第六九三話、突撃精神
ムンドゥス帝国のテシス大将の予想通り、日本海軍第二機動艦隊は、ただ艦隊を叩いて満足していなかった。
二機艦航空戦隊指揮官の山口 多聞中将は、目標の一つだった赤の艦隊を叩いたが、もう一つの目的だった紫星艦隊については、艦隊不在につき攻撃できなかった。
どこか別戦線に移動した可能性はあるが、敵が拠点としていたマダガスカル島の各軍港を使えないようにすれば、彼らが戻ってきた時、さぞ困らせることができるだろう。
二機艦の司令長官である角田 覚治中将もまた、その攻撃を支持し、自身は艦隊を率いて、赤の艦隊残存戦力の掃討を開始した。
山口空母機動部隊は、タマタヴ、マジュンガ、トゥリアラ、トラニャロの各軍港へ、第一次攻撃隊より再編、補給を済ませた第三次攻撃隊を出撃させた。
かつて紫星艦隊が駐留していたディエゴスアレス軍港は、T艦隊が以前攻撃を仕掛け、いまだ復旧中なので、ここは無視された。
残る四ヶ所に対して、二航戦はマジュンガ、四航戦はタマタヴ、六航戦はトゥリアラ、八航戦はトラニャロを割り振り、それぞれ攻撃隊を放った。
彩雲改二による転移爆撃装置を利用した航空機転移。二機艦では初の使用だったが、これにより、各空母戦隊を分散させることなく、攻撃隊を広大なマダガスカル島の各港へ送ることができた。
遮蔽航空隊は軍港周辺に出現すると、港湾施設と燃料施設に痛烈なる爆撃を加えた。日本の空襲を警戒し、ヴォンヴィクス戦闘機が中隊規模で展開していたが、遮蔽で有利な位置についた紫電改二部隊が、一気に奇襲のダイブアタックを仕掛けて、これを一方的に蹴散らした。
奇襲成功。各攻撃隊が発信し、それは山口の旗艦『大龍』にも届いた。
が、そこで想定外の事態が発生した。
タマタヴ沖に、新たな赤の艦隊が出現したのだ。その数は先に叩いた300隻とほぼ同等。しかしそれが一気に三群も現れた。
単純計算で900隻。それらは星形桟橋に係留されていたものの、順次出航し始めている。
これらは明らかに、ルベル・クルーザーとその派生艦で構成されていた。
「そんなに多くの敵が隠れていた!?」
この報告には、さすがの山口中将も度肝を抜かれた。
300隻と紫星艦隊を想定していた第二機動艦隊だったが、それどころではなかった。日本軍は、マダガスカル島の敵戦力を見誤っていたのだ。
「……第四次攻撃隊の準備」
「司令」
岡田参謀長が眉をひそめた。
「わかっている。これを全て相手どるのは不可能だ」
山口はしかし平然と告げた。
「だが、爆弾があるならば、それを使い切るまでは戦える。ここまで来ているのだ。やれるだけ沈めてやるまでだ」
闘将は、敵の数の多さにも怯まなかった。
「それに、角田さんがここで引くとも思えない。航空支援は必要だ」
山口に負けず劣らず、積極果敢な男がもう一人いる。
・ ・ ・
日本軍がマダガスカル島の各港を襲撃したことで、ヴォルク・テシス大将の読みは正しかったことが証明された。
しかし第二次攻撃隊を再編成し、この日四回目の攻撃隊を、遮蔽スポットから出した赤の艦隊900隻――正確にはそのうちの一群に差し向けた。
一応の警戒はしていた。
艦隊を桟橋から離し、如何にもこれから出撃するように見せ、ルベル・キャリアーからイグニス戦闘機を出して、上空警戒をさせてはいた。
だが、テシスはこの行動を、日本軍に対する示威行為と考えていた。
