第七〇二話、封鎖作戦案
海峡封鎖にこだわっていたとある参謀長である神明少将は、カ号作戦の終了とト号作戦の中断を受けて、T艦隊と共に鉄島に帰還。
その後、連合艦隊司令部からの出頭命令を受けて、山本 五十六大将と面会した。
「――状況は以下の通りだ。この状況、君ならばどうする?」
広げられた世界地図を見やり、山本は単刀直入だった。
「思うことがあれば、何でも言ってくれ」
「……では」
神明は、考えを口にした。
「敵は北米かアジアか、片方を狙うこともできますし、同時に攻めることができます。彼らにとってはこちらがそれぞれに対応するために分断してくれれば、それだけ勝ちに繋がるでしょうから、日本とイギリス、アメリカを引き離す策を講じてくるでしょう」
「だろうね」
連合艦隊司令部での検討でも、そうなると意見が出た。山本は頷き、神明に続きを促した。
「我々としては、敵戦力の集結を阻み、逆に各個撃破に追い込む形に持って行くしかないと考えます」
具体的に神明が指定したのは、バルト海、黒海、そしてアマゾン川の敵だった。山本は眉間にしわを寄せる。
「アマゾン川の敵はどもかく、バルト海と黒海の敵は、新旧混じった鹵獲艦隊だ。合流しないにこしたことはないが、それよりも地中海の大艦隊を、大西洋なりインド洋に出てこられないようにすべきではないか?」
大西洋ならジブラルタル、インド洋進出を阻むならスエズ運河や紅海。より脅威度の高い異世界帝国の主力艦隊に仕掛けるべきではないか?
「そうとも考えたのですが、おそらく敵も、転移による神出鬼没な攻撃を仕掛ける我々が、ジブラルタルやスエズで攻撃を仕掛けてくると、予想しているのではないでしょうか」
こちらにとって狙い目である一方、敵にとっても行動のためのアキレス腱でもあるから、ここをやられたら、と対策を練っている可能性は高い。
「あまり言いたくはないですが、おそらくスエズ運河は、封鎖できないでしょう」
「そうなのか?」
「敵の転移ビーム照射艦艇があるので、あれを使えば運河を破壊しても通ってくるんじゃないかと思って」
自分で封鎖された時の対策を立ててしまったので、おそらく敵も気づいているだろうと神明は考えている。
「もちろん、敵が気づいていない、あるいは転移艦を置いていないので、スエズを破壊すれば封鎖できてしまうかもしれませんが」
今、神明は推測で話している、と暗に言う。
「とりあえず、削れるところから削っていければ、と思います。規模の大きな敵主力に対しては、追々手を考えるとして」
「……そうだな。いきなり全部に対応するのは不可能だ。僕もそう思うよ」
今回の事態に、漸減作戦を、と口にした山本である。潰せるところから、という話に異存はない。
「それで、君は少し前から、海峡封鎖艦について考案し、軍令部も了承した。……使えるかね?」
「半ばぶっつけ本番になりますが、やってできないことはないかと」
現在使える封鎖艦ほか、封鎖作戦に使えるものの大半が、人員の訓練期間がなかった。その分は、魔核と無人コアによるサポートで補うしかないが、能力者であれば充分カバーはできる。
故障や動作不良などが起きても。魔核の魔力での現場復旧は可能。……能力者の負担が大きくなるのはやむを得ない。
「ただ、封鎖艦だけで全て解決するわけではないので、偵察、観測、転移移動の支援は必要となります」
確実な効果を見込むならば、それら補助は必要である。物事には向き不向きがあるのだ。
「具体案を作成してくれ」
山本は静かに告げる。
「他は動く気配を見せているが、アマゾン川に至っては、すでに動いているからな。あまり時間に余裕はないから、できるだけ急いでくれ」
「承知しました」
神明は頭を下げた。
退出するT艦隊参謀長を見やり、それまで黙って様子を見守っていて渡辺先任参謀が、口を開いた。
「長官は、神明少将を評価されていますね」
「いまは樋端がいないからな。この状況で、効果的な策を考えられる者はそうそういないだろう」
山本が神明を評価する理由の一つは、彼は海軍軍人の枠の外で作戦や戦術を考えられることだ。
能力者というよりも、魔技研で新装備の開発、研究に携わっていたからか、これまでの常道とされる戦い以外のやり方を彼は見せることができる。
小沢や山口、角田といった猛将たちは、与えられた戦力の枠内で戦う常識的な軍人である。だから今回のような圧倒的物量で敵が来た場合、兵器を活用した戦いをすることはできても、それ以上はできないから、結局数の前に屈することになるだろう。
今の常識の外の敵と戦うには、常道ではない戦い方、常道の外から見ることができる人間が必要だ。
「さて、彼はどんな面白い案を考えてくるかな?」
正直、それが少し楽しみでもある山本であった。
・ ・ ・
「お待たせしました、長官」
翌日、神明は作戦案を山本に提出した。
「拝読しよう」
山本は恭しく受け取ると、さっそく目を通し始めた。
そこに書かれていたの四つ。
1、アマゾン川妨害作戦
2、地中海封鎖作戦
3、バルト海封鎖作戦
4、黒海封鎖作戦
一つずつ概要を確認する。
1のアマゾン川妨害作戦は、アマゾン川を通過する敵に対して、転移、潜伏による待ち伏せを複数カ所で仕掛けつつ、その通行を妨害する。あわよくば撃沈艦艇で、通行止めを狙いたいが、アマゾン川の水深は深い場所も多く、あまり期待しないものとする、とあった。
作戦のために、封鎖、遊撃専門の部隊を編成し、これを偵察情報と連携しつつ、他作戦と同時進行的に進め、有効なタイミングを見計らった攻撃を適宜行う、とされた。
「専門の部隊……」
注訳に従い、確認すればT艦隊を中心としつつ、一部希望する艦・装備の追加を希望するものとあった。
レマルゴス型超大型戦艦改装・封鎖戦艦、武尊型巡洋戦艦、鹵獲海防戦艦群ほか――
相変わらず神明は、連合艦隊主力から戦力を借りようという気はないようだ。山本は思わず、ニヤリとしてしまう。
次の作戦2、地中海封鎖作戦を確認する。敵の大艦隊が現れ、これが大西洋に抜けるか、インド洋に出るかで、日米英の対応も変わってくる。ある意味、もっとも注目する場所ではあるが、そこに書かれた概要に、山本は目を見開いた。
一瞬見間違いではないかと思ったが、はっきりそう書いてあると二度見すると、山本は、淡々とした表情の神明に言った。
「これは……本気なのか?」
「どれのことを指しているのかはわかりませんが、どれも本気です」
「……ああ、まったく。こう来るとはね、これは君以外からは出てこない作戦だろうな」
山本は苦笑するしかなかった。