第七一四話、柳本チ号部隊司令官
チ号作戦は、順調に進行中。
その報告は、作戦立案者である神明参謀長の耳に届いた。というより、転移室を利用して、前線の哨戒空母『渡島』に直接向かったのだ。
異世界氷を用いた防壁案も含めて、確認したいことがいくつもあったから、直に確認したいことがあったからでもある。
チ号部隊と名付けられた妨害部隊の司令官は、柳本 柳作少将。海軍兵学校44期で、神明の一つ上である。
「暁星は、想像以上に上手くやっているよ」
柳本は、終始機嫌がよかった。
「須賀君のことは、『蒼龍』時代から知っているが、彼は大したものだよ」
「そういえば、艦長でしたね。『蒼龍』の」
開戦時に、空母『蒼龍』の艦長だった柳本である。以後、空母『翠鷹』『大鶴』の艦長などを務めた後、魔技研の技術部長に異動となって早々に、このチ号部隊の司令官になった。
聞けば、須賀大尉は、午前に暁星二号機、午後は暁星三号機に乗り、異世界帝国の地中海増援艦隊に、ハラスメント攻撃を仕掛けた。……戦果を見れば、嫌がらせ以上のダメージを敵に与えているが。
「君も見るかね? 戦果確認用の彩雲が、写真を取ってきたのだがね……。まあ見てくれよ」
柳本は、空母『渡島』が搭載する四機の艦載機のうちの1機、彩雲改二が撮影した写真を神明に見せた。彼の上機嫌な理由はそれかもしれない。
「須賀君の判断は的確だったよ。最初に戦艦を叩いたことで、敵は海氷防壁へ、迂闊に熱線砲を使えなくなった」
「熱線砲は、海氷防壁に?」
「一度だけ撃たれた。防御障壁が働いて事なきを得たがね。……だがあれは、使い捨てだろう?」
「ええ。きちんとした設備を埋め込んだり、配置する余裕はなかったですからね」
夜のうちに、一晩で全幅約14キロもの巨大海氷を作ったのだ。
しっかりしたものは丙型海氷空母を1隻仕込むくらいで、後は設置が簡単な外付け障壁発生器を、いくつか仕掛けるくらいしかできなかった。障壁のエネルギーにしても、光線砲などで使うエネルギーカートリッジ式で、1回起動させる分しかなかった。
「その一回で、敵が騙されてくれれば、多少時間は稼げるかと」
防御障壁付きの巨大海氷となれば、その破壊が困難だということは、異世界人も想像するだろう。障壁が切れるまで攻撃を重ねて、エネルギーなり弾薬なりを無駄に使わせられれば、とハッタリの1回を仕掛けたのである。
「それに加えて、暁星の奇襲攻撃だ。1機しかないのに、一個航空戦隊の攻撃隊に等しい戦果をあげてくれた」
柳本は、格納庫内で、多数の整備員がつきっきりで整備される2機の暁星艦攻を眺める。
「まあ、まだ試作で、ああして整備員がじっくりメンテをしないといけないが」
「なにぶん急な投入でしたからね。……私が言えた義理ではないですが」
言い出しっぺの張本人である神明。須賀と種田少尉のペアで、2機あるのに1機ずつ使ったのは、試作運用中ゆえのメンテナンスの細かさと長さが原因であった。
「明日も、飛んでもらうことになる。後どれくらい時間が稼げるかはわからないが、やれるだけやるつもりだ」
柳本は、神明に夜間攻撃作戦を考えているが、どうだろうかと提案した。
遅まきながら、チ号部隊の編成は、以下の通り。
●チ号部隊:司令官、柳本 柳作少将
哨戒空母:「渡島」「国東」
重巡洋艦:「那岐」
駆逐艦 :「桔梗」「百合」「菖蒲」「海棠」(第九十駆逐隊)
「須賀君たちには、休んでもらい、明日に備えるとして、『国東』の航空隊がある。これらは遮蔽装置付きの彩雲と二式艦攻だ。これを夜間に忍ばせて、攻撃をかける」
わずか15機の艦載機。しかし柳本は、昼間、暁星に痛打された敵に、夜間も狙われていることをわからせるのが肝心だと言った。
「こちらが夜に動かないとなれば、海氷防壁を夜のうちにどうにかしようと敵が考えると思うんだ」
「でしょうね」
ゲートに引き返すか、転移照射装置を搭載した装甲艦が到着しなければ、自力で破壊するしかなくなる。そして敵が攻撃のないタイミングを見れば、その機会を利用して熱線砲の集中射撃で、海氷防壁を破壊しようと試みるだろう。
柳本の言う、夜も攻撃するというのは、戦果よりも敵に迂闊にエネルギーチャージによる熱線砲を使えば、その横っ面を殴る用意をしているのだと、異世界人にわからせることを意味している。
「いいと思います」
「ありがとう。ついては、増援を求めてもいいだろうか?」
柳本の目が光った。
「連山Ⅱ攻撃機、あれをこちらに回してもらえないだろうか。あれも遮蔽搭載機だ。暁星の攻撃の合間だったり、補助攻撃に使えれば、より敵へのかく乱、遮蔽攻撃の効果が倍増する」
「なるほど」
「それと、彩雲改二などの転移爆撃装置を使える機を何機か回せないか?」
「というと?」
神明が尋ねると、柳本は頷いた。
「いくら遮蔽でバレていないとはいえ、敵もこちらの攻撃機がいるのはわかっている。空母を狙ったが、まだまだ戦闘機を多数投入できる。その防空網を、手際よくすり抜けるために、転移爆撃装置での転移移動を使うんだ。……確か、稲妻師団の彗星隊が移動に使っていたはずだ」
さすが開戦前から、海軍では珍しく電探に注目していた柳本である。新しい戦術についても自分なりの考えを持っていた。
「了解です。第九航空艦隊辺りに相談しておきます」
神明は了承した。もし九航艦が駄目なら、T艦隊から数機回すよう手配する。
「そのT艦隊だが、ジブラルタル近くの軍港を叩いたことで、敵は損傷艦をゲート方面へ退避させている」
柳本は考えながら目を細めた。
「軍港からの補給も困難となれば、敵艦隊は、燃料や物資を満載した大補給部隊が必要になるわけだが……。おそらく艦隊の後方だろうが、これは叩きどころじゃないか?」
T艦隊で転移奇襲を仕掛けるとか、あるいは潜水艦部隊を配置して、後方の通商破壊をするとか――
「実に名案です、柳本さん」
神明は薄く笑みを浮かべた。複数作戦を指導する神明の中では、最低限の妨害や封鎖の成功に集中していたが、柳本の言うように、できればその後方部隊も攻撃しておきたいところではあった。
……前線部隊の指揮官の目からみても、攻撃すべきというのであれば、その考えは間違いではなかったのだ。