いかに奇襲攻撃を専門の機動部隊といえど、予想だにしていなかっただろう圧倒的物量の艦隊を前にすれば、態勢を立て直すために後退すると予想したのだ。
しかし結果は、数の差を物ともしない航空攻撃の実施。
完全奇襲は難しいと判断したか、日本軍奇襲攻撃隊は、赤の艦隊の手前で遮蔽を解除すると、対艦誘導弾を放ってきた。
防空能力に難のあるルベル・クルーザーは、防空圏の外から飛来する攻撃に次々と被弾し、大破、炎上した。
迎撃に向かうイグニス戦闘機だが、攻撃を終えた流星改二はさっさと転移で離脱。攻撃中の艦攻を守るべく、紫電改二が阻止行動に出てドッグファイトが展開された。
形こそ人魂、あるいは目玉のお化けに鋭角的なトゲのような翼がついた球体であるイグニスだが、その動きは一応常識の範囲内であり、紫電改二との空中戦は成立した。
しかし機体の運動性はほぼ互角な一方、その攻防には意外にも差があった。
イグニス戦闘機の12.7ミリ四丁の猛射は、紫電改二の魔法防弾によって、それなりの弾を撃ち込まねば火が噴かなかった。
対して、紫電改二の20ミリ光弾機銃は、イグニス本体をあっさり蜂の巣に、粉々に打ち砕いたのだった。
結果、日本の第四次攻撃隊は、味方被害は最小限、対する赤の艦隊への被害は拡大するという、奇襲攻撃隊本来の戦果を見せたのである。
「日本人とは、蛮族もかくやの敢闘精神を持つのだな」
そんなテシス大将の感想に、ジョグ・ネオン参謀長は一種の感嘆を口にした。
「その攻撃精神は、我がムンドゥスの精神にも近しいものがありましょう。敵ながら、天晴れです」
やがて夜がきて、今度こそ日本海軍は撤退すると思われた。
しかし、まったく日本軍の戦力がわからないことが、ここにきてその予測を裏切ることになる。
タマタヴ近海の、損害の見えるルベル艦隊。依然として800隻以上が健在の海に、それは押し寄せた。
「浮上! 全艦、突撃せよ!」
第二機動艦隊、水上打撃部隊が、潜水行動を止めて海上に出現。
第九戦隊旗艦にして、二機艦の旗艦である戦艦『伊予』に座乗する角田 覚治中将は、この手の浮上戦闘、そして夜戦において、帝国海軍指折りのベテラン指揮官であった。
新生二機艦は、かつての予備艦隊こと第一〇艦隊をその戦力に組み込んだが、これらもすべて潜水行動可能な水上戦闘艦揃いである。
大和型戦艦3隻と、第八戦隊の石見型戦艦4隻は、浮上後、夜戦装置にて照準を開始。第九、第十戦隊の美濃型、改美濃型戦艦8隻は、艦首の熱線砲を充填すると、正面の敵艦隊に対して、一斉射撃を行った。
一撃必殺。8本の熱線が、敵ルベル艦を轟沈させた時、その射線の下をくぐり、浮上した16隻の重巡洋艦が、砲を振りかざして突撃を開始した。
古鷹型2、標津型2、二上型4の8隻は、直接照準の20.3センチ光弾砲を矢継ぎ早に放ち、志賀型の8隻は20.3センチ三連装砲による砲撃のため仰角を調整する。
さらに和賀型軽巡洋艦8隻を前衛に、第二、第四水雷戦隊がさらに潜水しながら重巡洋艦の後に続く。
その間に、照準をつけ終わった大和型、石見型戦艦が相次いで発砲を開始。志賀型重巡洋艦もまた、近接砲撃戦では、敵重巡の装甲を撃ち抜ける打撃力を開放、夜の海を真っ赤な炎で塗り替えた。
重巡部隊の後方に浮上するのは、第二、第三巡洋艦戦隊の大型巡洋艦が8隻。30.5センチ主砲を持つ大巡は、その強烈なパンチ力をもって、敵クルーザーを血祭りに上げはじめた。