第七二〇話、異世界帝国バルチック艦隊、壊滅
封鎖戦隊は、エーレスンド海峡を通過するバルチック艦隊へ襲撃を繰り返した。
第二戦隊が先鋒を務めたが、残る三個戦隊は、上空の敵機を掻い潜り、一撃離脱を繰り返した。
封鎖戦艦は、甲、乙、丙、丁の四種類に分類されている。
戦隊旗艦を務めるエスパーニャ級弩級戦艦は、丁型封鎖戦艦。四種の中で、最大の艦体を持つ故、甲型同様、三連光弾三連装砲二基を備え、かつ旗艦設備が充実している。
甲型は、スウェーデン海軍の海防戦艦スヴァリイェ級の3隻であり、基準排水量8200トン。30.5センチ三連光弾三連装砲二基と、最大火力は丁型に匹敵する。速力は27ノットと、他の封鎖戦艦より若干劣る。
乙型は、フィンランドとデンマークの海防戦艦3隻で、主砲は艦首に一基三門のみだ。排水量は4000トン級、全長は93メートルで旧式駆逐艦並みだが、艦幅は軽巡と重巡の間である17メートル級とどっしりしている。
丙型は、乙型より若干少ない3900トン級。全長はほぼ同じだが、幅が15メートルかそれ以下と小さい。主砲は重巡洋艦を粉砕できる20.3センチ三連光弾三連装砲を艦首に一基三門だ、
甲、乙、丙は機関は、共通のマ式6万馬力で27ノットから28ノット。元の海防戦艦が数千馬力で、17ノット程度だったことを思えばかなりの高速化である。
これらに加え、封鎖戦艦の特筆すべきは、海氷生成装置を搭載していることであろう。これは艦首から艦側面に、異世界氷を生成する装置が帯のように取り付けられていて、そこからI素材を噴出、異世界氷による海氷を出すのである。
当初は、低速旧式改装艦の対魚雷防御に、氷を巻き付けて防ぐというアイデアが発端となっているが、速度が落ちることを許容できるなら魚雷防御にも使えるし、今回のように海峡に海氷をばらまいて、針路妨害に利用もできた。
さらにマ式濃霧散布装置による人工霧の発生も、海氷と遮蔽の合わせ技で、敵の目を大いに混乱させた。
16隻の封鎖戦艦の奇襲攻撃は、バルチック艦隊に大きな損害を与えた。
駆逐艦や巡洋艦は丙型の20.3センチ光弾に砕かれ、壊滅。新鋭のチャパエフ級――1万トン級、57口径15.2センチ三連装砲四基十二門装備の、アメリカのクリーブランド級に匹敵する大型軽巡も、その本領を発揮する間もなく撃沈された。
霧と海氷、さらに遮蔽の上、転移で逃げるとあれば、上空直掩の航空隊は、案山子も同然だった。
低高度に下りた機も、霧と遮蔽を組み合わされては発見は困難を極めた。適当に爆弾やロケットをばらまいたものの、いるかいないかわからない――すでに転移で逃げられていてもわからないとなれば、効果はなかったのだ。
バルチック艦隊司令長官、ストコノ中将は、事ここに到り、撤退を決めた。護衛艦隊は全滅し、残る戦艦4隻のうち、ガングート級戦艦3隻も、封鎖戦艦の30.5センチ光弾の餌食になった。
ロシア海軍時代の弩級戦艦であるガングート級は、基準排水量2万3300トン。全長181メートル、速力は23ノット。主砲は30.5センチ三連装砲四基十二門。同時としてはともかく、現代では大型巡洋艦レベルである。
砲門数ではクロンシュタット級に勝っているが、旧式砲であることを考えれば、性能は劣る。艦の大きさも速力も、同級に負けているガングート級だ。
『ガングート』『マラート』『ポルタヴァ』の3隻は、やはり姿を消している封鎖戦艦、甲、乙、丁型に狩られ、大破、沈没していった。
「日本軍は、海峡を魔の海域に変えてしまったのだ……」
ストコノは、旗艦のみとなった『ソビエツキー・ソユーズ』に反転を命じた。
