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第六八〇話、北海を行く空母


 ヴィルヘルムスハーウェン軍港が、敵の奇襲攻撃を受ける。

 その緊急電は、北海を航行しているムンドゥス帝国北海艦隊所属の空母『オイローパ』は受信した。


「確かに、敵襲なのだな?」


 北海空母航空戦隊司令官、プリギ少将は、艦長のイピオス大佐に確認した。


「はっ。およそ100機ほどの単発航空機部隊による空襲とのことです。それはつまり――」

「空母艦載機か」


 プリギは、オイローパの艦橋から北海の波を見やる。


「近くに敵性空母部隊がいる、そうだな?」

「はい」


 ブレスト軍港が襲撃されたという報告を受けて1時間と経たず、今度は北海艦隊の母港がやられた。

 プリギ率いる空母戦隊は、装甲艦『リュッツォウ』、重巡洋艦『アドミラル・ヒッパー』と合流し、北海をオランダ方面に西進、警戒行動をとることになっていた。

 必要であればブレスト軍港救援部隊の護衛につく可能性も示唆されていたが、まさかそれより先にヴィルヘルムスハーウェンがやられるとは思わなかった。


「イギリス本土を迂回し、神出鬼没の行動。転移を使える日本軍の仕業だな」


 プリギは顔をしかめた。


「艦長、索敵機を発進させたまえ。近くに敵の空母がいるのなら、我々も見つけられたら、いつ空襲されてもおかしくない」


 航空戦は先手必勝である。


「しかし司令。敵は転移を使う日本軍であるならば――」


 イピオス大佐は言った。


「攻撃隊を出しても、転移で回避されてしまうのでは?」

「だとしても、攻撃しないわけにもいくまい」


 日本軍の転移回避戦術の話は、各戦線の、特に空母部隊には通知されてはいる。しかしそれに対する有効な戦術が確立されていないため、現場では手探りで対応するしかなかった。


「どの道、索敵機は出せ。敵の居場所がわからないことにはどうにもならない」

「はっ!」


 ただちに空母『オイローパ』、僚艦の『ブレーメン』から、偵察の艦載機型シュトューカが発艦作業にかかる。


 空母『オイローパ』は排水量4万9000トン、全長283メートルの大型空母だ。

 機関出力は10万5000馬力と、ドイツの正規空母である『グラーフ・ツェッペリン』のおよそ半分。速力は27.5ノットと、やや速力に劣る。


 何故、大型の艦なのにグラーフ・ツェッペリンの半分の機関出力しかないのか? 戦争によるドイツの資材不足――ということではなく、そもそもが『オイローパ』はオーシャン・ライナー、いわゆる客船だったのだ。


 民間船舶だった『オイローパ』と、その姉妹船である『ブレーメン』は、ドイツがまだイギリスと戦っていた頃、イギリス上陸作戦ゼーレーヴェ作戦における輸送船として使用すべく抑えられていた。


 が、異世界帝国との戦いで、敵空母への対抗手段として空母への改装案が出て、『オイローパ』『ブレーメン』がその候補となり、図面が引かれた。改装を早期に終わらせるため、機関はそのままに、船上の構造物を撤去し、格納庫と飛行甲板を載せる――はずだったのだが、改装が始まった早々、工事は中止されてしまう。


 異世界帝国がドイツ本国に侵攻し、もはや空母どころではなくなっていたからだ。

 結果、ムンドゥス帝国は、自沈処理がされたこの2隻を回収することになった。欧州方面の現地艦隊の空母不足を感じた占領軍司令官は、『オイローパ』『ブレーメン』の空母化を進め、今に至る。

 設計に手を加え、格納庫を二段に改めた結果、ドイツとムンドゥス帝国のハイブリッド的な空母として完成。その艦載機数を、当初の52機から84機に増やすことに成功した。


 北海艦隊の有力な航空戦力となった2隻だが、早速、試練の時を迎えた。プリギ少将はそう思っている。



  ・  ・  ・



 T艦隊航空戦隊司令官、有馬 正文少将は、旗艦『翔竜』にあって、ヴィルヘルムスハーウェンに大型空母2隻がいないと聞いて、穏やかな顔を厳しくさせた。


「これは参りましたね……」


 果敢な戦闘意欲を持つ航空指揮官は、自分たちが、その所在のわからない空母による逆襲を受ける可能があることを察したのである。


「昨日の偵察では、まだ空母はいたはず。これは近くにいるということです」

「如何いたしますか、司令?」


 先任参謀の佐橋 丈三中佐が腕時計を見やる。


「攻撃隊を収容しましたら、次の目標へ移動せねばなりませんが……」

「そう。今から仮に、敵空母を見つけたとしても攻撃している余裕がない」


 有馬は天井を睨んだ。まるで見えない何かが見えるように。


「相手が軽空母であるなら、見逃してもよいのですが、この欧州で確認されている空母としては最大級の艦……」


 これをみすみす逃してよいのか? いずれ来る英本土作戦のためにも、厄介な大型空母は、少ないうちに叩いておくべきではないか?


「我々は、敵の陽動が任務なわけです」


 有馬は視線を、正面へと戻した。


「つまり、敵の目を引きつけられるならば、わざわざ北欧に行かずとも、敵の有力な空母をここで沈めてやるだけでも、充分セ号作戦の囮役は果たせると私は思います」

「では――」

「我々だけなら、そうするのですが、栗田長官のT艦隊本隊が、トロンハイムに殴り込みをかけます。その時、上空援護と敵攻撃に我々がいないと……問題になるんでしょうねぇ」


 どこか微笑むような顔で、しかし悔しさが声に滲む。


「一応、司令部にお伺いを立てておきましょうか」


 もしかしたら、司令部が、敵空母捜索と攻撃の許可をくれるかもしれない。ヴィルヘルムスハーウェンの次は、ノルウェーのトロンハイムにいる敵北欧艦隊だが、そこは海防戦艦が多く、数はあれど、性能に優れる艦は少ない。


 戦艦『ティルピッツ』『ソビエツカヤ・ロシア』が、浅間型航空戦艦に匹敵するスペックを持っているのが気がかりではあるが……。


 有馬は通信参謀に言って、T艦隊司令部へ確認させる。その答えは、半ば予想されていた通り、当初の計画を遂行せよ、であった。


『敵の新鋭空母が、ヴィルヘルムスハーウェン近辺で、こちらを探してくれるなら、むしろ時間稼ぎができて好都合。敵の空母は、無駄に捜索させておけ』

「……仕方ありませんね」


 有馬は、空母に帰還してきた艦載機の編隊を眺め、小さく頷いた。

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