第七一二話、立ちふさがる壁
ムンドゥス帝国第二戦闘軍団は、地中海から大西洋へ進出しようと西へ航行していた。
ピリア・ポイニークン大将は、燃えるような赤髪を持つ女性であったが、闘志旺盛、果敢な人物として知られていた。
艦隊はジブラルタル海峡に到達。南北、そのもっとも狭い場所とされるラインを、巨大な氷が壁となって封鎖している。
先遣隊も、氷の前で立ち往生だ。
「あれか巨大流氷というのは」
ポイニークン大将は、険しい表情のまま、すでに苛立ちを露わにしていた。
「大西洋の第一戦闘軍団と合流せねばならぬところに、あのようなものを置かれてはな」
「あの氷は、我々の世界から持ち込まれたものとのことです」
参謀長のイコノモス中将が、その老練な顔立ちをピクリとも動かさずに告げた。
「この地域の風土と合致しない現象ということで、先遣隊に確認させましたが、この世界の氷ではないとのこと」
「ヴォルク・テシスが持ち込んだものだろう」
フン、とポイニークンは鼻をならした。
「それで敵に利用されるとは、テシスも余計なことをしたものだ」
「如何致しましょうか?」
「知れたこと。あれを取り除かねば、我々は味方と合流できない」
地球征服のための増援として編成された第一、第二、第三の戦闘軍団。これらを集結させ、一気に北米大陸に攻め寄せる。
アフリカ大陸より移動する第一戦闘軍団は順調そのものだが、南米から合流予定だった第三戦闘軍団は、アマゾン川で立ち往生をしていると報告が入っている。敵の妨害の結果、合流の目処がたっていないという有様だ。
「そこにきて、我ら第二戦闘軍団まで、合流できないというのは話にならない」
「問題は、どのように除外するか、ですな」
十数キロメートルもの巨大氷山の壁。当然ながら、ジブラルタル海峡を塞いでいるこれを迂回する方法はない。インド洋へ向かうスエズ運河ルートも異世界氷で固まり、通行不能である。
「転移照射装置を積んだ装甲艦が派遣されるとのことでしたが……」
「到着するのは1週間以上先だ。そんなに待てるか!」
アフリカゲートと地中海ゲート、双方にそれぞれ転移装甲艦を送ってくれることになっているが、その移動自体は通常航行なので、どうしても時間が掛かる。転移装甲艦自体、数が少ないのもマイナスである。
しかしいざ到着すれば、転移照射装置で、この巨大な氷山壁の撤去も、かなり捗るのではないか、と思われる。
……実際、ここまで巨大なものを転移させたことが、ムンドゥス帝国ですらないので、おそらく大丈夫だろう、という見方しかできなかった。
「転移装甲艦を待つまでもない。我が艦隊で、氷山壁を破砕するのだ!」
ポイニークンは、戦艦群に命令を出す。
「熱線砲の集中砲火を浴びせよ」
艦砲射撃では、どれだけの鉄を消費するかわかったものではない。
北米侵攻による敵艦隊との戦闘が想定される中、補給があろうとも氷山相手に消耗するのは得策ではなかった。砲弾の補充はともかく、戦いの前に砲身が摩耗して命中精度に悪影響が出るのは避けたい。
熱線砲なら、艦のエネルギーを大消費するが、敵がいないのだから回復もじっくりやれる余裕がある。威力については言うまでない。
試しの第一射。30隻のオリクト級戦艦が、横一列に並ぶ様は、観艦式じみて壮大であった。
『第六戦艦群。熱線砲、発射準備完了!』
「発射っ!」
号令を受けて、オリクト級戦艦群は一斉に強烈なる熱線を放った。当たれば戦艦級も大破、轟沈せしめる一撃は、氷山壁に吸い込まれ――直前で弾かれた。
「なっ……!?」
その光景を目撃したものは、皆絶句した。
氷山が、熱線砲を弾き、無傷だったのだ!
「馬鹿なっ!? 熱線砲が効かないだと!?」
「あの氷に、そんな力はなかったはず!?」
イコノモス参謀長も目を見開く。氷山壁に攻撃が効かなかった理由は、すぐに判明した。
『観測班より報告。熱線砲照射直前、氷山壁に防御シールドの発生を検知』
「シールドだと!?」
ポイニークンは顔を歪めた。ただの氷の塊が、防御シールドを展開する。それはもはや、ただの流氷、氷山ではない。
「あれは、要塞ということなのか!」
『第六戦艦群、エネルギー回復中。――氷山壁、シールドを解除した模様』
熱線砲は、威力と引き換えに隙の大きな兵器だ。氷山壁は、自身を破壊するような熱線砲の兆候を確認すると、防御シールドを展開するようだ。だがそれ以外の攻撃に対しては、厚い氷の層によって、ある程度耐えられるからシールドは使わないようである。
「閣下……」
「……」
声に出さないが、ポイニークンの顔は怒りに染まっていた。もし目の前に敵がいたなら、飛びかからん勢いである。
「小癪な敵め! 奴らは熱線砲を予見し、シールド発生器を仕込んでいたのだ。……だが裏を返せば、奴らとて熱線砲は嫌であろう」
ポイニークンは、急に冷めた顔になる。
「ならば、こちらは連続し、熱線砲を集中してやればよい。第八、第十戦艦群……いや、全ての戦艦群の熱線砲の連続射撃を見舞って、完膚なきまでに破砕してくれよう――」
司令長官が踵を返し、新たな命令を下そうとした時、それは起きた。
爆発音に振り返れば、氷山壁を前にしているオリクト級戦艦の横列に、次々と閃光と火花が噴き出していた。
『第六戦艦群にて爆発! 原因特定中!』
・ ・ ・
「熱線砲を使って障壁がなくなっているのはわかるんだが……」
「あまり関係ない、ですね……!」
須賀大尉の声に、種田少尉は、機器を操作――敵オリクト級戦艦に合わせながら声を出した。
新型攻撃機、試製『暁星』は、遮蔽に身を隠し、敵大艦隊の中を飛んでいた。
「使っているのが、転移弾、ですから!」
ゆっくりと飛行しつつ、転移爆撃装置によって、対艦誘導弾を連続して発射。それも防御障壁をすり抜ける転移弾――ではなく、円盤兵器アステールに大打撃を与えた、敵内部に転移させて爆発する新型である。
「大尉、すいません。もうちょっと速度をおとしてくれませんか?」
種田は若干悲鳴じみた声を出した。
「転移弾を敵艦に合わせるの、ちょっと難しいんですから!」
誘導自体はともかく、きちんと敵艦の内部に直撃させるには若干手間がかかるのだ。
だが効果は絶大だった。横一列に並ぶオリクト級戦艦30隻のすぐ上を通過しながら、誘導弾を各1発ずつ発射した結果、8隻のオリクト級が主砲弾薬庫を吹き飛ばされ、艦体断裂、または轟沈した。さらに残る22隻に、主砲破砕、もしくは小・中破ダメージを与えた。