表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
706/1112

第七〇六話、ボスポラス海峡の壁


 クロンシュタット級は、ソ連海軍が建造した軍艦であり、同海軍内では『重巡洋艦』という扱いであった。

 列強の条約型重巡洋艦に対抗すべく建造されたので、重巡洋艦。なおソ連の中では、重巡洋艦というカテゴリーが存在していなかったので、計画的には大型巡洋艦、あるいはかつての装甲巡洋艦という呼び方もあった。


 そもそもの話をすれば、ソ連は軍縮条約に参加していなかったので、条約型のカテゴリーはまったく無視してよかったのである。

 ともあれ建造されたクロンシュタット級は、当時の世界の軍備を睨み、ダンケルク級やシャルンホルスト級に対抗可能な3万8000トン級の重巡洋艦――巡洋戦艦として建造された。

 主砲は54口径30.5センチ三連装砲三基九門で武装し、速力は33ノットを発揮する。


 独ソ戦がはじまり、建造中止になったが、ムンドゥス帝国の魔核技術によって完成し、その戦力に加えられた。

 異世界人からしても、この手のちょうどいいクラスが今まで存在していなかったので、それなりに期待はされていた。


 が、いざ戦地に向かおうと黒海から出撃したと思えば、突然の光と共に、クロンシュタット級『セヴァストーポリ』は、轟沈してしまったのである。


「いったい何が起こったのだ!?」


 黒海艦隊司令長官、ポーネー中将は叫んだ。

 旗艦『インペラトリッツァ・マリーヤ』の前方にあった『セヴァストーポリ』はもやは黒煙だけ残してその艦体は波間に消えた。

 次の瞬間、斜め前方にあった巡洋戦艦『ヤウズ・セリム』が上部構造物を抉られたかと思うと、こちらの大爆発を起こした。


『「ヤウズ・セリム」爆沈!』

「そんなことはわかっている! 何が起こったっ!」


 見張り員の報告に、意味もなく怒鳴るポーネーである。しかし、見張り員はもちろん、レーダー要員も、艦長も、誰ひとり何が起こっているのか理解できない。

 わかっていることは、突然、前を行く艦艇が吹き飛んだことである。


『駆逐艦『ボードルイ』より入電! 海峡出入り口にて、攻撃とおぼしき光点を確認!』


 前衛の対潜警戒の駆逐艦からの通報。すでに目と鼻の先のボスポラス海峡。南北に細長く、その距離はおよそ30キロ。幅は最大3700メートルほどで、もっとも狭い場所で698メートルである。

 ポーネーが双眼鏡を覗こうとした時、光が瞬いた。


 直後、前衛駆逐艦3隻が紙切れのように引き裂かれ、旗艦である戦艦『インペラトリッツァ・マリーヤ』にも光が直撃した。


「!?」


 それが、ポーネーの最後の見た景色となった。



  ・  ・  ・



『敵弩級戦艦、撃沈』


 正木 妙子は、魔核操縦によって、海峡封鎖戦艦――超戦艦『富士』を操っていた。

 基準排水量65万4000トン。全長619メートル、全幅96メートルの巨艦は、遮蔽装置で姿を隠しつつ、ボスポラス海峡に接近しつつある異世界帝国黒海艦隊に攻撃を仕掛けてきた。

