第七〇〇話、鉢合わせする艦隊
ギニア湾ゲートに、敵航空機襲来。
現地の警備艦隊からの通報は、元フランス領セネガルのダカールにも届いた。
アフリカ大陸の西端にあって、かつては大西洋横断貿易の拠点として栄えていたダカールの港には、ムンドゥス帝国西アフリカ艦隊が駐留していた。
その任務は、西アフリカの防衛であり、ひいてはギニア湾ゲートに敵を近づけないことにあった。
そして西アフリカ艦隊のうち、警戒のために出撃していたロギスモス中将指揮の艦隊は、ただちに転進、ギニア湾へ急行すべく移動を開始した。
「まさか、よりにもよってこのタイミングで襲撃とはな」
痩身の提督は、重々しいその声を張り上げた。
「ゲートを破壊されては、征服軍の計画に支障が出る……! 何としても、敵を撃滅せねばならない」
「今から間に合いましょうか?」
参謀長の問いに、ロギスモスはピクリと口ひげを動かした。
「行かねばならん」
それが西アフリカ艦隊の存在理由でもある。
ロギスモス中将の艦隊は、オリクト級戦艦1、中型高速空母2、軽巡洋艦2、駆逐艦8からなる。
他にダカール港に、ヴラフォス級戦艦2、中型高速空母1、重巡洋艦3、駆逐艦10ほか、フランス海軍から鹵獲したスループ複数が残っている。当然、この駐留艦隊にも即時出撃命令が出た。
「ゲート警備艦隊からは、およそ80機の航空機の襲来を報告がありました」
参謀長が、地図をなぞる。
「規模から見て、空母2、3隻の機動部隊と思われます。例の神出鬼没の敵遊撃艦隊の可能性が高いと思われます」
「だが、その敵遊撃艦隊は、地中海ではなかったのか?」
本日の第一報は、フランスの地中海側拠点のトゥーロン港への攻撃である。また嵐のような攻撃が複数カ所で起こると考えられ、各部隊には警戒が促された。
ダカール港の西アフリカ艦隊の停泊艦隊が、すぐに出撃できるようになっていたのも、トゥーロンへの攻撃があったからである。
「一応備えていたとはいえ、ヨーロッパ方面ではなく、こちらとはな」
本音を言えば、アフリカ大陸側に来るとは本気で思っていなかった。ロギスモスが顔をしかめていると、司令塔に通信参謀が駆け込んできた。
「長官! ダカール港より緊急電です! 日本艦隊が現れました!」
「なに!?」
母港が敵の攻撃を受けている。ロギスモスは息を呑み、参謀長が唸るように言った。
「艦隊はどうしたか? 出撃した後か?」
「それが、出航中のところに現れて……」
顔面蒼白で通信参謀が報告した。
防雷網を避けて、移動する西アフリカ艦隊艦に、突如、転移で現れた大型巡洋艦部隊が側面を衝いてきた。
それは第六巡洋艦戦隊――大型巡洋艦『妙義』と、同巡洋艦『生駒』『筑波』であり、真っ先に中型高速空母が葬られ、さらにヴラフォス級戦艦も先制攻撃で被弾した。
防御シールドで、それ以上の被害を防いでいる間に、戦艦2隻を含む敵増援――航空戦艦『浅間』『八雲』が現れた。そしてシールドを貫通する光弾砲にやられ、撃沈されてしまった。
以後は、日本海軍航空隊も現れ、ダカール港の艦隊もことごとく沈められた。
「……」
ロギスモスは唇を噛み締める。つまり、西アフリカ艦隊で残存しているのは、自身が率いる戦艦1、空母2を中核とする戦闘艦隊のみということになった。
「長官、如何致しますか?」
参謀長が確認した。自分の艦隊の半分をやられ、その復仇に戻る――というのもなくはないが、残念ながらロギスモスにはそれを選択できない。
「ゲートの防衛が優先だ。我々はギニア湾ゲートに向かう」
・ ・ ・
異世界帝国西アフリカ艦隊が急ぐ中、ハルゼー中将率いるボランティア・フリートは、ギニア湾ゲートに迫っていた。
ハルゼーら帰還者たちは、同胞救出の第一歩として再び異世界に乗り込むことを、強く意気に感じていた。
「本音を言っちまうと、やっぱり海も空も赤い世界なんざ、戻りたくはねぇんだ」
ハルゼーは、しかし凄みのある笑みを浮かべる。
「だが、約束しちまったからには、同じ世界の住人のよしみだ。全て助け出さないといけねえ」
「はい、提督」
ミッチェル参謀長は首肯した。
ハルゼーらの艦隊の正面には、広大なアフリカの大地と、アーチ型の異世界ゲントがポツンと見える。
海面はクリア。敵の警備艦隊は、すでに壊滅。彼ら義勇軍艦隊を阻む者は存在しない。
……はずだった。
「正面、ゲートに発光!」
見張り員の報告に、ハルゼーは双眼鏡をよこせと命じると、さっそく覗き込んだ。
「なんだぁ、あの光は……」
ゲートと、その周りが黄金色に輝いている。こんな現象は、ハルゼーは知らない。嫌な予感がしてくる。
そしてその予感は的中するのである。
ゲートから光が走り、海面を輝かせると、一瞬目が眩む膨大な光を放った。直視できず、慌てて目を庇うハルゼーや乗組員たち。
光が消えると、そこには圧倒的多数の艦艇が、海上を埋め尽くしていた!
「な、んだと……っ!」
「正面海域に敵大艦隊!」
それまで何もなかった海に、ムンドゥス帝国正規軍ほか、赤の艦隊が艦列を組んで現れた。
その数は圧倒的であり、一瞬、戦闘配置を告げるのも忘れるほどだった。それだけ戦力差は隔絶していたのだ。
「戦艦121、空母50、巡洋艦以下、数百を確認――偵察機も数えているようですが何せ数が多すぎて――」
通信長の報告に、『エンタープライズⅢ』の艦橋にいた者たちは言葉もなかった。異常な数だった。
「シット……」
ハルゼーは呟いた。あまりに小さな声だったから、周囲は何事かと提督を見る。そのハルゼーは俯き、何事かを呟いていた。その声は段々と大きくなる。
「――クソッタレ! クソッタレ! クソッタレッ! ゲートは目の前だったんだぞ!」
彼は軍帽をむしるようにとると、床に叩きつけて背を向けた。
「艦隊全艦へ、撤退だ! 全艦反転! 撤退しろっ!」
ボランティア・フリートは変針する。ゲートの周囲に現れた大艦隊と戦闘に入る前に転進すると、後退。支援艦隊と合流すると転移で、ギニア湾から撤退した。