第七一九話、特封鎖戦隊、襲撃開始
ムンドゥス帝国バルチック艦隊は、デンマークとスウェーデンの間のエーレスンド海峡に侵入した。
旗艦『ソビエツキー・ソユーズ』に座乗する艦隊司令長官のストコノ中将は、前衛を務める巡洋艦、駆逐艦戦隊を見つめる。
抜け目ない日本軍が、艦隊の海峡通過を黙って見過ごすはずはない。
潜水艦の待ち伏せに備え、駆逐艦戦隊を先行させている。だが、海峡上空に張りついている友軍航空隊が睨みをきかせている中、潜望鏡深度に浮上するのも至難の業であろう。
対潜警戒の攻撃機のほか、多数の戦闘機が、バルチック艦隊の上を飛行しており、日本軍航空隊の襲撃に備えている。
艦隊に空母はないが、近隣の基地飛行隊が、常に援護機をつけているのだ。
「さて、参謀長。敵は仕掛けてくると思うかね」
ストコノが、どこか他人事のように言えば、ガモヅ少将は思案する。
「日本軍ならば、仕掛けてくるそう思うのですが、これだけ味方の航空機が目を光らせているのでは、迂闊に攻撃できないのではないでしょうか」
「潜水艦も航空機も無理。閉所は艦隊行動に制限がつくが、敵もまた、待ち伏せできる場所が少なくなる閉所は思ったより有利ではない」
「こちらが警戒すべき範囲が狭くなる分、待ち伏せを見破れる可能性も高くなります」
「その通り。我々は、少しばかり神経過敏になっていたかもしれないな」
苦笑するストコノである。
艦隊の左手方向は、デンマークはコペンハーゲン。対岸となる右手方向にはスウェーデンの都市マルメ。そして双方近くに飛行場がある。
デンマーク側のカストルプ飛行場は、日本軍に先んじて破壊されたが、スウェーデン側ブルトフタ飛行場は健在だ。
わずか数キロ、多数の目がある場所で、敵が仕掛けてこられるものか。
だが、そんな気分もすぐに吹き飛ぶことになる。
『上空直掩部隊より緊急報告。海峡に複数の霧を確認』
「……こんな時間に霧は不自然ではないか」
ガモヅ参謀長が不審に眉をひそめれば、さらに不可解な報告が続いた。
『海峡内に流氷が出現。霧の中などから氷の塊が現れています!』
『こちらレーダー室。レーダーに複数の反応あり。先ほどの報告から、流氷と思われます』
「流氷が突然現れるものか……! いや、流氷か、あれは」
双眼鏡で覗き込み、思わずストコノは口走る。
「霧のようなものに、流氷が突然現れるなど……。氷を転移させてきた、というのか?」
「もしくは、流氷を遮蔽で隠していたとか?」
「そんな馬鹿な。氷を遮蔽で隠すだと――」
見えない流氷に艦艇がぶつかり、大破、下手したら沈没。機雷並みに性質が悪い。
「……何だ?」
雷鳴、ではなく、爆発音がした。艦隊の先頭の方で、黒煙が上がった。
「流氷にぶつかったのか?」
「いえ、氷にぶつかっても、あの煙は……」
ストコノの言葉を、ガモヅが否定する。『ソビエツキー・ソユーズ』の艦長が隊内電話で状況確認に見張り所とやりとりしている。
爆発は連続した。前衛の駆逐艦『グネフヌイ』、『グロジャーシチイ』、『ゴールドィイ』が轟沈してしまったらしい。
見えている氷もある中で、これを流氷との衝突では片付けられない。
「敵はどこか?」
『前衛より、敵艦見えずとの報告!』
『こちらレーダー室! 流氷が多く、判別は困難!』
攻撃は間違いないが、正体がわからない。上空の航空隊による観測でも潜水艦や水上艦艇の姿は確認されていなかった。
「どういうことだ? 一体何にやられたというのだ?」