封鎖戦艦による襲撃を受けたものの、旗艦用に防御シールドを装備していたソビエツキー・ソユーズ級は、元々の対40.6センチ砲装甲もあって、損傷はしたものの、重要区画を抜かれることはなかった。
バルチック艦隊は壊滅。封鎖戦隊の前に、頼りの航空支援も役に立たず、『ソビエツキー・ソユーズ』はバルト海へ逃げるしかなかった。
・ ・ ・
この結果は、当然ながらT艦隊司令部にも報告が入った。
バルト海封鎖作戦――バ号作戦は成功したのだ。
「まずは、おめでとう、というところだな」
T艦隊司令長官、栗田 健男中将は、神明参謀長に言った。
「北海に抜けられると思っていたが、敵は引き返したな」
「キール湾のバルト海艦隊と合流しなかったですからね」
神明は、バルチック艦隊とバルト海艦隊が合流、あるいは二つのルートに分かれて海峡を通過するパターンも想定していた。
だが実際は、基地航空隊である第三航空艦隊がキール軍港を攻撃した際、湾にいたバルト海艦隊に大打撃を与えて、バルチック艦隊との合流をさせなかった。
結果、バルチック艦隊は単独での海峡通過となり、戦力を集中できた封鎖戦隊の待ち伏せで、旗艦以外が全滅する羽目となった。
「とりあえず、バルト海の敵を考えなくてもいいのは朗報です」
異世界帝国の大西洋進出、合流戦力が減ったのは作戦を実行した戦果といえよう。栗田は頷いた。
「あとは、他作戦の進捗だが――」
視線を白城情報参謀に向ければ、若い参謀は地図をそれぞれ指し示す。
「現在、マ号作戦による妨害で、アマゾン川の敵は完全に停滞。新たな敵が現れなくなりました。むしろ後退の兆候が見られます」
「引き返した?」
藤島航空参謀が口を開いた。
「つまり、敵さんは、川下りをやめて、異世界に帰りだしたと」
「別のゲートに遠回りするのだろう」
神明は淡々と告げた。
「こちらも少数の待ち伏せ部隊で、保たせられそうだ」
「黒海の状況はどうか?」
栗田が尋ね、白城は手元のメモに目を落とした。
「オデッサに引き上げてから動きはありません。艦艇を相当失っており、こちらも当面戦力外でよいかと」
「となると……」
栗田の視線が、地図上の地中海に向いた。
「ジブラルタルか」
チ号作戦――I素材を大量に投入してジブラルタル海峡を塞いだ海氷防壁が、地中海ゲートから現れた敵大艦隊の大西洋進出を阻んでいる。
「それで、悪い知らせなのですが」
白城は真顔で告げる。
「敵は、熱線砲を用いての海氷防壁の破壊に出ました」
小手先の防御障壁で諦めるほど、異世界人も柔ではなかった。障壁があるなら、熱線砲を集中して障壁を破壊、そのまま氷山の壁をも砕く判断を、敵指揮官は選択したのだ。
藤島は首をかしげる。
「暁星攻撃機の攻撃は? あれで敵も、迂闊に熱線砲を使うのを躊躇っていたのではなかったか?」
遮蔽攻撃機である試製暁星が、異世界帝国艦隊を痛打していたはずだ。そう言ったら、白城は首を横に振る。
「割り当て分の転移弾を使い切りましたので」
「あー……」
転移誘導弾とて無限ではない。生産分に関して、他部隊への割り当てもあるので、自由に使いまくることはできない。いやむしろ部隊規模からすれば、相当優遇されていた。
転移弾がなくなった今、敵戦艦や空母にダメージを与えられても、一発大破、撃沈に追い込める率がかなり下がった。その攻撃の弱体化を敵も感じ取り、戦艦部隊による熱線砲の集中攻撃策に出たのであろう。
「それは最初からわかっていたことだ」
神明はきっぱりと告げた。
「だが幸い、バルト海と黒海はケリがついたから余裕はある。こちらも地中海に集中できる。まだチ号は終わっていない」