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第七二五話、チ号作戦の仕上げ


 ドイツ通商破壊部隊が、地中海の異世界帝国艦隊の支援船団を襲撃した。それと同時にT艦隊も、敵船団とその護衛に打撃を与えるため、航空戦艦『浅間』『八雲』、巡洋戦艦『武尊』ほか重巡2、軽巡2、駆逐艦9隻で出撃していた。

 が、その出撃前、神明参謀長は、チ号部隊の柳本少将に一つの依頼を出した。


『――おそらく敵は、回廊を抜けてくるので、どちらかの壁面近くに転移中継ブイを起動状態で落としておいてもらえますか?』


 いったい何をするつもりなのか、と聞いた柳本は、神明の意図に一瞬吹き出した。


「わかった。もし敵艦隊が抜けてきたら、そのように仕掛けておく」


 柳本はそう答え、部隊の哨戒空母『国東』の彩雲改二に、いつでも転移中継ブイを設置にいけるよう準備を命じた。

 しかし内心では、まだ少し先であろうと柳本は考えた。


 異世界帝国艦隊は、海氷防壁に開けた回廊に漂う霧のせいで足踏みを強いられている。迂闊に突っ込めば、転移ゲートと気づかず消失するか、超封鎖戦艦『富士』の障壁貫通光弾によってやられ、自ら回廊に障害物を形成するしかない。しばし睨み合いになるのでは、というのが柳本の見立てだった。


 だが、異世界帝国艦隊――第二戦闘軍団司令長官、ピリア・ポイニークン大将は、積極的指揮官だった。

 ドイツ艦隊とT艦隊による後方支援船団が攻撃を受けたことは、第二戦闘軍団の尻に火をつけたのだ。


「全戦艦へ。回廊内に霧に向かって、艦砲射撃を行え! 空母群には、爆装した攻撃機隊を出すのだ!」

「閣下、よろしいのですか?」


 イコノモス参謀長が尋ねる。


「霧の中はどうなっているかわかりません。砲弾や爆弾を浪費するだけで終わるかもしれません」


 今後の作戦を考えれば、必要なところは節約思考でいくべきだ。後方の船団が攻撃を受けた以上、補給面はより繊細に考えねばならない状況である。


「いや、参謀長。あの中に何かがいるのは間違いない。どうせ遮蔽で隠れているのだろう。手当たり次第に砲弾を撃ち込めば、どれかは当たる」


 このまま立ち往生している間に、敵の小細工で戦力を消耗していけば、燃料や弾薬を温存しようが、沈められたら終わりなのである。その方がもったいない。


「遮蔽とシールドは同時に展開すれば、片方のメリットを潰し、正体を現すことになる。あの厄介な霧ごと、薙ぎ払え!」


 ポイニークンの命令を受けて、オリクトⅡ級戦艦は、50口径40.6センチ三連装砲を回廊全体に撃ち込んだ。

 うっすらとかかった霧の中に、約五十隻の戦艦から放たれた約300発の砲弾が第一射として降り注いだ。


 海氷に着弾、爆発。砕け、あるいは回廊に落ちて水柱と飛沫を撒き散らす。

 ただの一射で、圧倒的な火力。ポイニークンは三射を命じ、結果として900発に近い砲弾が、わずか3分の間に着弾した。


 爆発の煙が消えると、それまでかかっていた霧もまた霧散した。氷が吹き飛び、回廊がわずかに広くなった。反対側が見えるが、そこに何かがあったとか、艦がいたとおぼしき形跡は見当たらない。

