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第六九四話、タマタヴ沖夜戦


 夜戦は日本海軍のお家芸である。

 レーダー技術の発展で、それは難しくなったように思えたが、潜水航行して距離を詰めて、一斉に襲いかかることで、夜戦戦術は得意芸として残った。


 そして現在、巡洋艦は、光弾砲と通常砲の二パターンで整備されている。

 突撃する水雷戦隊を先導する突撃巡洋艦と、一定の距離をおいて突撃を支援する巡洋艦の二種類である。

 しかし肝心の水雷戦隊は、潜水航行可能な艦艇が揃うにつれ、その突撃の形も変わりつつあった。


 敵から攻撃されるのを避けるため、潜水して距離を詰め、まずは艦首魚雷で、潜水艦同様の雷撃。そして浮上して、砲撃ないし、旋回型魚雷発射管から雷撃。それが終われば、さっさと潜水して敵の射撃を回避する。

 異世界帝国潜水駆逐艦の運用を取り入れた戦法だ。


 第二水雷戦隊は、朝潮型を潜水型駆逐艦に改装したものに、フランス大型駆逐艦、イタリアのカピターニ・ロマーニ級改装艦など、その顔ぶれは大きく変わった。

 一方の四水戦は、日本の沈没駆逐艦の復活回収艦で再編成されている。……何気に第十九駆に、戦前事故で失われた『深雪』がちゃっかり復活していたりする。


 これらの雷撃による先制は、日本海軍突撃重巡の側面を突こうとしたルベル・クルーザー戦隊に突き刺さり、水柱を上げた。

 誘導魚雷4本の直撃を受けたクルーザーは、水防区画を食い破られ、あっという間に浸水すると、ひっくり返って海に沈んだり、あるいは艦体を引き裂かれて爆沈した。


 二水戦は艦隊右翼、四水戦は左翼に単縦陣で移動。物量をもって押しつぶすように押し寄せるルベル艦隊に対して、先制雷撃の後、浮上雷撃を仕掛け、砲撃で注意を引くと、反撃を受ける前に海に潜った。

 ただし艦のマストは海面に出して、誘導魚雷の誘導は続ける。再編後の猛訓練により、各水雷戦隊の動きは迅速かつ的確だった。


 ルベル艦隊側は、水雷戦隊が海に潜ると、砲撃が届かないために、対潜行動に移行する。距離を詰めての爆雷攻撃を行うのだ。

 砲戦距離より、もっと距離を詰めねばならないルベル・クルーザーだが、そんな潜水艦キラーに対して、日本海軍は、水雷戦隊援護用の軽巡洋艦戦隊を浮上させる。

 火力支援艦にして、潜水艦や潜水型駆逐艦を狩ろうとする敵駆逐艦を駆逐する、速射軽巡洋艦戦隊。


 和賀型軽巡洋艦は、最上型が軽巡時代に装備していた15.5センチ三連装砲の速射強化仕様の砲を三基九門を搭載する。

 これらは駆逐艦に対して圧倒的な火力である一方、夜戦で距離が縮まった砲戦では、敵巡洋艦の装甲も穿つ強力な砲だった。

 さらに速射自動砲になっているため、そこそこ図体のあるルベル・クルーザーに対して、有効打を、しかも矢継ぎ早に投射できた。


 水雷戦隊と軽巡戦隊が側面の敵を防いでいる間、重巡戦隊は、中央を突進する。その後ろの戦艦15隻、大型巡洋艦8隻も、活発に砲撃を行い、戦艦のいないルベル・クルーザーやルベル・キャリアーに対して、オーバーキル気味の大口径弾を叩き込む。


 赤の艦隊側も反撃する。

 だが日本海軍側の光弾や速射自動砲に先手をとられて、有効な攻撃ができる艦は少なかった。

 六門しかない18センチ砲――向きによっては三門しか使えない主砲を用いるものの、命中にもっていけるクルーザーは多くなかった。


 しかし、さすがに日本海軍側もまったく無傷とはいかない。炎上する艦の照り返しによって、露わになる艦容。レーダーによる識別が困難ほど混沌とした夜戦にあって、敵味方の識別ができた相手に対しての砲撃が、時に突き刺さり新たな爆発を引き起こす。


