第六七三話、地中海ゲートを如何する?
地中海に、ムンドゥス帝国の正規軍が現れた。
T艦隊偵察機の報告は、ただちに内地の軍令部ならびに連合艦隊に知らされた。
この世界において、異世界人の主力艦隊はことごとく撃破されてきた。紫の艦隊と、赤の世界と呼ばれるルベルの赤い艦隊以外は、地球各国海軍の艦艇を鹵獲、あるいは回収したものばかりの、現地守備艦隊しか残っていなかった。
その状況の中、いつかは現れると思っていたムンドゥス帝国の主力艦隊が、地中海に現れた。
すわ敵の大反攻か、と内地がざわつくのは仕方のないことだった。
軍令部にて、軍令部第一部長、中沢 佑少将、連合艦隊司令部から参謀長の草鹿 龍之介中将、T艦隊参謀長、神明 龍造少将が集まり、今後の対応を話し合う。
なお軍令部側には、第一部第一課長の山本 親雄大佐、連合艦隊司令部からは先任参謀である渡辺 安次大佐、T艦隊から情報参謀の白城 直通少佐が同じく参加している。
「連合艦隊司令部としては、今回の敵について先遣艦隊の可能性を憂慮している」
草鹿中将は、一同を見回した。
「このまま放置しておくことは、さらなる増援を呼び込むことに繋がる。地中海の異世界ゲートについては、破壊すべきと考える」
そうすれば敵の増援によって、数が増えるのを阻止できる。
「いずれ英米が実行するだろう欧州奪還作戦において、敵の規模がこれ以上拡大するのは望ましくないと判断する」
イギリス、アメリカが手に負えなければ、日本海軍、つまり連合艦隊にもまとまった戦力を大西洋に派遣しなくてはならなくなる可能性が高い。その負担を軽くするためにも、欧州の異世界戦力増強は阻むべし、と連合艦隊側は主張するのである。
対する軍令部側は――
「地中海のゲートを破壊するだけで収まりますかな?」
中沢少将は言った。
「敵は南アフリカにも異世界ゲートを設置しています。地中海ゲートが駄目ならば、そちらから戦力を送り込んでくるだけのこと。結果として、多少日時のズレはあれど、送られてくる数自体は、変わらないのではないでしょうか」
「加えて――」
第一部第一課長の山本が口を開いた。
「現在、練成中の義勇軍艦隊が、アフリカ大陸ゲートを用いて、ルベル世界への侵入を計画しています。そのため今、地中海ゲートを封じてしまうと、アフリカ側に敵が回ってしまう可能性が高くなります」
そうなれば、異世界の情報収集と、ムンドゥス帝国打倒の策を欲している軍令部としては、戦争のさらなる長期化、あるいは日本が戦争に耐えきれずに国家として潰れてしまう未来も予想された。
「T艦隊としては、どう考えるか?」
草鹿が、神明に話を振った。
「現場の戦力は、君たちだ。今後、どう動くつもりだ?」
「現状は、偵察ならびに、敵の弱いところをついて、漸減を図る方針に変わりはありません」
神明はきっぱりと告げた。
「ゲートから出てきた艦隊と正面から戦う力はT艦隊にはありません。故に隙をみて、少しずつ敵を削りつつ、地中海以外の戦域に移動し、そこを荒らし回ります」
地中海から出てきてイギリス本土に向かった敵機動部隊が、また地中海に戻ってくるという偵察情報があるので、手薄になったイギリスの駐留艦隊を叩くか、北海、もしくは北欧の敵艦隊辺りを叩こうと思っていると述べた。
中沢が問うた。
「T艦隊としては、地中海ゲートについてどうするか、考えはあるのか?」
「ありません」
神明はあっさりと答えた。
「ゲートの扱いについては、内地で決めることであり、あからさまに敵の超兵器が持ち込み、これを阻止しないと世界が危ない――という事態でもない限りは、静観します」
先の義勇軍艦隊の作戦など、知らないところで進んでいる作戦の前提を潰したりしないよう、ゲートには手を出さないつもりのT艦隊である。
「では、敵がこのまま地中海に戦力を送り込んだ場合――」
草鹿は言った。
「手がつけられないほどの数となったら、どうするつもりか?」
「その時は、紅海とジブラルタルを封鎖して、出てこられないようにするしか、ないでしょうね」
神明の発言に、山本が、あっ、と声を上げた。
「先日、神明少将が第二部の黒島部長に持ち込んだ、超戦艦を利用した海峡封鎖艦ですか!?」
「なんです、それは?」
渡辺が問うた。山本は、海峡封鎖、もしくはゲート守備のための装甲防御艦の案について、大まかに話した。それを聞いた草鹿は腕を組んだ。
「そうか、その装甲艦で、敵の通り道を塞ぐことで、敵を地中海から出さないようにするわけか」
「確かに、敵がどれだけ地中海にやってきても、外に出られないのではしょうがない」
中沢は頷いた。会議場が、少し和んだ雰囲気になったが、しかし神明は冷水を浴びせる。
「その時は、異世界ゲートも破壊する必要がありますが」
「……うん?」
「地中海に敵を封鎖した場合、ゲートでルベル世界へ行き、別の異世界ゲートを使えばこちらの世界に戻ってこれますから。……完全に封鎖するのであれば、当然、地中海のゲートは破壊しなくてはならない」
「連合艦隊としては、T艦隊参謀長の案に賛同するものである」
草鹿は、泰然と言い放った。元々ゲートを破壊したい派である連合艦隊である。その意図は、こちらが交戦するだろう敵が少しでも減ることなので、どのような形でさえ増援が来なくなるなら、それでいいのである。
中沢は腕を組み、山本が上司である部長の顔を見やる。
連合艦隊司令部は、当面のゲート破壊案を見送った。もちろん、必要であれば破壊するという態度ではあるが。
中沢は少し考え、やがて腕を解いた。
「状況を見る必要がある。地中海に新たに現れた敵は、T艦隊からゲートを守るための守備艦隊という可能性もある。故に現状ゲートに関しては、そのままということで、軍令部作戦部も、T艦隊参謀長の案を支持するものである」
会議は一致を見た。話し合うべき議題は消化したが、だが誰も席を立たず、T艦隊が収集した欧州の敵情の最新状況の説明会に変わった。
白城情報参謀が、欧州地図を前に判明している敵艦隊の配備、戦力について解説を行う。草鹿や中沢は、神明に確認しつつ、次のT艦隊の攻撃目標について、それぞれ思うところを口にした。
そうやっている間に、会議室に、第三部長の大野 竹二少将が顔を出した。
「まだしばらく、かかりそうですか?」
「何かあったのか?」
第一部長の中沢が尋ねれば、大野は頷いた。
「神明少将に、欧州偵察部隊の上陸作戦について、T艦隊側の意見を聞きたいと思いまして。……もちろん、そちらの会議が終わった後で」
「ちょうど、欧州の敵情について話していたところだ。君も加われ」
空からの偵察ではなく、実際に地上から偵察する欧州上陸作戦――前々から、T艦隊と軍令部第三部とすり合わせが行われていた作戦ではあるが、いよいよ第三部としては、実行に移したいと考えていた。