第六九七話、義勇軍支援部隊、出撃準備
樋端 久利雄大佐の異動先は、義勇軍艦隊支援部隊という。
「そこの参謀長ということになりました」
何でも本当は、別の大佐が務めていたのだが、艦での訓練中のちょっとした事故で骨折をしてしまい、急遽、交代となったのだそうだ。
その代役が、樋端ということらしい。
「それでよく、山本長官が貴様を手放したな」
神明が皮肉げに言うと、樋端はわずかに首をかしげた。
「部隊の性質上、異世界に足を踏み入れるわけですから、それだけ重要視しているんでしょう」
異世界帰還者や、各国の義勇兵から構成される義勇軍艦隊。幽霊艦隊の支援のもと、艦隊を構築して、異世界に殴り込みをかけようとしている。
そんな彼らを、日本は支援をしている。異世界帝国との戦いを終わらせるために、いずれ異世界に乗り込む可能性が高いと見ている日本軍だ。そのための予行演習も兼ねて義勇軍を支援することで、異世界に関する知識や情報を得ようという魂胆である。
樋端は、その支援部隊の参謀長に任命された。
「部隊の噂は知っていた」
神明もT艦隊で飛び回っている間、細部は知らないが部隊の話については耳にしていた。
「誰が指揮官なんだ?」
「新堂中将です」
海兵39期。以前は第九艦隊の司令長官をしていたが、インド洋を巡る決戦の前後で、失点を重ねた結果、予備役に片足を突っ込んでいると言われている提督である。
もっとも、相手があの紫の艦隊であれば、他の誰であってもあの被害は免れなかっただろうと、神明は思っている。
――支援部隊の指揮官という立場は、果たして正当な理由で選ばれたのだろうか?
神明は疑問に思っている。こいつなら万が一何かあってもいいだろう、どうせ予備役寸前なんだし的な、悲観的な理由での人事が働いたのではないか、とつい穿った見方をしてしまう。
一方で、樋端のような海軍の俊英を送り込むことになるのだから、これはどう捉えるのが正解なのか。
「支援部隊は、義勇軍艦隊の後方支援役と聞いているが、戦力は?」
「確定しているのは、重巡洋艦4、軽巡洋艦6、装甲空母3、駆逐艦8。特殊な補給艦が8隻。これとは別に異世界ゲートを警備する守備部隊がつくのですが、今のところ軽空母1、潜水艦1、潜水型駆逐艦4。他にも増援があるようですが、まだはっきり決まっていません」
そう言うと、樋端は、部隊表のメモを神明に見せた。
●異世界探索・義勇艦隊支援部隊:司令長官、新堂 儀一中将
・主隊
重巡洋艦:「栗駒」「高隈」「空木」「羅臼」
軽巡洋艦:「飛鳥」「生田」「天満」「千種」「興津」「国場」
装甲空母:「黒龍」「鎧龍」「嵐龍」
駆逐艦 :「蔦」「萩」「菫」「桜」「柳」「椿」「檜」「楠」
補給艦 :「海竜丸」「九頭竜丸」「金城丸」「沖津丸」
「六石丸」「三富丸」「若鹿丸」「小田丸」
・別動隊
軽空母:「龍驤」
潜水艦:「伊403」
駆逐艦:「皐月Ⅱ」「水無月Ⅱ」「文月Ⅱ」「長月Ⅱ」
「――この巡洋艦は初実戦か」
神明は率直に言う。
魔技研による改装艦艇の中で、一覧があるから知らないわけではないが、おそらくこれまでの詳報を漁っても出てこないのではないか。
重巡洋艦『栗駒』は、イタリア重巡の『ボルツァーノ』だ。
『高隈』『空木』『羅臼』は、フランス重巡『シュフラン』『ウォッシュ』『デュプレクス』となっている。
これらの重巡洋艦は、ラクシャディープ諸島沖海戦で第七艦隊が撃沈したものの再生艦である。
いずれも1万トン級で、艦体の寸法は伊仏共にほぼ同じ。砲も20.3センチ連装砲四基八門と同等。唯一、『栗駒』が機関出力の高さから36ノット前後、残る3隻は31ノットと差がある。
「元艦は、ずいぶんと舌を噛みそうな名前も多いですが」
「日本は軍艦に人名は使わないからな。他の国では普通にやる」
「そうですね」
樋端は苦笑した。
支援部隊の軽巡洋艦6隻は、全てイタリア海軍のものだ。アルベルト・ディ・ジュッサーノ級が4隻と、ルイージ・カドルナ級が2隻である。
この6隻は5000トン級で、ほぼ同じ、というよりルイージ・カドルナ級がアルベルト・ディ・ジュッサーノ級の改良型というのが正しい。大きさ、武装、機関、速力も同じだ。
主砲は15.2センチ連装砲四基八門であるが、こちらは日本海軍の速射自動砲に換装されている。
『飛鳥』が「アルベルト・ディ・ジュッサーノ」、『生田』が「アルベリコ・ダ・バルビアーノ」、『天満』が「バルトロメオ・コッレオーニ」、『千種』が「ジョヴァンニ・デレ・バンデ・ネーレ」。
『興津』が「ルイージ・カドルナ」、『国場』が「アルマンド・ディアス」となっている。
装甲空母は、イギリスの装甲空母の改装艦艇であり、艦載機数は相変わらず少なめだ。だが、これまでの幾多の戦いを潜り抜けてきた歴戦艦である。主力機動艦隊からは外されたが、性能では悪くない。
駆逐艦は、旧ドイツ駆逐艦改装の松型で、対戦、対空戦闘をこなす。
これに特設補給艦が8隻ついているが、これらは転移倉庫、同格納庫など転移系装備を搭載した補給艦となっている。
これらが主隊となり、別動隊は、小粒だが全て潜水行動が可能な艦なかりで構成されている。
これを見た時、神明は、ゲート守備隊というより、隠密行動をする部隊のように感じた。本隊と離れて、異世界の探索を行えそうというのが初見の感想である。
軽空母『龍驤』と『伊403』は転移中継装置があるので、増援の艦艇なり航空機を送ることができる。
つまりは実際の数以上の戦力ではあるわけだ。その機になれば、T艦隊なり、内地にいる第一機動艦隊をゲートまで呼び寄せて、防衛したり、異世界に殴り込むことが可能である。
「義勇軍艦隊が、間もなく前線に出るようで、支援部隊も出撃はすぐだと思われます」
樋端は告げる。神明は、急遽代役に指名された大佐に言う。
「着任早々、出撃とはな。何とかなりそうか?」
「まあ、新堂さんとは以前、臨時部隊でお世話になりましたし、やっていけるとは思います。それでですね、神明さん」
改まって樋端は頷いた。
「一足先にゲートを抜けて、異世界に行くことになります。何か魔技研的に、向こうへ行ったら試してほしいことはありますか?」
要望があれば聞きますよ、と彼は言った。わざわざそれを聞きに、神明参りをした樋端であった。