 110門はあった40.6センチ砲は大半が撤去され、代わりに50口径40.6センチ三連光弾三連装砲を六基十八門と、大幅に数を減らしている。


 しかしその余裕ある艦体には、防御障壁を貫通する三連光弾砲の大出力動力炉を搭載し、不足なく攻撃できるようになっている。

 実弾火砲でなくなったのは、遮蔽を使っての攻撃のためだ。つまり従来の砲では、発砲した際の煙がしばし漂ってしまい、それで姿を消しても大体の位置が露見してしまう。


 その点、光弾は一瞬の輝きは観測できても、煙などがない分、敵からすれば一度目を逸らすと、再捕捉が難しくなる。


「幸先はよさそうだな」


 戦艦『富士』艦長を拝命した桐原 琢造大佐は腕を組み、その戦果を眺める。

 異世界帝国の超戦艦『レマルゴス』を改装したこの超戦艦。動けることは動けるのだが、かつての弩級戦艦以前の戦艦並みの速度しか出せない。

 もっとも、魔技研の神明少将は、海峡にデンと陣取り、やってくる敵艦を攻撃する、というシンプルな命令しか出していない。


 遮蔽を使って奇襲し、敵を足止めし、攻撃されれば転移で次のポイントへ退避。以後、それを繰り返し、遅滞戦術よろしく、敵を迂闊に進ませないようにする。

 複雑な艦隊機動もなく、転移で移動するから航行に関して、ほとんど習熟する間もなかった桐原艦長である。正直、乗組員も最低限で、ほとんど魔核で操作している正木 妙子にお任せ状態であった。


「正木くん、調子のほうはどうかね? 具合が悪くなったりはしていないね?」


 能力者といえど、これほどの巨艦をほぼ一人でコントロールすると神経を使うし、それなりに魔力も減るという。

 それが酷いと体調を崩したりするというのを、桐原は知っている。神明お得意の無茶振りで急遽選ばれた正木 妙子については、助っ人も同然なので、何も問題ない状態で原隊にお返ししなければいけない。


『問題ありません。……以前、『諏方』の時もいきなりやりましたので』


 苦笑する妙子である。神明の無茶に振り回されるのは慣れている、という。自分も同じように、いきなり『富士』の艦長職を任された桐原も、気持ちはよく理解できた。


「とりあえず、敵がこちらを撃ってくるまで、このまま攻撃続行。目標選定と発砲は、君に一任する」

『了解です、艦長』


 たとえ、敵が攻撃してきても、『富士』の主要装甲を貫く敵艦は、ここにはいないと桐原は判断する。

 遮蔽のせいで、防御障壁は使えないが、素の装甲も厚く、新型の魔法装甲でさらに強固な耐久力を持つ。弩級戦艦の30.5センチ砲弾を至近から食らっても、一撃や二撃でやられるようなものではなかった。


 異世界帝国黒海艦隊は、どうやら旗艦をやられたせいか、反応が遅かった。その間も、艦首側の三連光弾三連装砲四基が、直線上に狙いをつけられる敵艦を選び、破壊していく。

 ガングート級『パリジスカヤ・コンムナ』、インペラトリッツァ・マリーヤ級『スヴォボードナヤ・ロシア』が、旗艦同様、為す術なく沈み、前に出てきた巡洋艦、駆逐艦も光弾の餌食になる。


『敵艦隊、反転……?』


 正木 妙子は怪訝な声を出す。得体の知れない何かが潜んでいるのはわかるが、ドンドン味方が沈められているので、敵わないと見たか、黒海艦隊が引き返し始めたのだ。


「ここにきて、敗走か……?」


 敵が果敢に攻めてきて、手に余るようになったら転移で離脱するつもりだった桐原だが、想像より早く敵が引き返してしまい、困惑する。

 しかしこれはチャンスでもある。


「正木くん、砲撃続行。やれるだけ仕留めてしまうぞ!」


 何より、逃げようとする敵の中には、第一次世界大戦以前の鈍足戦艦群があって、まさしく絶好の鴨状態だったのだ。

・インペラトリッツァ・マリーヤ級戦艦

基準排水量:2万2600トン

全長:167.8メートル

全幅:27.3メートル

出力:2万6500馬力

速力:21ノット

兵装:52口径30.5センチ三連装砲×4 55口径13センチ単装速射砲×20

   50口径7.7センチ単装砲×4 43.5口径4.7センチ単装機砲×4

   45.7センチ水中魚雷発射管×4

航空兵装:――

姉妹艦:「インペラトリッツァ・エカテリーナ2世」→「インペラトリッツァ・エカテリーナ・ヴェリーカヤ」→「スヴォボードナヤ・ロシヤ」

「インペラートル・アレクサンドル3世」→「ヴォーリャ」→「ゲネラル・アレクセーエフ』

その他:ロシア帝国が建造した黒海艦隊用弩級戦艦(ロシア帝国での分類上は戦列艦)。仮想敵はオスマン帝国。ロシア、ソ連の戦艦としては、ガングート級より新しく、ソビエツキー・ソユーズ級の間に位置する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