 上空の観測機からの報告もそれだった。


「閣下……」

「無駄撃ちだった、と言うつもりか?」


 ポイニークンは、挑むように参謀長に告げた。


「斥候に水雷戦隊を通過させろ。おそらく何もないだろう」


 遮蔽で隠れていただろう敵は、小癪にも転移で逃げたのだとポイニークンは判断した。日本海軍は、個艦での転移が可能と聞いている。


「仮に、敵の仕掛けが残っていたとしても、霧がない今なら、何が起きたのか丸見えだ」


 霧のせいで何が起きているのかわからなかった。だが何をしたのかわかるなら、対策も立てられる。わからないまま、というのが一番よくない。

 命令を受けた駆逐艦戦隊が、回廊への侵入を開始する。何かあった時に備えて、上空には多数の攻撃機が待機し、第二戦闘軍団の艦艇群も注目している。


 だが、何も起こらなかった。

 先行した駆逐艦戦隊からも『異常なし』の報告がきて、司令塔の兵たちも安堵を漏らす。しかしポイニークンは表情を変えず命じた。


「次は巡洋艦戦隊を送れ。まだ気を抜くな。敵は、安全だとこちらに思わせたところで、仕掛けてくるかもしれん」


 一個駆逐艦戦隊の次は、一個巡洋艦戦隊。それで問題ないなら、また送る戦力を増やす。

 そうやって駆逐艦9、巡洋艦を10隻送り、やはり何の妨害もなかった。次に駆逐艦10隻と戦艦5隻を送ってみる。

 そして、何も起きなかった。


「さすがに白昼堂々、衆人環視の前で小細工はできなかったか」


 ここにきてようやく、ポイニークンは笑みをこぼした。


「よし、夜になる前に主力を通過させよう」


 参謀らに命じ、艦隊の通過順を決めさせる。暗くなったら、その視界の悪さを利用して敵が再び悪さをしてくるかもしれない。時間との勝負と言える。

 イコノモスは司令長官の傍らに立った。


「しかし、輸送船団に損害が出ておりますが、燃料の補充に支障が出ませんか?」

「言わんとする意味はわかるが、ある程度は他から分けてもらうことも視野にいれよう」


 第一戦闘軍団や、アフリカゲート、イギリスに駐留している艦隊や港は無事だから、そこからある程度補いもつく。


「我々が大西洋に出ずに、船団のために地中海に戻ることは、敵の思惑に乗るということだ。それは許容できない」


 第二戦闘軍団を大西洋に出さないための悪あがき。後方の船団を攻撃したのも、手近な軍港を予め叩くことで、こちらが補給面を考慮し、船団を守ろうとする考えたからだろう。引き返せば、それだけ第一戦闘軍団との合流が遅れるわけだから、まさに敵の思う壺である。


「船団は後続させるが……確かに、護衛部隊の増強は必要だ。むざむざ船団を全滅させるわけにもいかない」


 いっそ輸送船団はクレタ島に戻して、アフリカゲートへ迂回させたほうがよいのではないか、とポイニークンは考える。

 思考を巡らせ、ぼんやり考えている時、それは起きた。第二戦闘軍団の旗艦が、回廊に近づいたまさにその時――



  ・  ・  ・



 異世界帝国第二戦闘軍団の戦艦群が、砲弾の雨を降らせた時、遮蔽で潜伏していた封鎖戦艦『富士』、転移ゲート船である特殊輸送船『六石丸』と『三富丸』は、転移離脱して逃れた。

 潜伏する彩雲偵察機の通報がなければ、あるいは嵐のような砲弾に逃れるのが遅れ、やられていたかもしれない。


 潜伏部隊は難を逃れたが、それにより海氷防壁の回廊は無防備となった。その間に、異世界帝国艦隊は、戦力を小出しにしながら通過を試みた。

 これを受けて、哨戒空母『国東』から発艦した彩雲改二が、遮蔽状態で回廊に突入。転移爆撃装置を利用し、転移中継ブイを南側壁面に接触するように投下した。彩雲は上空警戒の敵攻撃隊の下を抜け、そのまま離脱。


 そうとは知らず、異世界帝国艦隊は、回廊を通過しはじめた。少数が抜けたところで安全を確認したつもりのようだった。

 チ号部隊は、海氷防壁に仕込まれた転移装置を作動させた。敵が転移照射装置などを使ってきた時に、元の場所へ戻ることができるように設置されていたそれが、回廊に投下された中継ブイに転移する。


 その結果、およそ150メートル分をスライドするように海氷防壁が動き、回廊は消滅した。つまりそこを通過中だった艦艇は、転移してきた氷壁に瞬時に押しつぶされ、破壊されたのだった。

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