第七三二話、未成艦隊を作った男
ムンドゥス帝国、ゲラーン・サタナス中将は、幻を求めていた。
もちろん、妙な薬をやっているとか、そういうことではない。誤解なきように言えば、計画されたが作られなかったモノに大変関心を持っていた。
つまりは、幻の一品というものだ。
そして彼は海軍軍人であるように、特に船が好きだった。帝国の上級貴族の中でも、皇帝に近い位置にあるサタナス家の息子である彼は、趣味にとことん金を注ぎ込む性質の持ち主だった。
地球世界という新たな異世界に帝国が侵略を開始した後、ゲラーン・サタナスは、地球にやってきた。
この世界の軍事、特に海軍について研究を始めた彼は、その中で未成に終わった艦の資料を見つけ、それの建造を始めた。
費用については、サタナス家の、彼のポケットマネーでどうとでもなった。人を使い、材料も現地で調達すると、彼は自分のコレクション作りに邁進した。
帝国が、地球各国を侵略し、戦争をしていようともゲラーンにとっては割とどうでもいいことであった。
それを数年がかりでコツコツやっていたら、艦艇コレクションの隻数は100を超えた。もっとも彼は凝り性の部分もあって、計画艦艇の姉妹艦全てを製作したため、1タイプ1隻で見るなら、数はぐっと減る。
『軍艦は、姉妹艦が揃ってこそ美しいのだ。同じ型の戦艦が、見事な陣形を形作り、航跡を刻むさまは、芸術であると言える!』
従者にそう語るゲラーンである。
『まあ、姉妹艦がなくとも、よいものはよいのだがね』
などと語る通り、ゲラーンは、どちらかと言えば、原点の再現度よりも動いている方に重きを置くタイプだった。
だから外観は極力再現はするが、その性能面については本来のものではなく、現代でも通用するレベルのものにしていた。
つまり、中身の再現はさほど重視していない。
『船というのは、近代化改装をするものだよ』
再現と言ったところで、その形など年季が入れば変わるものである、とゲラーンは言う。
『淑女は常に、新しいドレスで着飾りたいのさ』
そして、彼は、本来はこの世に生まれることなく消えた幻の軍艦を蘇らせ、それが海を走り、そして砲を撃つさまに、快感と感動をおぼえるのである。
ロマンチストであるが、悪くいえば金持ちの道楽である。
そんな彼の玩具は、移動要塞島の転移ゲートから、サンディエゴ近海にその威容を並べた。
その艦艇は新旧織り交ぜつつ、すべて弩級戦艦以降の近代艦でまとめられている。
フランスは新鋭のアルザス級戦艦にはじまり、計画中止で消えたリヨン級戦艦、ジル案型巡洋戦艦。ムンドゥス帝国が占領したことで日の目を見ることがなくなったサン・ルイ級重巡洋艦。
ドイツは、マッケンゼン級、ヨルク級代艦巡洋戦艦。Z計画で計画された最終大型戦艦H44級。
イギリスはN3級戦艦に、G3級巡洋戦艦、50.8センチ砲搭載の巡洋戦艦『インコンパラブル』。さらに計画中だったジブラルタル級空母に、サーストン案の航空戦艦、氷山空母。
アメリカでは、軍縮条約に消えたサウスダコタ級戦艦にレキシントン級巡洋戦艦、さらに航空巡洋艦案CF。
イタリアは、フランチェスコ・カラッチョロ級戦艦。オーストリア・ハンガリー帝国のエルザッツ・モナルヒ級戦艦、ロシアではボロディノ級巡洋戦艦に、スターリングラート級巡洋艦。オランダは2万688トン型戦艦、1940年式巡洋戦艦。
そして日本の天城型巡洋戦艦、紀伊型戦艦、13号型巡洋戦艦、G6型航空巡洋艦が再現された。
姉妹艦を含めた結果、戦艦、巡洋戦艦で84隻を数える。隻数については、推測や計画上という注が入るのだが、そこはゲラーンの独断と偏見が入っている。
駆逐艦は、ムンドゥス帝国の艦艇で揃えたが、それ以外は、すべて原点は地球製である。
