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第七〇九話、海峡封鎖の裏側


 日本、九頭島は武本重工、第三航空工場。

 T艦隊参謀長、神明少将は、魔技研に所属する技術者、坂上 吾郎博士と会っていた。


「――いやはや、ジブラルタル海峡を異世界氷で封鎖すると聞いた時は、この男は何てことを考えるんだろうと思ったよ」


 五十代半ば、いかにも学者という風貌の坂上は、率直な物言いをした。


「いったいどうやって海峡を封鎖する氷を集めたんだい?」

「色々、ですよ」


 対面する神明は微笑した。


「先日、200万トン氷塊爆弾を作ろうとして、結局お流れになったものがありましたし――」


 マーシャル諸島攻略戦、その後の日米合同のハワイ攻略戦で、異世界帝国側が海上に展開していた多数の異世界氷を、日本海軍は回収していた。

 その一部は、乙型、丙型海氷空母と共に、海氷飛行場『日高見』の材料となった。だが、使い切れない量の異世界海氷が、まだ残っていたのである。


「マーシャル諸島の孤島の一つに、使い道ができるまで集めて放置されていたんですよ。博士もご存じの通り、海水に触れている限り、溶けない特殊な氷ですからね」

「処分に困っていたものを、利用したわけか」


 いわゆる在庫処理。坂上は眼鏡をずり上げた。


「しかしそれなら、日高見とか、海氷空母を量産すればよかったんじゃないか?」

「一応、海氷空母シリーズの中で、改良型の大海型が2隻作られましたよ」


 甲型海氷空母改も、まだ前線で使用可能な状態で保存されている。


「2隻っぽっちじゃないか」

「いくら異世界氷を利用しているとはいえ、あれに飛行場や空母の装備を持たせるのは、それなりに労力と資材を使うんですよ」


 現状の甲型と大海型、日高見以外に、新たな異世界氷を使った空母などが作られないのはそれが理由だ。

 自走できない乙型や丙型は、日高見のような巨大飛行場として使うならともかく、空母サイズでは、転移移動させるにしても使い勝手はあまりよくない。

 それを使えるように手を加えるくらいなら、再生待ちの空母残骸を改修して復帰させたほうがまだ使える――ということだ。


 だから日高見が数十作れるほどの異世界氷があっても、海軍はそれ以上作らなかったのである。


「今回は、ただ氷の塊を浮かべるだけなので、新規に生成した分と合わせて大氷山を作りましたが、それほど手間はかかっていません」


 内部をくり抜いて氷山防壁、氷山要塞などの案も浮かんだのだが、それを実施している時間はなかった。


 たとえば『富士』――レマルゴスの装備していた大量の長砲身40.6センチ砲を氷山に搭載し、向かってくる敵に大量の砲弾を撃ち込むなどやったら面白そうなどとも思った。

 しかしやはり改造している時間もないし、いざそれが許される状況だとしても、大量の砲弾を食い潰し、砲弾不足を引き起こしただろうことは、想像に難くない。


 何も手を加えず、ただ巨大氷山になるように合体、異世界氷の追加で隙間を埋めただけに留めることで、敵が地中海から大西洋に出る前に間に合わせることができたのである。


「しかしそれでも、よくまあ作ったものだ。ジブラルタル海峡の一番狭い場所は、何キロあったっけ?」

「約14キロです」

「14キロ! 甲型海氷空母が全長300メートルだろう? 単純に考えて46隻は必要じゃないか?」

「埋めるだけならそうでしょうが、実際は、もっと使いました。幅がありますから。とりあえず塞ぎましたが、現在進行形で、現地で異世界氷を生成して、氷山の厚みを増す作業を継続しています」


 あまりに余っていた異世界氷製の海氷を大量放出しても不足しているので、今も作り続けている。

 やはり海峡の一番狭い場所を封鎖すると言っても、口で言うほど簡単ではない。


「途方もない数だね。え、甲型サイズで数百隻分?」

「異世界帝国が、マーシャル諸島とハワイでばらまいた海氷の量は凄まじかったですからね」


 異世界氷で島ができる、というのは事実である。自然界には、海を埋める量の流氷が、季節によって毎年流れてくるという現実。


「だが、せっかく作った氷山だが、異世界人も破壊しようとするんじゃないか?」

「どう出るでしょうね」


 神明は宙を睨んだ。


「軍艦というものは、所詮は箱ですから。艦砲射撃や爆撃を行えば、その分を補給しなくてはいけません。たとえ氷山を破壊したとしても、一度、港に戻って補給が必要になります」

「砕氷船は……無理か」

「崖のように切り立った氷山に、どうやって船体をのし上げるのか」


 神明は淡々と告げた。


「そうなると、敵は戦艦を並べた熱線砲や、かつて重爆撃機でやった光線砲による攻撃に切り替えてくると思います。さすがにこれを集中的にやられると、いずれは封鎖を突破されるでしょうね」


 ただ、それでも、どれだけの熱線砲や光線砲の集中で通行できるようになるか、見物ではあるが。予想より早く破られるか、あるいは意外にそれをもってしても苦戦するか。


 現在、氷山の横幅と厚みを増している作業も行われているので、時間が経てば経つほど、通行可能なように破壊するのにかかる時間も増えていくと思われる。

 つまり、異世界帝国側は今すぐにでも破壊するために全力を投入するのが、最善の手であるのだ。


「しかし、神明君。これ、簡単に突破できてしまうかもしれないよ」


 坂上は、何かを思いついた顔になった。


「ほら、異世界人は、転移照射装置を持っているじゃないか。あれを氷山に照射すれば、ジブラルタル海峡から障害物を取り除けるんじゃないか?」


 14キロメートルの幅を埋める大氷山も、弾薬の消耗もなくあっさり除外できる――ニヤリとする坂上である。敵の転移照射艦が1隻でもいれば、解決してしまうかもしれない問題だが、神明は平静だった。


「あの転移照射装置が、どれくらいの大きさまでを転移できるか、その限界を図るよい実験になると思います」

「あ、その様子だと、君、何か仕込んだね?」

「転移装置を氷山に。あの中に、乙型海氷空母を1隻埋め込んであります。転移であの氷山が移動させられたら、転移中継ブイを使って、元のジブラルタル海峡に転移で戻るようにしました」

「……それって」


 坂上は絶句した。

 転移させ、氷山を取り除いて喜び勇んで大西洋に敵艦隊が乗り出したところに、氷山が転移で戻ってきて、艦隊と衝突。かつて考案された氷塊爆弾よろしく、異世界帝国艦艇を押しつぶし、艦隊に大打撃を与えるかもしれない。


「ひょっとして、君、それを狙ってた?」


 転移で取り除く可能性を考え、その手できた時に最大のカウンターダメージを与えるようにした。ピンチをチャンスに転換する手である。


「君は恐ろしい男だよ、神明君」

「何もかも想定通りに行けば、苦労はしませんよ、博士」


 神明は面白くなさそうに言った。机上の空論ならどうとでもできてしまうのだ。


「私としては、敵があれこれ思案している間に、妨害行動をしたいんですよ。何もかも上手くいかなかった時に備えてね……。そのために――」

「こちらで作っていた試作機を使いたい、そういうことだろう、神明君」


 ここは武本重工業の第三航空工場。試験中の実験機が翼を休めている。

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