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第七三〇話、エレウテリアー


 持ち駒作戦――異世界帝国の転移島に対する作戦で、稲妻師団が動き出した。

 しかし、ここで一つ、重大な問題が発生した。


 ハワイから、転移島が消えたのだ。

 オアフ島で、米軍守備隊残存兵と共に潜伏している日本海軍の連絡員からの報告は、連合艦隊司令部を揺さぶる。


「転移島が使えなければ、イ号作戦は危ういぞ……」


 高田首席参謀が焦る。連合艦隊の主力をもって、インド洋の敵艦隊を撃滅する作戦が、根底から崩れる。

 源田航空参謀は太平洋の地図に視線を落とした。


「くそっ、敵の動きが早かった。敵は……北米方面か」

「あるいは日本に向かっているかもしれない」


 草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は泰然と告げた。


「敵が転移移動を行う以上、内地も偵察機を動員し、警戒にあたる必要がある」

「どこだろうと――」


 山本 五十六連合艦隊司令長官は告げる。


「一度見つけてしまえばこちらのものだ。内地の各飛行場の偵察はもちろん、使える哨戒空母をアメリカ西海岸近海に出して、索敵活動に当たらせるのだ。攻撃される前に押さえられれば、こちらの勝ちだ」

「はっ!」


 参謀たちの動揺は収まり、きびきびした一礼の後、山本の指示はただちに実行された。

 広大な太平洋に、日本海軍は多数の偵察機を投入し、転移島の捜索を行った。その索敵範囲において、源田は、日本は小笠原諸島ならびに関東圏を中心に扇状に指定。アメリカ西海岸に対しては、太平洋艦隊の主力があるサンディエゴを中心に、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど港のある大都市圏も警戒させた。

 果たして、敵転移島は、どこへ移動したのか?



  ・  ・  ・



 移動要塞島『エレウテリアー』、それがムンドゥス帝国軍内での名称である。

 直径およそ8.5キロの人工の島は、一見すると四方を崖に囲まれ、海から上陸できない小島である。

 しかし、海底と繋がっていない、浮いている状態であり、その技術力は、ムンドゥス帝国さえ完全に解析できていない別の異世界の産物であった。


 島の中心には基地施設と、艦橋のような巨大な塔がそびえる。その地下は、巨大なジェネレーターがあって、要塞島を移動させる転移装置を動かすエネルギーを作り出していた。

 地球製と異なり、魔力補助、電力メインのこの転移装置は、基本的に直線方向にしか使えず、また島ほどの質量を動かすには莫大なエネルギーを必要とした。

 なので、好き勝手に転移移動しまくれる、という代物ではない。この辺りは、日本海軍の魔技研製転移装置に、だいぶ劣っていた。


 地球征服軍のサタナス元帥の息子であり、ゲラーン・サタナス中将は、エレウテリアーの司令部にいて、紫星艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将と映像交信をしていた。


「――次の転移で、北米の……ええっとサンディエゴに到着します。そこでアメリカの太平洋艦隊を叩く予定です」

『少し先走っていないかね、ゲラーン中将』


 ホログラフィック状のテシス大将は告げた。本来なら、サタナス中将と呼ぶべきところだが、それだとゲラーン本人が嫌がるのを知っているのだ。偉大なる父親と比べられるようで嫌という、ゲラーンの個人的な理由ではある。

 が、それが表側で共通認識になるレベルでは、帝国内でも有力な貴族の血を引いている。


「そうですか? あまりモタモタしていると、敵の太平洋艦隊が大西洋に行ってしまうかもしれない。せっかくの遊び相手に逃げられるのは面白くない」


 有力貴族のサタナス家の者でなければ、叱責されてもおかしくない言葉であった。

 戦争を遊び感覚でやられては、兵たちには気の毒ではあるが、テシス大将はゲラーンとは、比較的な良好な関係を保っているので、その程度で目くじらは立てなかった。


『ハワイを押さえたのだ。敵は西海岸をガラ空きにはせんよ。そのために、敵に情報を流させているのだから』


 オアフ島の占領。その際、現地にいた米軍はその主力を壊滅はさせたが、残党狩りはせず、放置している。すべては米国と日本に、ムンドゥス帝国の有力艦隊がいることを知らしめるためだ。


「日本とアメリカ、その戦力を太平洋に釘付けにできる。……そのためのハワイではありますがね。私としては、ただ座って待つというのは性に合わない」


 ゲラーンは席を立った。


「大西洋から攻めあがる第一戦闘軍団が、少し遅れている。こちらが早いのは、あちらが遅いせいでしょう」

『第二、第三戦闘軍団との合流が絶望的になっているからな。日本軍の妨害が、北米侵攻作戦の実行を遅らせているのだ』

「やはり、日本軍は手強いですか?」

『いまだ組織だって抵抗しているというだけで、言わずもがなだ』

「ムンドゥス帝国の侵攻を受けて、ここまでまだ残っている世界というのも珍しい。ええ、日本軍と戦うのを楽しみにしていますが、油断はしませんよ」


 好敵手との戦いは、ムンドゥス帝国軍人貴族の、もっとも高貴なる行いである。武人は多けれど、ただ戦えればよいという猪武者ではないのが、帝国貴族というものだ。


「まずは、アメリカの西海岸に仕掛けます。これは予定通りです。……日程は多少早いですが」


 悪戯っ子のようにゲラーンは笑った。こんな彼だが、帝国でのヴォルク・テシスという英雄を崇拝しており、素直な子供のような態度をとってしまうのである。


「少なくとも、親父殿が警戒している北米侵攻作戦の妨害に日本軍が現れるという事態は避けられましょう。ええ、奴らが来るとしても、主力である大西洋ではなく、私のいる太平洋側だ」


 作戦の主目的、そして主力の行動を助ける役目というのを、ゲラーンははっきり自覚し、そのための最善手を彼なりに考えて実行している。性格はともかく、彼もムンドゥス帝国軍人であった。


「親父殿は北米侵攻を進め、私は日本軍と戦える。……誰も損はしていない」

『日本軍が君のところに来るとは限らないよ。……インド洋かもしれない』


 テシスが言えば、ゲラーンは微笑しながら席についた。


「まあ、その時はその時ですが、日本軍がこちらに来てくれれば、テシス大将の艦隊は東南アジアを楽に攻略できるのではないですか?」


 艦隊がこないとなれば、日本軍は現地の戦力のみで、テシス艦隊と戦わねばならない。おそらく保つまい、とゲラーンは思っている。


『そうであれば、楽なのだがね。私も、基地と艦隊双方を同時に相手にするのは骨が折れる』


 テシス大将も同意した。


「それはそれとして、そちらに日本軍が来た場合、エレウテリアー要塞とアステール以外の対抗策は整えてあるのか? 南海艦隊は、ハワイに置いてきたのであろう?」

「えぇ、南海艦隊は牽制役ですから。西海岸に日本軍がアメリカの増援として現れた場合は、私が用意した玩具が、アメリカ太平洋艦隊ともども相手をしますよ」


 古来からの伝統に従い、堂々と艦隊決戦を――ゲラーンは笑みを深めるのだった。

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