第六五七話、円盤兵器への対策は
「――そちらも大変そうですね」
樋端 久利雄航空参謀は、T艦隊の神明参謀長と一対一で向き合うとそう言った。
旧式ばかりと思われた欧州の敵だが、思いの外、新型艦が多く、普通に異世界帝国製の艦隊に遜色のないレベルにある。
「異世界帝国の正規の増援は確認されていないが、敵は地球のものを接収、再生することで、うまく不足を補っている」
現状、油断できる要素はないと神明は告げる。ここで異世界帝国の大艦隊が現れた日には、日米双方にとっても脅威である。
大西洋にいけば米国、地中海からインド洋に出れば日本が対応することになる。
「そのためにも、T艦隊には欧州で暴れまわるってもらいたいところです」
地中海から大西洋に、イギリス製新造艦で構成された艦隊が出てきたことも、T艦隊の陽動が活きているかもしれない。これがもし紅海を抜けてインド洋に出たらと思うと面倒この上なかった。
「それで貴様が私に会いにきた理由を聞こうか」
神明が尋ねると、樋端は頷いた。
「神明さんは、ワシントンD.C.が敵の新兵器によって攻撃を受けたという話は、ご存じでしょうか」
「よくは知らない。攻撃を受けたらしいという噂程度しかな」
「そうですか」
正直に答えると、樋端は米国からの情報、敵の飛行する巨大飛行物体――通称『円盤』について説明を始めた。
「米軍も情報を渋っているのか、あるいはわかっていないのか。正確なところは不明な点が多いのですが――」
直径150メートルほどの円盤上の物体が、おそらくマ式と思われるエンジンで推進し飛行している。他に浮遊させる装置があるのでは、という説があるが、定かではない。
厚い防御シールドを備え、米航空隊の連続攻撃にもビクともしなかった。
「武装は、対空・対地の両用の光弾砲が20から30門。円盤上面と下面に光線砲を4門ずつ備えているようです」
樋端の目が光った。
「そして、下面に熱線砲と思われる大出力光線兵器を1門。ホワイトハウスがこれで吹き飛んだとか」
強力な武装である。光線、光弾兵器ばかりなのは空中での反動をさほど気にしなくていいのと、弾道の正確性か。目視できる範囲のものなら、実質攻撃できるのが、これらの兵器の利点だ。
逆に障害物の陰などに隠れられれば、その障害物が吹き飛ばされない限り、攻撃を当てられることはない。
「速度はわかるか?」
「米軍の報告では250ノット――時速463キロは出ていたそうです」
「直径150メートルの物体にしては速いな」
「ええ、一式陸攻よりも速いですよ」
戦闘機であれば余裕で追いつけるが、低速である爆撃機などでは追いつけない機種も少なくない。
「なるほど、既存の技術とは異なる何かがあるのだろう」
そんな巨大な物体を高速で飛行させるとは、驚異の異世界技術である。
「異世界からの帰還者たちで、その兵器について知っている者はいたか? 確認はしたのだろう?」
「はい。しかし、空を飛ぶ大型円盤の情報はありませんでした」
帰還者からの収穫はなし。まったく未知の敵だということだ。
「軍令部も海軍省も、何なら陸軍でさえ、この飛行物体が内地、それも帝都など大都市を襲撃してくるのではないかと、戦々恐々としています」
「帝都が攻撃されるかもしれない――それだけで、上層部はかなり嫌がるだろうな」
無理もないことだ、と神明は思う。軍令部と連合艦隊で意見が割れた時も、軍令部は、帝都が敵に攻撃されたらどうするのか、というのを反対材料によく用いていた。
「それで、ご相談なのですが、米軍が仕留めることができなかった敵が、間を置かず日本に現れた場合、どう対処するのが最善か、神明さんの意見を聞かせていただきたく」
「……それで作戦行動中の艦隊にいる、私に聞きにくるとか」
内地も切羽詰まっているのだろう。あるいは現状取れる対策に、不安が付きまとっているのかもしれない。
「防御障壁があるなら、転移誘導弾で撃墜する――というのは、私が言うまでもなく、準備をしているのだろう?」
「はい。問題は、対艦誘導弾で破壊できないほどの重装甲だった場合、撃墜できず、敵に攻撃を許してしまう恐れがあることです」
「案外、あっさり落ちるのではないか?」
「楽観はすべきではないと思います。現に、米軍は円盤の障壁を突破できませんでした」
量産がきかない分、特殊な超装甲などが使われていないとも限らない。
しかし本体の軽量化のために装甲はほとんどなく、その分を障壁で補っているとも考えられる。
だがこれは推測なので、備えるという意味では、強固な装甲があると仮定したほうが無策よりも断然よいだろう。
「それで、転移誘導弾で撃墜できなかった場合の次案が欲しいところなのですが、何かありませんか?」
「……」
はい、そうですか、と都合よく案が閃くものか。とはいえ、その思考はすでに動き出している。戦場では待ったなし。よい悪いは別にして、行動するために素早く考え、行動する能力が必要だ。それにはアドリブ力が試される。
「一応ですね」
樋端が言った。
「東京湾に、『浅間』を置いて、帝都にやってきた円盤を、三連光弾砲で撃ち落とそうという案もあります」
40.6センチ三連光弾砲ならば、防御障壁を貫通し打撃を与えることができる。戦艦級艦砲だから、対艦誘導弾よりも撃墜できる可能性はある。だが――
「問題は、当たるかどうかだ」
「そうなんです」
光弾砲は命中率が高い。しかし、戦艦主砲では、高速移動する飛行物体の動きに追従は難しい。正面から一直線に向かってくるならば可能性もあるが、普通に考えれば砲門が追いつかない。
それに、敵が東京湾以外の方向から来たら、この策は使えない。
「敵の動きを止めることができれば、光弾砲の弾速なら撃てれば当てられるだろうが……」
「直径150メートルほどの巨体をどう止めるのか……。そもそも、止められるのですか?」
「敵の進行方向上に、一式障壁弾で弾幕を形成、その障壁に数秒間ぶつけて、動きを阻害する」
「なるほど」
「だがこれも確実さには欠ける。それよりも……もっと簡単な方法が――」
神明はブツブツと呟く。レユニオン島で、ハルゼー中将の『エンタープライズ』を転移させたように、飛行機2機に転移ゲートを装備させて、円盤を潜らせる。……いや、それは高度や円盤の機動力によっては潜らせるのも難しい。そうならば――
「方法はある」
神明は素早く、その構想を頭の中で形に変えていく。
「突貫工事になるが、円盤の初手は防げないかもしれないが、確実に追い払うことができる」
樋端は息を呑む。
「それは……どのような方法で?」
「我々は、ベンガル湾で面白いモノを回収してね。……それを使う」