第六七四話、欧州偵察作戦
「異世界ゲートがあるのは、海上ばかりではありません」
軍令部第三部長の大野 竹二少将は、きりっとした表情で告げた。連合艦隊参謀長、草鹿 龍之介中将、軍令部第一部長、中沢少将、T艦隊参謀長、神明少将らが頷く。
軍令部の情報担当である第三部は、異世界帰還者からの証言を得ていた。
「欧州を制圧した後、そこに住む人々を異世界へ連れ去るためにゲートが設置されました」
わざわざヨーロッパからアフリカまで、地中海を横断していくのも大変であり、それならばとクレタ島に海上転移ゲートが作られた。
だが、それは、かなりの数の輸送船を地球人を運ぶ任務に投入せざるを得なくなり、ムンドゥス帝国の海上輸送部隊の負担が大きくなる。
であるならば、陸地にゲートを作り、輸送船を使わずとも異世界に連れ去れるようにした。
「その場所は、ポーランドの首都であったワルシャワにあるとされています」
ヨーロッパ、ソ連、北欧と乗り継ぎは必要だが、位置としてはそう悪いものではない。
「で、我々としては、そのゲートが今も使えるのか、確認したいというのが一つ」
大野は指をもう三本、立てた。
「二つ目は、偵察。空からではわからない、地上の調査です。証言では欧州の各首都は、その交通の利便性から、敵が相応の部隊を展開する大拠点となっています。しかし地方の集落など、住人が連れ去られた後の村や町はどうなっているのか、それらも調べたいと考えております」
打ち捨てられているのか、それとも敵の小部隊なりが警備を置いているのか。
「これも帰還者の証言なのですが、異世界人の人間狩りから逃げている者たちもいるようです。もっとも、これまでの敵の徹底した連れ去り具合からすれば、どれだけ残っているのか、甚だ疑問ではありますが」
三つ目、と大野は続けた。
「地上版、転移連絡網の設営です。地上用の転移中継装置を複数設置し、欧州においても迅速な部隊の移動などが可能なようにします」
すでに地上型転移中継装置については、日本軍の基地で利用されている。だが、戦地で用いる秘匿型については、オーストラリア無力化作戦『お号』作戦で、実用に耐えうるかテスト運用された。そして現状、問題なしと報告が上がっている。
「欧州で、我が軍が本格的な上陸作戦や進攻作戦をやるかについては不透明ですし、実行するかも怪しくはありますが、備えあれば憂いなし、とも言いますし」
「必要になるかもしれないなら、事前に仕込んでおいてもよいだろう」
中沢少将は言えば第一課、作戦課の山本大佐が後を引きとった。
「ワルシャワにあるゲートの扱いについて、戦況次第では利用するか、または破壊することもあるでしょう。転移連絡網は、無駄にはならないでしょう」
「実行部隊は、オーストラリアから引き上げてきた稲妻師団の偵察大隊を用いる予定です」
すでにお号作戦によって、異世界帝国のオーストラリア駐留軍は、各所で分断され、壊滅している。アヴラタワーは失われ、補給も援軍もなく、オーストラリアは異世界人にとっての死の大陸と化した。
「正直に言って、敵陸軍は欧州全体に散っており、さらに後方ともなれば、かなり隙があると思われます。遮蔽装置を用いた虚空輸送機によって、広い範囲の調査を行う予定です。それで問題になるのは――」
「どこに偵察大隊を上陸させるか、だな?」
草鹿が地図を見やる。
「海には、旧式混じりとはいえ、敵の地方警備の現地艦隊があって、もし悟られでもすれば、攻撃してくるだろう」
「はい。ですから、T艦隊には、陽動を兼ねて、それら現地艦隊を叩いてもらいたい」
大野が、神明T艦隊参謀長に頷いた。
「最初は、T艦隊が暴れていた地中海のどこかからの上陸も考えたのですが、クレタ島から新たな艦隊が現れ、さらにジブラルタルから地中海に有力な機動部隊が動いているとなると、候補からは外すべきかと」
敵がT艦隊を探して警戒機を飛ばしまくっているだろう地中海に入り込むのは、賢明とは言えない。
「そうなると――」
草鹿に続き、中沢、山本らの視線が、地図上のポルトガル・スペイン、またはフランスの西海岸に集まった。
「ビスケー湾辺り、ですか」
「近くに、ブレスト港があるのが気になるが……」
フランス海軍最大の軍港であり、第二次世界大戦でドイツが占領、今は異世界帝国に支配されている。
「確か、そこに艦隊があったよな?」
中沢の確認に、山本は頷いた。
「ええ、規模は小さいですが、一応。しかし、イギリスや北海、北欧の艦隊に比べれば弱体ですが」
弩級以前の旧式戦艦2隻、装甲巡洋艦3隻を含む巡洋艦数隻と、駆逐艦で構成されるブレスト艦隊。T艦隊が、スペイン製の弩級戦艦と巡洋艦を沈めたために、大幅に弱体化している。
「ただ、ドイツが潜水艦基地をビスケー湾に複数置いていましたから、そちらも気がかりではあります」
ブレストはもちろん、ロリアン、ラ・パリス、サン・ナゼール、ボルドーに、ブンカーと呼ばれるUボート用の防空施設を建設していた。
空襲に対する強固な傘で補給や整備を受けた潜水艦は、そこから大西洋に出て猛威を振るったのであった。
もっとも、異世界帝国軍は、先のアメリカ東海岸、カリブ海に大潜水艦隊を繰り出したことで、実は想定規模より少ないのでは、とも指摘されていたりもする。
「どの道、北海や北欧を選ぶなら、そこの現地艦隊を牽制しないことには、上陸は無理でしょう」
であるならば――神明はフランス、ブレスト港を指した。
「ブレスト港を叩くのも、充分、選択肢になります」
「懸念もあります」
山本はビスケー湾の西、大西洋を南へ行くルートをなぞった。
「イギリスから出てきた機動部隊が、ブレスト襲撃に反応して引き返してきた場合、敵の索敵に上陸部隊が引っ掛かる可能性も考えられます」
「それでなくても、ビスケー湾にいるのを陸上から通報されて、機動部隊が向かってくる可能性もある」
草鹿もわずかに眉をひそめた。
「陸上から目撃されるのは、どこでも同じではあろうが、近くに有力な敵がいるというのは、リスクが高い」
「で、あるならば――」
神明は、敵機動部隊の南下ルートを示した。
「このままジブラルタル経由で、敵機動部隊を地中海に入れた後に、上陸作戦を決行すれば、即時引き返すのは難しくなるでしょう。仮に戻ってきても、その頃には上陸部隊を運んできた艦隊もとっくに離脱しています」
「どうだろうか?」
草鹿は、中沢、大野を見た。大野第三部長が頷くと、作戦担当の中沢第一部長も了解した。
「それでよろしいかと思います」
稲妻師団の偵察大隊を上陸させる作戦の大筋が決まった。すでに部隊を運ぶ揚陸艦の手配と、その護衛部隊について編成は完了していると大野は言った。後は細部を詰めて、実行するだけである。
神明はポツリと言う。
「敵の機動部隊……ジブラルタルを通過する辺りで、ちょっとダメージを与えておきたいところなんですよね。ジブラルタル港か、セウタ辺りで足止めできたりできないものか……」
そこで被害が出れば、さらに大西洋に戻るのに時間を稼げる。
「イギリスも、空母が欲しいだろうしな……」
何やら企んでいる顔をする神明。先ほどから黙って聞いていた白城情報参謀は、また何かやらかすつもりなのだろうと察するのだった。