 第二機動艦隊、水上打撃部隊旗艦『伊予』。初対戦となるルベル艦隊のクルーザーが、思いのほか気持ちよく沈んでいくので、司令長官である角田中将は、このまま中央突破できてしまうのではないかと思った。

 何より、相手に戦艦がいないのが大きい。大和型の46センチ砲は、ルベル・クルーザー相手には過剰な威力であり、美濃型戦艦の40.6センチ砲弾も、一撃で敵艦の足を止めたり、その艦体を真っ二つに引き裂いてしまった。


「長官」


 第二機動艦隊参謀長の古村 啓造少将が口を開いた。


「このまま前進を続けますと、航空部隊が叩いた浮き桟橋のあった場所に突き当たります。沈没艦や航行不能艦が多くあるでしょうから、このままですと突っ込んだ我々も身動きできなくなる恐れがあります」

「参謀長。つまりは、引き返すべきだと言うんだね?」


 角田が視線を鋭くさせれば、古村もまた頑とした顔でそれを受け止めた。


「もともと残敵掃討のつもりで前進しましたから、この数の敵は想定外です。現状でも、残敵掃討で沈めるはずだった敵より多く沈めております。……それに」


 古村は一旦、間を置いた。


「T艦隊が沈めたルベルの巡洋艦を見たのですが、こいつらはほぼ無人艦のようなんです」

「その資料は読んだ」


 角田はきっぱりと告げた。それで、と目で続きを訴える。


「はい。つまり奴らは、赤の艦隊で我々を奥に引き入れて、動きの鈍ったところをタコ殴りにしようとしていると思われます。異世界帝国にとって、ルベルは二線級の植民地軍、しかも無人艦隊ですから、そいつらがいくら沈もうがあまり痛くないわけです。そんな奴らをいくら沈めても、再編されたばかりのこちらが損害を被れば、異世界人を喜ばせるだけになるかと、愚考いたします」


 古村参謀長にしては、やたらと長い説明のように角田は感じた。確か、古村はあの神明と同期だった。その辺りから入れ知恵でもされたのではないか、と勘ぐる。

 やるからには徹底的にやるべし。それが角田ではあるが、赤の艦隊をいくら沈めても、それがムンドゥス帝国の連中を喜ばせるたけかもしれないというのは、癪ではあるが、一理あった。


 そもそも、当初の予定になかった大艦隊との交戦だ。予定では山口中将の航空攻撃で敵を痛打し、あわよくば水上打撃部隊でトドメという流れであり、損害を出すような戦い方は想定されていなかった。

 だから、この想定外の行動で、再編されたばかりの二機艦が早々に被害を受けることを、連合艦隊司令部も含め、誰も望んではいないだろう。


 それでも今は1隻でも沈めて、後の戦いを楽にすべきでは、とも思う。だがここ最近までの弾薬不足の件が、角田の脳裏をよぎった。

 ムンドゥス帝国は、ルベル艦隊を的にして日本海軍の弾薬の消費を促しているのではないか、と古村の話から連想する。肝心のムンドゥス帝国の戦力を叩けずして、この戦争は勝てない。敵の思惑に乗るのは、角田の本意ではなかった。


「うむ、すでに残敵掃討分の敵は沈めたと判断しよう」


 角田は決断した。


「前衛および水雷戦隊各隊に、攻撃を切り上げ、撤収させよ。我が戦艦部隊は、味方の後退を援護。撤収を見届け次第、戦艦部隊も転移離脱を行う!」


 敵味方が入り乱れる前、まだまとまった退却が可能な状態での撤収命令。もう後5分遅ければ、突出しつつあった重巡部隊が、敵クルーザー群の迂回挟撃を受けるところであった。


 ワニの顎が閉じられる前に、二機艦水上打撃部隊は、戦闘をしつつ離脱にかかった。

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