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第七一六話、敵機襲来――しかし


 ムンドゥス帝国、キール軍港は厳戒態勢に入っていた。

 スエズ運河、ジブラルタル海峡、ボスボラス海峡の日本軍の封鎖の件は、キール軍港司令部にも届いており、バルト海艦隊が北海に出るまで、敵の攻撃に備えていた。


 キール軍港を預かるアツィル海軍少将は、司令部から見えるキール湾と、そこに駐留するバルト海艦隊を見やる。

 空母2、装甲艦1、重巡洋艦2、装甲巡洋艦2、軽巡洋艦7、駆逐艦15他。これらは敵の奇襲攻撃に備え、いつでも即時出航、戦闘が可能なよう、待機状態にある。


 レニングラードから出てきた戦艦『ソビエツキー・ソユーズ』、巡洋戦艦『クロンシュタット』ら新鋭艦艇を含める艦隊が到着するまで、軍港にありながら航海している状態に、バルト海艦隊は臨戦態勢にあったのだ。


「さて、日本軍はどのように攻めてくるか……」


 ガイセル髭を蓄えたアツィル少将が呟けば、副司令を務めるアグラー大佐が、その神経質そうな表情を歪めた。


「迎撃機は即時、出撃できる態勢にはなっております」

「……」

「しかし、相手が例の遮蔽航空隊であれば、どこまで通用するかどうか」

「不安はわかるよ、大佐」


 アツィルはパイプを口にくわえた。


「運河の防衛命令は出ているが、全長98キロメートルもあるんだ。どこをやられても封鎖に繋がる可能性があるからな。……守れきれる自信はないな」

「敵は、バルト海艦隊が通過するのを待っているのでしょうか?」

「ん? あぁ、通行中に攻撃されたら回避しようがないわな」


 アツィルは嘆息する。仮に『グラーフ・ツェッペリン』などの空母が通過している時を狙われたら、万事休すである。

 あらん限りの戦闘機で上空を守るしか、打つ手はないのではないだろうか。


「キール運河を止められたら、バルト海艦隊が外に出るにはユトランド半島を遠回りする必要があるが……私は敵がこのキール軍港を攻撃してくると踏んでいる」


 軍港として、補給や修理拠点である。レニングラード艦隊と合流し、バルト海艦隊はキール運河を通行することになっているが、集まったところを、例の転移艦隊が突撃してくるのではないか。


「艦隊が集まったタイミング、ですか」

「一網打尽を狙っている。私はそう考えている」


 いくら敵が転移でやってこようとも、結局のところキール湾もバルト海もムンドゥス帝国が制海権・制空権を持っている。

 奇襲に特化している分、敵も長い時間留まるのは困難だ。バルト海近くの航空基地から攻撃隊が四方八方から飛んでくるのだから。


 事実、レニングラード艦隊は、空母がないが、航空輸送艦による無人機スクリキの緊急迎撃が可能なようになっている上に、近隣基地の戦闘機が直掩として艦隊防空を担っている。


「複数回バルト海に現れ、リスクを冒すより、たった一度の全力攻撃で始末しようとするほうが、敵にとって被害を抑える最善手のはずだ」

「なるほど。……しかしそうなりますと、敵の襲撃にはまだ幾何か余裕があるということになりますが」


 艦隊がまだ合流していないから。アツィルの推測通りならば、敵はまだ攻撃してこないことになる。


「私の中の推理ではそうなるのだがね……」


 振り返ったアツィルは片目を閉じた。


「あいにくと私は、名探偵ではないのでね。自分の推論に命を賭ける度胸はないよ」


 司令官が冗談めかしたその時、空襲警報が軍港に響き渡った。アグラーは仰天し、ガイセル髭の司令官は肩をすくめた。


「ほらな。素人の推理など、あてにならんよ」



  ・  ・  ・



 複数の防空レーダーが、飛来する未識別の航空隊の反応をキャッチした。

 味方でなければ敵である。航空隊、およそ150機はキール運河、それもキール軍港寄りを目指しており、そのまま軍港も攻撃する可能性が高かった。


 運河航空隊は、ただちに待機させていた戦闘機をスクランブル。キール軍港の航空隊もまた、敵の接近の兆候を捉えていたから、防空戦闘機を発進させた。

 キール軍港司令部のアツィル少将は、敵航空隊の動きに眉をひそめる。


「これはあからさま過ぎないか?」

「敵の動きにしては、ずいぶんと早期に発見できましたな」


 アグラー大佐もまた怪訝な顔になる。

 欧州を襲撃する敵は、航空機を発見した時にはすでに攻撃されているような状況で仕掛けてきていた。だから攻撃前に発見できるというのは、とても稀なことであった。


「罠、でしょうか?」


 目に見えるというのが、何とも怪しい。こちらの迎撃機を引きつけて、別動隊が攻撃を仕掛けてくるのではないか。


「遮蔽機能のある航空隊なら、わざわざ囮など必要ないだろう」


 アツィルは腕を組む。


「つまり、ここに仕掛けている敵は、遮蔽搭載機を持っていない可能性が高い」

「……」

「だが、いつもの手順ではないことも確かだ。……そしてそれがわかっていたとしても、こちらは迎撃しなければならない」


 二の矢を警戒し、戦闘機隊に待てを命じれば、現在侵攻中の航空隊から、運河を守ることは難しくなる。防衛命令が出ている以上、無視もできない。

 間もなく各戦闘機隊が、敵編隊を目視、攻撃に移るという段階で異変が起こる。各防空レーダーサイトから報告が来る。


『敵航空隊の反応がロストしました』

「消えた……?」


 運河、そしてキール軍港を狙ったとおぼしき敵攻撃隊が、レーダーから消えたという。アグラーが顔を向ける。


「もしや敵は遮蔽搭載で、それを使ったのでは?」

「こちらの戦闘機を引きつけて、雲隠れ。その隙に目標を攻撃するか」


 アツィルはそう推測するが、すぐに首をかしげた。


「いや、遮蔽が使えるなら、そのような小細工は必要ないぞ」


 では何故消えたか? 遮蔽でないならば、レーダーの死角に入ったか、あるいは転移したか。……転移だとして、どこへ行ったのか。

 その答えはすぐに出た。


「司令! カストロプ飛行場より、緊急電です! 『我、敵航空隊の奇襲を受ける!』」

「カストルプだと!?」


 デンマークの東部アマー島、首都コペンハーゲンにある飛行場がカストルプである。もしキール運河が使えなくなった場合、北海に出るためのユトランド半島迂回ルートの一つ、そのそばにある飛行場である。


 まったく予想外の場所だった。それでいて、割とキールから近い。アツィルは歯噛みする。

 敵は、キール軍港でも運河でもなく、迂回路潰しをかけてきたというのか?

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