第七二八話、ハワイ陥落
ハワイ真珠湾が、異世界帝国の侵攻を受け、電撃占領された。
これには日米双方が大きな衝撃を受けた。
駐留艦隊であるスプレイグ少将のハワイ艦隊は、転移してきた島に踏みつぶされる形で、全滅。
転移場所が合致したのは偶然か故意かはわからない。転移してきた島から円盤兵器アステールが出撃、ハワイの米軍拠点を攻撃を開始。
さらに島自体が転移ゲートの役割を果たして、異世界帝国艦隊が呼び出すと、陸上部隊がハワイ各島へ上陸し、あっという間に占領してしまったのである。
オアフ島に駐在していた海軍佐官からの報告により、大体の状況が日本にも伝わったが、この事態に、連合艦隊司令部は、さらに頭を抱えることになる。
「まさか、謎の島が、転移ゲートの機能まで持っていたとは……」
首席参謀の高田 利種大佐が唸る。
円盤兵器アステールの母艦とも言える転移で動く島から、異世界帝国艦隊が出現するなど、寝耳に水である。
中島情報参謀は頷いた。
「現在の報告によれば、戦艦36、空母20、巡洋艦60以上、駆逐艦200隻以上。他上陸用母艦など100以上……なおオアフ島から観測しきれない分もありますから、この二、三倍の戦力はいる可能性があります」
「早期に正確な数を確認したいところです」
草鹿 龍之介参謀長は、事務的に告げた。
「インド洋の赤の艦隊を中心とする部隊だけでも手一杯というのに、ハワイに敵の大艦隊が現れてしまった……。これは由々しき状況です」
「……」
山本 五十六大将は腕を組み、口を閉ざしている。現時点二、三倍の敵がいるとすれば、最悪1000隻以上。輸送船などを除外しても600から900隻となる。
「これは、最悪の展開ではないでしょうか」
渡辺先任参謀が言った。
「インド洋の艦隊を含め、同規模の敵がハワイにも現れた……。迎撃計画も練り直す必要がありませんか?」
高田、中島が、そして樋端の代わりに着任した源田 実航空参謀は顔を強ばらせた。
連合艦隊は、迫り来るインド洋の異世界帝国艦隊に対して、東南アジアの石油資源を犠牲にしつつ、各海峡や飛行場での待ち伏せ計画を考えていた。
いわば、縦深防御。対米戦想定の漸減作戦を、東南アジアで仕掛け、敵戦力を減らし、第一、第二機動艦隊が反復攻撃を仕掛ける。
最悪、スマトラ、ジャワの油田地帯は壊滅し、セレター、リンガ泊地を喪失。ボルネオの油田もやられる可能性は高いが、マラッカ海峡やスンダ海峡などを通過する敵にかなりの損耗を強いることができ、南シナ海で、敵に決戦を挑み、これを撃滅する算段である。
肉を切らせて骨を切る――日本としても痛いが、一撃で敵を葬れない以上、資源地帯を犠牲にして、距離と時間を稼ぎ、複数の攻撃で叩くしかなかった。
もちろん、その場合、日本の戦争資源は、アメリカ頼りになるが、そのアメリカも大西洋で敵大艦隊の侵攻を控えており、賭けとしてはかなり分が悪い。だが、そうせざるを得ないのが状況であった。
が、ここにきて、ハワイを押さえられ、さらに敵大艦隊が現れたことで、日本の東南アジア決戦計画に『待った』がかけられた。
敵のハワイ艦隊と移動する島が、ハワイから米本土へ向かうのならまだしも、日本に進路を向けた場合、東南アジアに連合艦隊主力を派遣した隙を衝かれる可能性があったのだ。
転移で移動はできるが、第一、第二機動艦隊はインド洋から侵攻する敵と戦って弾薬などを消耗しているだろうから、満足に敵の侵攻を止められるか非常に怪しい。
かといって、内地に留まっていれば、東南アジア一帯はインド洋の赤の艦隊によって蹂躙されてしまう。
