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第六七七話、急造転移艦『弥佐丸』と『八月丸』


 突然、目の前から3万6800トンの巨艦が消えれば、驚くものである。

 これが事前に、『転移をする』と知らされていた上での行動であったなら、ほとんど混乱はなかったであろう。


 この消え方を転移であると気づけた者は、残念ながらいなかった。目の前にゲートがあるわけでもなく、通知もなく消えれば、それが転移であると認識できなかったのである。

 ポース級転移装甲艦の転移照射装置を実際に見たことがある者がいなかったことも、それを後押しした。


 そう、この消失は、転移照射装置の仕業である。

 ただし使用しているのは、日本海軍であり、遮蔽で姿を隠しつつ、船首側甲板に据えられた転移照射装置を使っているのは『弥佐(やさ)丸』と『八月(やつき)丸』だった。

 魔技研が改修したこの2隻は、封鎖突破船と呼ばれる高速輸送船であったが、T艦隊参謀長の思いつきである急造転移艦となった。


「まったく、このまま気づいてくれるなよ……」


 急造転移艦『弥佐丸』のブリッジで、魔核によるコントロールを行っていた羽田 五郎太大尉は呟いた。


 封鎖突破船として、敵から攻撃されることも想定されているこの船は、防御障壁を装備している。しかし、遮蔽装置で隠れている間は、障壁は居場所をわからせてしまうリスクがあるため使用できない。

 それを除けば、装甲など無きに等しい輸送船である。それで敵艦隊のど真ん中を通過するのは、裸で町中を歩くようなものだと羽田は思った。……もちろん、羽田にはそう言った露出性癖はない。


 弥佐丸は、元の名前を『八坂丸』といい、日本郵船の貨客船だった。川崎神戸造船所で1913年に起工、翌年に進水、そして竣工した。しかしさらに翌年の1915年、地中海にて潜水艦の雷撃で撃沈されたものである。

 1万932トン、垂線間長153.9メートル、船幅19.35メートル。もとは最大速力16ノット程度だったが、現在は軍艦用マ式機関により、30ノットが発揮可能な高速船となっている。


 遮蔽と高速力で、敵の警戒を抜け、いざとなれば光線砲による一撃撃破、離脱を目的として使われるはずだったこの船は、今は船首の光線砲を撤去し、転移照射装置が搭載されている。


「やべぇ、ちびりそうだ……」


 魔核制御操船中の羽田である。クルーは彼を含めてもわずか4人しかいない。その操船においても、ほぼ羽田がひとりで動かしている格好だ。

 しかし周りは、イギリス製とはいえ、異世界帝国艦隊だ。戦艦、空母、巡洋艦に駆逐艦がうようよしている。気づかれたら、間違いなくタコ殴りにされるだろう。


 神明参謀長の立てた作戦は、単純明快だ。

 遮蔽を使い、弥佐丸と八月丸は、敵艦隊に正面から突入し、指定列の敵艦に転移ビームを照射するだけ。目視不可の光線を照射されて転移するのにおよそ5秒。その間、敵艦を捕捉し続けたら消えるので、次の標的を狙う。

 羽田と、八月丸を操船する今村中尉は、敵艦に衝突しないよう気をつけながら進み、指定対象に転移照射をさせるだけでよかった。


 万が一、敵に察知された場合は、即時転移で離脱せよ、と命令されている。危険を感じたら、現場の判断で逃げてよいというのはありがたいことだが、そのラインを見極めるのは慎重さが試される。

 撃たれたら致命傷の可能性もある脆さがある船なのだがら、判断の遅れは禁物なのだが、たまたま砲がこちらに合ったからといって、気づかれていないのに逃げるわけにもいかないのだ。


 だが今のところは順調だった。中央の五列横陣、その左側二列の間を抜けている『弥佐丸』である。

 ちなみに右側二列の間を抜けているのが、僚艦である『八月丸』である。


 八月丸は、日本郵船貨客船『榛名丸』という。

 こちらは三菱重工長崎造船所で建造され、1921年に竣工している。そして今次大戦となった1942年7月に横浜へ物資輸送中に濃霧に巻き込まれて座礁、船体が切断され沈没してしまった。


 これを魔技研が改修し、封鎖突破船に改造。今回、急造転移艦に小改造された。

 全長158.5メートル、全幅18.9メートル。排水量1万421トン。機関の換装で16ノットから30ノットになったのは、弥佐丸と同じである。


『弥佐丸』は、これまでのところ戦艦『ヴァンガード』、オーディシャス級空母『イーグルⅡ』、コロッサス級空母『グローリー』を転移照射装置で、ここではない場所、とある無人島に転移で吹っ飛ばした。


 今頃は陸地に衝突し、大破。さらに追加で降ってきた空母がぶつかり、大爆発を起こしている頃だろう。突然の衝撃と追加の衝突で、乗員のほとんどが体を強打し死亡する。事前に警報が出ていれば衝撃に備えることもできるだろうが、突然転移させられ、意識する前に衝突では無防備な死を迎えることになる。そして大破した艦艇は、回収、魔核で修理する――という段取りとなっている。


「おっと、次の標的は――」


 羽田は、『弥佐丸』の右舷側をゆっくりと通過しつつあるコロッサス級空母――『トライアンフ』に、船首の転移照射装置を向けた。


 時間があったなら、船首と船尾に一基ずつ搭載したかった転移照射装置だが、急な仕事ゆえ、船首の一基のみの工事だけで出撃となった。それがなければ、エネルギーの充填効率から、倍の敵艦を転移させられただろう。


 作戦は、一航過のみ。遮蔽で隠れている僚艦と行動しているので、反転して味方と衝突しても困るということで、まっすぐ敵艦隊を抜けるよう言われている。

 急な作戦ゆえ、神明少将も複雑な手順を嫌ったのだろう。無茶な作戦を発案するが、実行者に無茶はさせない方向でやるのが、あの人らしいと羽田は思う。


「転移照射装置、照射……!」


 ブリッジには他に誰もいないが、羽田は宣言するように言った。不可視の光線は、コロッサス級空母の一隻――『トライアンフ』へと伸びる。


 このコロッサス級は、イギリス海軍が建造した戦時急造空母だ。堂々たる島型艦橋を持つため、正規空母のようにも見えるが、実際のところは軽空母である。

 イラストリアス級を小さくしたようなスタイルで、基準排水量1万3600トン、全長211.8メートル、最大幅24.38メートル。機関出力4万馬力、最大速度25ノットと、日本海軍でいえば、龍鳳型に近い。

 ただし艦載機は37機とも48機とも言われ、日本海軍の軽空母より機体数は多い。


 隠れたまま、『弥佐丸』は目標としていた空母3隻の転移を完了させた。このまま直進すれば、次は後続する軽巡洋艦になるが――


「そろそろ、厳しいか……?」


 転移なのを知ってか知らずか、敵艦隊の列に変化が見られている。特に巡洋艦、駆逐艦が消えた戦艦、空母のいた海域へ速度を上げて急行しはじめているため、遮蔽している『弥佐丸』や『八月丸』に気づかず、衝突コースに入ってくる艦が出てきそうである。


「もう1隻――」


 防空巡洋艦――ダイドー級が、弥佐丸の近くを通過しようとしている。


「これで、最後だ!」


 羽田は、転移照射装置のエネルギー充填の完了を確認すると、全長は近くても、スリムな軍艦である防空巡洋艦に、転移照射を行った。

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