮条約の亡霊かっ……!」
キンケイドの見ている前で、レキシントン級巡洋戦艦6隻が、機関出力18万馬力、33.3ノットの快速を飛ばしながら、50口径40.6センチ連装砲四基八門を指向する。アイオワ級に匹敵するその足の速さで機動しながら、主砲を発砲。飛来した砲弾が、『ニュージャージー』の周りに巨大な水柱を突き上げさせた。
命中精度は大味なのは、高速機動の弊害か。しかし6隻の砲撃が集中した分、水柱の数は凄まじい。基準排水量4万8000トンのアイオワ級の艦体が揺れた。
「シット!」
「提督! 『サウスカロライナ』が――」
キンケイドの耳に悲報が届く。戦艦群最後尾の位置にいた戦艦『サウスカロライナ』――日本海軍時『越後』、元は『アリゾナ』だったそれが、艦体を真っ二つにされて沈んでいく。
多勢に無勢。キンケイドは怒鳴った。
「『サウスカロライナ』をやった奴は――!』