日本は戦争資源を失い、さらに充分な戦力を持った異世界帝国の二つの艦隊が、フィリピンと小笠原諸島方面から同時に攻めてくるという最悪の展開も想定される。
片方ずつ叩ければ理想だが、残る片方に対抗できる戦力が果たして残っているのか、大いに問題であった。
「これが物量か」
ポツリと山本は呟いた。源田が口を開く。
「ハワイの敵が北米を目指す可能性は高いと思われます」
「理由は?」
高田が問うと、源田は続けた。
「大西洋では、敵が北米侵攻の機会を窺っています。米軍は、太平洋艦隊を大西洋に増援として送るつもりだったのでしょうが、ハワイに敵が現れたことで――」
「太平洋艦隊が、サンディエゴから動けなくなる?」
「そうです。大西洋と太平洋、両方面から米本土へ侵攻すれば、米艦隊を各個撃破。東西双方の海岸から上陸作戦を行えば、その進軍、制圧も早くなるでしょう」
「土地が広大である分、戦力の二極化は避けられない。そこを各個にやられれば……アメリカも無事では済まない」
アメリカを叩いたら、次は日本。大西洋の敵との連動を考えれば、ハワイの異世界帝国艦隊はアメリカを目指す――というのが、源田の意見であった。軍令部の第一部第一課――作戦課員あがりだけあって、彼の説には説得力があった。
「しかし――」
草鹿が地図を睨んだ。
「こちらが、東南アジアへ向かったところを、ハワイから戦力を分化して内地へ向かうという可能性はないだろうか?」
さらに言えば――
「艦隊を西海岸に、敵のゲートでもある移動島を我が国へ向ける手もあるのではないだろうか? ゲートからさらに艦隊が出てくる可能性もある」
「敵がハワイから移動するのを見定めてからの出撃となりましょうか」
高田が沈黙をぬって言った。
敵がアメリカへ向かえば、東南アジアへ急行。日本へ来るならば、まずはそれを迎え撃つ。
「敵の出方次第、ということになるのか」
山本は親の仇のように地図の上、ハワイ諸島を睨んだ。
・ ・ ・
「……と、いうわけです」
源田 実は、T艦隊旗艦『浅間』の作戦室で、神明参謀長と会っていた。何故かそこに義勇軍支援部隊参謀長の樋端 久利雄大佐もいた。
現在、日本が直面する状況を語った源田だが、それに対して口を開いたのは樋端だった。
「源田、様子見をしても、ハワイの敵艦隊は動かないよ」
「そうなのですか?」
「うん。敵が洋の東西から北米侵攻を狙っているのは間違いない。でもハワイを制圧したのは、明らかに僕ら連合艦隊への牽制だよ」
転移ゲートを兼ねた島は、ラバウルを攻撃した時と同じく、ハワイを攻撃したのち、占領せずに北米を目指せばよかった。にもかかわらず、わざわざハワイを制圧したのは、日本海軍の動きを制限するためだ。
「おそらくだけど、敵は日本海軍が北米侵攻の邪魔に入るのを是が非でも回避したいと思っている。だから連合艦隊が、インド洋とハワイの二カ所を注視するようにしたんだ」
「では、我々はハワイを無視して、東南アジアに戦力を集中すれば――」
「それが、そう簡単な話ではないんだ」
樋端は、神明へと視線を向けた。
「敵の転移移動できる島、あれが非常に厄介だ」
神明は告げた。
「草鹿さんだったか? 連合艦隊の不在を狙って転移島が内地を攻めるのではないかと言ったのは。それも充分に考えられる。何せ敵は、ハワイを制圧したことで、米太平洋艦隊を西海岸に釘付けにする策に、すでに半分成功しているからな」
ただ――神明は、そこで悪い顔になった。
「今、注目すべきは、この厄介モノである転移できる島だ。最大の障害であるが、同時に連合艦隊の救世主になるかもしれない」