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第六六三話、世界の状況と次のT艦隊の目標


 栗田 健男中将は、意外とおしゃべりな人物だ。

 参謀長である神明が連合艦隊司令部、そして軍令部まわりを終えて停泊中の航空戦艦『浅間』に戻ると、栗田は後部甲板で、兵たちがとる相撲を見ていた。


「長官、ただいま戻りました」

「おう、ご苦労さん」


 栗田は手を挙げた。


「どうだった?」

「まずはどちらから話しましょうか?」

「ん、連合艦隊の方から聞こうか」


 わかりました、と神明は頷いた。


「連合艦隊は7月中を目処に再編成を終えて、8月からは作戦行動に移りたいようです」

「ようやく編成と訓練が終わるかぁ」


 栗田は、やはり相撲の練習風景を見ていた。


「で、連合艦隊はどんな作戦を考えているんだ?」

「方針は固まっていないのですが、敵に大きな動きがなければ、マダガスカル島の攻略――例の赤の艦隊と、居るならば紫の艦隊も葬りたいようです」

「赤の艦隊は、重巡洋艦級が300隻はいるんだったな」


 レユニオン島の転移ゲートは記憶に新しい。それより前に、すでにその数の敵がこちらに来ていたが、さらなる増援はゲートの破壊で、防ぐことはできた。

 だが、異世界帝国がそのままでいるとも思えない。


「8月まで動かないと思うかね?」

「動くとすれば、セイロン島方面となりますが、連合艦隊司令部としても、その前にケリをつけたいという空気がありました」


 神明は視線を彷徨わせた。


「聞けば、二機艦の山口中将が、現状の戦力でマダガスカル島に航空攻撃をかけたいと司令部に打診しているとか」

「再編前に、か。……へえ。彼も、8月まで敵が大人しくしているわけがない、と考えているわけだ」

「長官もですか?」

「おれ? おれは……うーん、わからんなぁ」


 栗田はぼかした。


「方針が固まっていないと言っていたが、他にも連合艦隊が攻撃すべきと考えているところがあるのか?」

「軍令部が、大西洋方面に戦力を送りたがっているので、その一環ですね」

「あぁ、英国奪回作戦というやつだな」


 栗田は薄く笑った。

 カナダに亡命したイギリス政府は、レンドリースを受けて、本国から撤収する際に行動した護衛艦隊を加えて、本土奪回のための準備と計画を進めている。


「軍令部は欧州奪回を進めたい、と。……我々T艦隊が、欧州の敵の漸減をチマチマやらされているのも、それ絡みなんだろうけど」


 栗田は顔を上げる。


「日本にとって、メリットがあるのかな?」

「日英の友好関係の強化。異世界帝国と戦うパートナーとしての連帯。戦後社会に向けての貸し作り」

「耳によい話ばかりではないわな」


 政治だな、と、どこか溜息混じりに栗田は言った。あまり政治的な話題は乗らないようだった。海軍軍人は政治に口出ししない向きがあって、栗田などはバリバリの現場人間なので、特にそうなのかもしれない。


「実際に貸しを作るのは、欧州に上陸する分には融通が利くようになると、軍令部は考えているようです」

「まさか枢軸絡みで、欧州に大日本帝国の旗を立てようとか?」


 ドイツやイタリアも、すでに異世界人たちの土地となった。


「それはないでしょう。そんな遠い場所に行かずとも、異世界帝国によって空き家となってしまった土地は、近場にもいくらでもありますよ」

「それもそうか」


 軍令部が欧州に上陸するというのは、敵占領下の情報収集と、異世界ゲート周りの確保などが絡んでいる。

 これはT艦隊の任務の中に、偵察部隊の支援というものがあり、軍令部第三部からの強い要請とも関係してくる。


「異世界ゲート、か」

「帰還者の証言からも、欧州にいくつかあるゲートを通じて異世界に連れ去られたとありましたから。この戦争に決着をつけるための鍵になる可能性も高いと思われます」

「そのために、T艦隊は大西洋や欧州の敵を漸減していくわけか」


 そこで栗田は思い出した。


「そういえば、アマゾン川の敵の要塞だか都市の件はどうなった? カリブ海で暴れまわった潜水艦隊の残党が逃げ込んでいるらしいが」

「軍令部としては、当面、現地の様子を監視するつもりのようです」

「監視ねぇ……。攻撃はしないのか?」

「転移ゲートがあるかまだわかっていないので、マナウスの水上要塞とそこを出入りする艦艇を監視して、その有無を確かめるつもりのようです」

「見慣れない敵艦が複数現れれば、転移ゲートがある可能性が高い、というわけか」


 異世界からの増援の可能性。現在、異世界を往来できるゲートの扱いについては、軍令部も慎重に対応するつもりのようで、今は監視に留めるつもりらしい。


「厄介なのが来ないといいんだがね……」

「ゲートがあるか、まだ確定していませんからね」


 神明は気休めを言った。栗田は振り返る。


「では、我々は引き続き、欧州で暴れまわる、それでよいか、参謀長?」

「はい。軍令部、連合艦隊とも、それを望んでおります」

「……これが中々骨ではあるんだがね」


 栗田は自嘲した。


「偵察で敵情が積み重なるにつれて、現地戦力も決して油断できないものだとわかってきている」


 第一次世界大戦で沈んだ艦艇を回収して戦力化していると思われた異世界帝国欧州駐留軍。当初は時代遅れの艦が束になったところで、こちらの敵ではないと考えられた。

 しかし、転移中継ブイの設置と、彩雲による長距離偵察で、段々敵の防備と戦力が判明してきた。その結果、強力な脅威になることがわかった。


「地中海から出てきたイギリス製の新造艦隊だけでなく、ソ連が建造を中断していた艦まで完成させていたそうじゃないか」

「ソビエツキー・ソユーズ型戦艦……。帰還者の証言曰く大艦隊建造計画の遺産ですね。独ソ戦が始まったことで建造が中止されていたものを、異世界帝国が戦力化した――」

「ソ連も、作りかけのものを放置せず解体してくれていれば、敵に利用されることもなかっただろうに……。面倒を増やしてくれたよ」


 空母こそ確認されていないが、ソ連製の新造戦艦、巡洋戦艦をはじめ、巡洋艦、元から保有していた駆逐艦などがそれなりの規模でバルト海と黒海に存在している。


「北海、バルト海、地中海、黒海、そして大西洋……。敵の戦力はそれぞれ有力なものと言えます。仮に英国奪回作戦が実施されることになり、これらの現地艦隊が集結して迎撃してきたなら、新旧含めて、手がつけられない数になるでしょう」

「だからこそ、今のうちに各個に叩いておけ、ということだな」


 わかっていても、栗田の表情は優れなかった。またぞろ上から面倒を押しつけられた、という顔である。


「さて、参謀長。どこから叩くか、作戦会議といこうじゃないか」

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