『こちら右舷見張り所! 光弾らしき光源を観測! 敵は遮蔽にて潜伏の可能性あり!』
・ ・ ・
放たれた攻撃は、一撃で前衛のグネフヌイ級駆逐艦と、チャパエフ級巡洋艦『チカロフ』、『レーニン』を粉砕した。
日本海軍特封鎖戦隊、第二戦隊『北見』、『伊那』『米沢』『佐久』は、主砲である30.5センチ三連光弾三連装砲で、接近しつつあったバルチック艦隊前衛を殴りつけたのだ。
スペイン海軍のエスパーニャ級弩級戦艦を改装した『北見』と、乙型海防戦艦3隻で構成された第二戦隊は、遮蔽に隠れつつ、海氷と幽霊艦隊から回収したマ式濃霧散布装置による霧を利用し、攻撃を仕掛けていた。
乙型海防戦艦は、フィンランドのイルマリネン級海防戦艦『イルマリネン』『ヴァイナモイネン』、デンマークの『ニールス・ユール』を改装したもので、基準排水量4000トン前後。全長93メートル、全幅16.9メートル統一し、機関、マ式で6万馬力。速力は28.2ノットと大幅に強化された。
主砲は30.5センチ三連光弾三連装砲を艦首に1基。艦体の大きさに対して、機関強化や三連光弾砲用のエネルギータンクを搭載する都合上、主砲は艦首のみしか設置できなかったのだ。
しかし遮蔽に隠れて、防御障壁すら貫通する三連光弾砲を装備し奇襲するならば、それで充分であった。駆逐艦や軽巡洋艦には、明らかなオーバーな一撃を、不意打ちで撃ち込めるのだから。
第二戦隊旗艦は、エスパーニャ級改装の『北見』である。こちらは全長140メートルの艦体に、30.5センチ三連光弾三連装砲を艦首と艦尾に1基ずつ搭載し、戦隊旗艦としての能力が盛り込まれている。
「空の敵が仕掛けてくる前に、クロンシュタット級を食うぞ。戦隊各艦、目標を敵大型巡洋艦に合わせろ!」
特封鎖戦隊第二戦隊を率いる工藤 慎吉大佐は、指示を出す。戦隊旗艦として残る三隻を制御する能力者の岩見 喜世美中尉は『了解』と応じた。
『北見』からのコントロールで、『伊那』『米沢』『佐久』の三隻は、姿こと見えないが、それを操る岩見には、相互の位置は把握されている。
バルチック艦隊の前衛のすぐ後ろに控えていたのは、ソ連では重巡洋艦、他国から巡洋戦艦などといわれるクロンシュタット級。日本の視点からすれば、超甲巡――大型巡洋艦と言えばわかりやすい。
基準排水量3万2000トン級の大型巡洋艦は、主砲に30.5センチ三連装砲を備え、それに対する装甲防御を持っている。
が、特封鎖戦隊第二戦隊の四隻もまた、30.5センチ級光弾砲を主砲とする。それらの三連光弾が正面、四隻からの一斉砲撃を受けた。
防御障壁を貫通することが目的の三連弾だが、障壁がない『クロンシュタット』は四隻十二門、その三倍である三十六発の光弾を、想定砲戦距離内――つまり対30.5センチ防御では不足の位置から直接撃たれたのだった。
結果はひどいものだった。全長250メートルという戦艦級の艦首から中央までズタズタに引き裂かれ、そこにあった主砲二基と弾薬庫を吹き飛ばし、致命的なダメージを与えたのだ。
旗艦『北見』にて、クロンシュタット級が大破、漂流する様を見て、工藤大佐は満足げに頷いたが、見張り員が報告する。
「敵機、降下してきます!」
「よし、ここまでだ。転移で後方へ後退!」
遮蔽で隠れていても、光弾の発砲を数回観測すれば、位置の見当がつく。見えなくても無敵というわけではない。狙撃手が、撃ったら位置を変えるように、封鎖戦隊も後退するのだ。