表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
718/1112

第七一八話、バルチック艦隊、運河通過を阻まれる


 日本でバルチック艦隊と言えば、東郷 平八郎率いる連合艦隊との日本海海戦が、つとに有名である。


 日露戦争におけるバルチック艦隊は、ロシア太平洋艦隊の増援として、遥々日本へ来航したのだが、そもそものバルチック艦隊は、バルト海を拠点とする艦隊であり、意味合いならばバルト海艦隊である。


 T艦隊側からバルチック艦隊と呼称された異世界帝国艦隊は、目下、キール軍港を目指していたが、悲報が飛び込んできた。


「キール運河、通行不可。……やはり仕掛けてきたか」


 バルチック艦隊司令長官、ストコノ中将は冷静に事態を受け止めた。

 艦隊戦力は以下の通り。



●バルチック艦隊(レニングラード艦隊):司令長官、ストコノ中将


戦艦:「ソビエツキー・ソユーズ」「ガングート」「マラート」「ポルタヴァ」

重巡洋艦:「クロンシュタット」

軽巡洋艦:「チャパエフ」「チカロフ」「レーニン」「ジェルジンスキー」「ジェレズニャコフ」「アウローラ」「キーロフ」「マクシム・ゴーリキー」

駆逐艦:14



「我が艦隊は北海、そして大西洋に出て、北米侵攻作戦に加わらねばならない」


 参謀たちは首肯する。参謀長を務めるガモヅ少将は、わずかに首をかたむけた。


「地中海、黒海、南米アマゾン……主力に合流するはずの戦力が、ことごとく敵の妨害でそれが果たされておりません」

「キール運河の封鎖も、その一環だろうな」


 ストコノ中将は、その端正な顔立ちのまま、涼やかに告げた。しかし目はこれ以上ないほど真剣であった。


「我々は、ユトランド半島を迂回する。……こちらも転移があれば楽なのだがな」


 冗談のつもりはなかったが、参謀たちは小さく笑った。


「参謀長」

「はっ。我が艦隊が、カテガット、そしてスカラゲク海峡を越えて北海に出るために通過するルートは、大まかに三つのルートがあります」


 海図を前に、ガモヅ参謀長は説明した。


「もっとも東であるエーレスンド海峡ルート。中央、フェールマン海峡を通って、キール湾に入り、大ベルト海峡を抜けるルート。もっとも西の小ベルト海峡は……艦隊が通るには狭すぎるので論外でしょう」


 小ベルト海峡は、一番狭い場所で幅800メートル、最大は28キロメートル。海峡の長さはおよそ50キロメートルである。


「となると残るは2つか」


 ストコノが顎の手を当て、海図を睨む。


「一番近いのは、東のエーレスンド海峡か」

「ここも比較的狭い海域ではあります。一番狭い場所でも7キロはありますが」


 今の季節は大丈夫であるが、冬になると凍って徒歩で海峡が渡れてしまうという。それを聞き、ストコノは皮肉げな顔になった。


「通過中に氷で身動きとれなくなるのは嫌ではある」


 もっとも今はシーズンではないので、凍ることはない。


「迂回をさせられる以上、日程が遅れるわけですから、主力との合流も考えますと、エーレスンド海峡が一番早く通過できるのですが」


 航海参謀が発言した。


「中央の大ベルト海峡が主要航路となりますが、通常ルートですとキール湾を横切ることになり、日程的にロスが増えます。キール運河を利用できるなら、間違いなく、湾へ直進なのですが」

「すでに遅れることが確定している以上、最短ルートで通過したいものだが……。これ、待ち伏せされているだろうな」

「おそらく」


 参謀たちは同意した。

 狭い海域に潜水艦なり伏兵を忍ばせているというのは、よくあることだ。潜水艦ならば、近隣航空隊の対潜哨戒機で見張ることもできるが、問題は、バルチック艦隊の前にいるだろう敵は、転移による奇襲を得意としていることだった。いるのは潜水艦だけではあるまい。


「どちらのルートを選んでも、待ち伏せされていると考えて進むべきではあるが……諸君らはどのルートを選ぶかな?」


 狭いが日程が短いルートか。遅延は承知だが、比較的幅が広く、艦隊航行がしやすいルートか。前者はスウェーデン、後者はドイツの飛行場からの航空支援がつく。


「私はエーレスンド海峡ルートを選ぶべきと考えます」


 航海参謀が発言した。


「キール軍港が使えない以上、ただでさえ味方との合流が遅れます。どのルートも待ち伏せが警戒されるのなら、最短ルートを選ぶべきです」

「航海参謀に同意致します」


 航空参謀が続いた。


「エーレスンド海峡側なら、スウェーデンの各航空基地からの支援が望めます。中央大ベルト海峡側は、ドイツ側飛行場の支援が少々怪しくあります。航空支援を頼りに、活路を見いだすべきでしょう」


 キール軍港への攻撃で近隣飛行場も攻撃されており、確かに航空機のエアカバーに、些か不安である。他の参謀たちも、最短ルートがよいとそれぞれ意見を述べた。


「よろしい。では、エーレスンド海峡を通過する!」


 ストコノは、決断した。

 バルチック艦隊は、最短ルートを選択した。



  ・  ・  ・



 艦隊の動きは、彩雲改二偵察機によって筒抜けであった。


『バルチック艦隊はバルト海を北上!』


 キール湾にはこない。つまり、敵艦隊はエーレスンド海峡を通るのだ。

 作戦全体を俯瞰していたT艦隊司令部は、ただちに特封鎖戦隊による待ち伏せを発令した。


 異世界帝国北欧艦隊が整備していた海防戦艦を、魔核による短期再改装で復活させ、編成されたのが、特封鎖戦隊である。

 これらは遮蔽装置を用いて、すでに予想されるルート上に分散して配置されていたが、エーレスンド海峡に確定した段階で、転移中継装置を用いて、同ルート上に移動。それぞれ待ち伏せポイントに配置につく。

 T艦隊司令部で、藤島航空参謀は引きつった笑みを浮かべる。


「しかし、いくら遮蔽があるとはいえ、こんなに敵航空隊が目を光らせていたら、待ち伏せるほうも生きた心地がしないでしょうな」

「せめて天候が悪くなれば……」


 田之上首席参謀はそう言ったものの、すぐに首をひねる。


「そう都合よくはいかないか」

「何事も、思った通りになれば苦労しませんぜ」

「敵は夜になる前に通過すると思われます」


 白城情報参謀が、海図を見下ろした。


「この狭く、短い海峡で、何回仕掛けられるか、ですね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