第六七〇話、トンデモ計画案――超巨大戦艦活用法
T艦隊は転移を活用し、地中海での攻撃を継続した。
軍港二つを破壊し、三十もの飛行場を一時的にでも使用不能に追いやった。
司令部は、次の攻撃目標について検討する一方、小規模部隊による地中海の通商破壊活動を行った。
・第一部隊:大型巡洋艦「筑波」、軽巡洋艦「奥入瀬」
・第二部隊:重巡洋艦「大笠」「紫尾」
・第三部隊:空母「翔竜」、駆逐艦「朝露」「夜露」
・第四部隊:軽空母「雷鷹」、駆逐艦「細雪」「氷雪」「早雪」
・第五部隊:潜水艦「伊701」「伊702」「呂401」「呂402」「呂403」
・第六部隊:航空戦艦「八雲」、駆逐艦「雨露」「露霜」
これらを地中海にばらまいた転移中継ブイを活用し、ローテーションを組んで投入する。有力艦隊や航空攻撃には転移離脱。それ以外の警戒艦や輸送船を、発見次第沈めていく。
決して無理はせず、しかし、異世界帝国軍としては、依然として日本軍が存在していることをアピールする。
これで余所から戦力が、地中海に送られればよし。そうでなければ、地中海の敵を徹底的に弱体化させていくのみである。
第二次世界大戦序盤、ドイツ海軍が、イギリス相手にやった水上艦部隊による通商破壊戦を、地中海でやっていく。
・ ・ ・
T艦隊参謀長、神明少将の姿は、九頭島ドックにあった。
現在、急ピッチで戦力化を進めている巡洋戦艦『武尊』の進捗の確認。そしてT艦隊で運用できる戦力がないか、発掘作業を進めていた。
その一つ、地下秘密大倉庫区画に、神明は、魔技研の志下保大佐といた。
「――途方もない大きさだ」
「ですが、これでも『日高見』よりは小さいですよ」
神明が例を出して比較したそれ――カルカッタで、ゲート艦艇を用いて転移してきた超巨大戦艦『レマルゴス』、その破壊されたスクラップも同然の残骸が大倉庫区画に鎮座していた。
「全長は600メートルほど。金田秀太郎中将の考案された50万トン戦艦のようだ」
神明が、巨大戦艦の残骸を見上げれば、隣で志下も同じく見上げている。
「一説には全長1キロ以上だった、という説もあるそうだ……」
諸説あり過ぎて、真実がどれかはわからない。もっとも、どの説だろうが実際に起工できなかったのは間違いないが。
なお、『レマルゴス』の諸元は、全長619メートル、全幅96メートル。基準排水量60万トンである。
「さすがに、これを修理しても使い道はないだろうが」
「確かにそのままでは運用は難しいでしょうが……」
神明は淡々とした調子で言った。
「改造すれば、使えるのではないかと考えています」
「というと……?」
志下は無表情ながら、関心を示す。
「あくまで試案なんですが、海峡をこのデカブツで封鎖できないかと」
「ほう……」
「今、T艦隊は欧州で活動していますが、例えばバルト海だったり、黒海――ボスポラス海峡辺りを封鎖できないかと考えています」
異世界帝国は、艦隊を分散配置している。その中で、バルト海や黒海などの閉じられた環境にいる艦隊もある。これらを外に出さず、封じ込めるができたなら、イギリスの本土奪回作戦の障害を減らすことができる。結果的に、T艦隊自体の行動もよりやりやすくなる。
「順当に考えれば、機雷で封鎖なのでしょうが、敷設のための戦力だったり、機雷を用意したりと、敵地近くでそれを継続するのは中々骨がいります」
たとえばソ連海軍は、バルト海でドイツの小型艦と機雷の敷設や掃海を日常的にやっていて、異世界帝国が乱入してくるまでは、そこでの小競り合いに終始していたという。
それを真似るとなると、こちらも相応の戦力を貼り付ける必要がある。いざとなれば転移離脱で逃げることができるとはいえ、転移と機雷封鎖は相性が悪い。
そもそもそちら方面で鹵獲された駆逐艦などの小型艦は、機雷を敷設能力を普通に持っていて、それを掃海する能力もそれなりに有している。
「それならばいっそ、防御障壁で固め、三連光弾砲のような障壁貫通兵器を持った、この超巨大戦艦のようなもので海峡のど真ん中に放り込んだらどうか、と思ったわけですよ」
「……ほう、なるほど」
志下は、『レマルゴス』の残骸を睨んだ。
「海峡封鎖戦艦か……。三連光弾砲を主砲に据えるとなると、艦体各所の砲をそれに置き換えるのか?」
長砲身40.6センチ連装砲五十五基、一一〇門を装備している。三連光弾砲は、エネルギー炉が、通常の弾薬庫より大きくなるため、スペース的には、砲の数が減ることになるだろう。
「いえ、対地砲撃はしない、あくまで海峡封鎖に限定しますので、主砲は前方と後方に向けられるようにし、側面の砲は高角砲を兼ねた副砲に置き換えます。それで開いたスペースは、防御障壁や、エネルギー用動力炉などを置きます。……何なら航空機の格納庫や飛行甲板もありかもしれません」
全長600メートルもあるのだ。艦首と艦尾に、三連光弾砲を割り当て、艦中央部の砲だったスペースを整理すれば、正規空母を丸々収められる分を確保できるのではないか。
何せ一番広い幅が96メートルもあるのだ。通常の空母の飛行甲板の二枚は、余裕で配置できるだろう。
「海峡に立て篭もることを考えれば、低速のままでも全然構わないわけで、機関のスペースはそのままで」
「防御は、防御障壁に頼るわけだな?」
「いっそ、遮蔽装置を載せて、ふだんは潜伏しているというのはどうでしょう? 敵艦が通過しようとしたところを、近距離から光弾砲を撃ち込む。射程の都合からも、敵が近づいてきたところを叩けるように」
「ふむ……。しかし神明君。その不意打ちも最初の一回だけではないか? 姿を隠しても、そこにいるとわかっていれば、遠距離から戦艦主砲だったり、航空機が殺到するのではないか?」
「転移で移動すればよいのです」
神明は言った。
「敵の艦隊が通過しようとしている時にだけ、転移で移動し、待ち伏せます。一度やられた敵は、躍起になってそこを攻撃するでしょうが、転移で逃げてしまえば、敵に弾薬の浪費を強要できるかもしれません」
「君が言うと、変に説得力があるのは何故だろうな……?」
志下は首をかしげる。
「普通に考えれば、こんな馬鹿げた戦艦を作ろうとは思わないが、異世界人はこれを作ってしまった。そして魔技研の技術がなければ、改装も無理という規模にも関わらず、まあやろうと思えばできてしまうわけだ」
しかし――
「これは、軍令部が承認すると思うかね?」
「黒海の艦隊をボスポラス海峡ないし、ダーダネルス海峡を閉じ込めることができる、と聞けば、検討の余地はあると思いますよ」
神明は断言した。事実、案を出すはいいが、それを実戦に間に合うか、という問題はあるが、魔核による再生と改修を用いれば短期間で戦力化が可能だから始末が悪い。多少他の作業が遅れることになるが、外国勢力との共闘策に前向きな軍令部ならば、話に乗ってくる可能性は充分にあった。