かくて、ゲラーンは、自身の自慢のコレクションを実戦に投入した。
その最初の標的となったのは、アメリカ太平洋艦隊である。
氷山空母ならびに、イギリスが計画段階だったものを補い、完成させたジブラルタル級空母ほか、各航空巡洋艦群から、ヴォンヴィクス、エントマ戦闘機が飛び立つ。
それらは米空母群から飛び立った、F6Fヘルキャット戦闘機、SB2Cヘルダイバー艦上爆撃機、TBFアベンジャー雷撃機に襲いかかった。
F6Fとほぼ同速のヴォンヴィクスと、それより遥かに優速のエントマ。それらはネイビーブルーの戦闘機にダイブし、12.7ミリ機銃の雨を降らせる。対するF6Fもその太い胴体ながら機敏な運動性を活かして動き回る。
よく一撃離脱が得意と思われがちなグラマラスな戦闘機であるF6Fだが、高速戦闘時の運動性は、他国の主力機に劣るところはない。
運動性と旋回性自慢の日本の零戦と比べても、低速域では負けるが、高速域での運動性は、むしろF6Fの方が機敏なのである。
ヴォンヴィクスやエントマに対しても、意外に身軽に動くF6Fは善戦する。
だが、アメリカ空母6隻分の艦載機では、制空を重視したゲラーンの航空部隊を突破は困難を極めた。
サンディエゴの近隣飛行場からも戦闘機や爆撃機が飛来したが、これらも帝国の防空網に阻まれる。
なお、ゲラーンは、航空機に関しても幻の機体を追い求めるが、こちらは正真正銘のコレクションであり、実戦に投入せず、帝国の航空機をそのまま活用している。
「さて、空からの邪魔は入らない」
ゲラーンは、移動要塞島から、艦隊へと移乗する。フランス海軍から建造中のものを鹵獲したリシュリュー級戦艦の三番艦『クレマンソー』である。
これについては幻でもないのだが、敢えて旗艦に据えているのは、自分が乗っている艦は、よく見えないからという理由だったりする。全体が見えてこそ感動する性質なので、雰囲気を感じるだけなら、通常の鹵獲艦で充分なのだ。
「堂々と砲撃戦といこうじゃないか!」
彼は生粋の大砲屋であり、戦艦同士の砲撃戦にロマンを見いだしていた。
・ ・ ・
そんな浪漫の塊である幻の艦隊が、米太平洋艦隊と砲戦をしようと近づく中、移動要塞島『エレウテリアー』こと転移島に、密かに航空機が忍び寄っていた。
軽空母『龍驤』から発艦した稲妻師団の虚空特殊輸送機である。
哨戒空母『潮瀬』の彩雲改二偵察機がサンディエゴ近海に投下した転移中継ブイに導かれてやってきた虚空輸送機は、遮蔽で姿を隠して、転移島に近づいた。
三機はそれぞれ分かれると、三方向から島に接近。断崖絶壁となっている端の平地に、マ式エンジンの垂直離着陸機能を活かして、着陸を果たした。
後部のランプが開かれる。輸送ブロックに乗り込んでいた稲妻師団『現部隊員たちが、それぞれの装備を持って飛び出す。
日本海軍特殊部隊、上陸!
島の中央の、戦艦の艦橋のような塔が見える。扶桑級戦艦『扶桑』の艦橋もまた独特の形状をしているが、あれよりも高く、しかしどっしり安定している印象だ。
塔は見えるが、施設全体は大岩と、わずかながらの樹木に遮られて見えづらくあった。だが上陸した日本兵にとっては、姿を隠しやすい障害物となる。むしろありがたい。
「本当に島のようだ」
遠木中佐は警戒しつつ呟いた。草や岩など、自然そのもの。作られた島で見せかけのものかと思っていたが、本物の島に建てた基地のようである。
「設置、急げ!」
特殊部隊員たちは、持ってきた装置を手早く組み立てる。携帯式転移装置――かつて大型戦艦『アペイロン』を転移鹵獲するために用いたそれの改良型である。
持ち駒作戦。引いては日本の命運をかけた戦いの鍵となる装置を設置。現部隊は、旗を立てたのだった。