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第六五六話、新兵器アステール


 マダガスカル島、紫星艦隊司令部。


 ヴォルク・テシス大将は、地球征服軍から送られてきた報告書に目を通し、静かに笑みを浮かべた。

 秘書官のように控えていたフィネーフィカ・スイィ首席参謀は小首をかしげる。


「如何なさいましたか、長官。何か吉報が?」

「うむ、征服軍司令部は、アステールを実戦に投入した。アメリカの首都に一撃を加えたそうだ」


 ワシントンD.C.は火の海と化し、合衆国大統領が居住し、執務を行うホワイトハウスもまた破壊したという。


「それはようございました」


 すました顔でスイィ大佐は言った。


「抵抗するこの世界の住人には、さぞ大きなショックになったでしょう」

「首都を攻撃されるというのは、それだけインパクトがある」


 テシス大将は宙を睨んだ。


「本来守りの厚いはずの場所が攻撃されるということは、民に不安を植え付ける。さらに政府機関が麻痺したともなれば、自分たちの未来についても悲観的になろう」


 もっとも、この機に乗じて地球征服軍が総攻撃に移れないことは、歯がゆいとテシスは思う。

 日米を主力とする軍による抵抗で、ムンドゥス帝国地球征服軍は、戦力の再編を余儀なくされている。

 今回のアメリカ本土攻撃は、南米侵攻の主力である米軍を揺さぶり、征服軍の戦力が整うまでの時間稼ぎに過ぎない。


 ホワイトハウスへの攻撃も、米軍を動揺させ、その進撃を遅くさせる効果を狙ってのものだ。

 そして――


「アメリカと並んで抵抗する国、日本が健在だ」


 テシスはレポートに再び目を通す。


「征服軍のサタナス元帥は、アメリカ本土奇襲の間を置かず、日本の首都東京にもアステールによる攻撃を行うそうだ」

「まだ敵は、アステールの性能を知りませんから」


 スイィは告げた。


「まだ日本も対処できないと思われます。……むしろ、あの国のことですから、間髪を入れず攻撃を仕掛けるべきでしょう」

「私も同意見だ。日本は時間を置くと、アステールを用いた奇襲に対する備えをしてしまいそうだ」


 日本に対しては、初見でも対応してくる柔軟性と、こちらの想定を上回る装備でもって対抗してくる。

 過去、日本海軍との戦いで、テシスはそれが身に沁みている。アルパガス然り、先のベンガル湾でのポース級転移艦による待ち伏せの看破然り。


「私も閣下と同じ思いですが……、正直に申しまして、アステールともし交戦することとなった場合、どう対応するのが正解なのでしょうか?」


 スイィは疑問を口にした。自分たちの新兵器が向かってきたら、どう対応するのか――その問いに、テシスは満足する。

 新兵器の優位性など一時的なものだ。遅かれ早かれ対応されるもの。決して慢心せず、自分だったらどうするべきか、それに思いを巡らせることができる将校は優秀である。


「一番簡単なのは、防御シールドを貫通する攻撃をすることだろうな」


 テシスは笑みを深める。


「米軍はともかく、日本軍はそれを持っていると思われる」

「では、日本には――」

「対応される可能性はある。しかしアメリカは……どうだろうな」


 おそらくシールドを削るべく、アメリカも飽和攻撃を仕掛けたのだろうが、破れなかった。専用の貫通兵器がない軍であるなら。


「動く前のアステールに乗り込み、内側から制圧すること、か」

「閣下、それは――」

「まず不可能。そう、常識で考えればそうだろうな」


 アステールのある基地に潜入し、新兵器を強奪する、など。だが所在がわかり、他に対応策がなければ、無茶でも特殊部隊を投じて実行することもある。

 失敗の可能性は高いだろうが、成功すれば、新兵器を強奪できるというメリットもあるだろう。


「まあ、お手並み拝見と行こうじゃないか。我らが友人たる日本人が、どう対処するのか」


 テシスは期待の眼差しを、世界地図の一点、東洋の島国へ向けた。



  ・  ・  ・



 T艦隊は、大西洋にあって、敵小部隊への襲撃と、偵察活動を続けていた。

 転移中継ブイを用いて、より広い範囲の索敵活動を行ったが、ここにきて、T艦隊司令部の空気は、緊張を増してきていた。

 それというのも――


「地中海からジブラルタル海峡へ移動する敵艦隊を発見」


 栗田 健男中将の表情は曇る。

 偵察範囲が広がるにつれ、北欧や地中海東、黒海などで続々、異世界帝国の現地守備艦隊が明らかになってはいた。

 旧式の再生艦が多い中、新鋭艦が混じっていたり、いざ戦闘になった時、漫然と挑むと危険な敵がちらほらあった。


 たとえば、北海には大型空母が2隻存在したし、ノルウェーにはドイツのビスマルク級戦艦『ティルピッツ』が、北欧の海防戦艦群と共に確認されたりした。


 だが、それとは比較にならない敵艦隊が地中海に発見された。そしてそれがジブラルタル海峡を通って大西洋に出てこようとしている。明らかに、T艦隊の通商破壊に対するカウンター部隊だ。

 白城情報参謀は報告する。


「イギリス型戦艦3、同空母20隻の機動部隊です。おそらく、イギリス本土で建造されていたものを、異世界帝国が完成させたものだと思われます」


 異世界帝国の侵攻に対抗しきれず、本土から撤退したイギリスだが、その過程で建造中の艦艇が接収されたのだろう。解体の余裕はなかったようで、破壊はしたと聞いているが、これら未完成のそれを再生、仕上げて、異世界帝国は戦力に組み込んだのだ。


「まさかイギリスが、20隻もの空母を整備していたとは……」


 栗田は頭を掻いた。米国ならともかく、大英帝国も戦争の最中にそれだけの新造艦を建造していたのだ。

 もっとも、本来なら1944年終盤や来年以降に完成していたはずのものも含まれており、それを短期間で仕上げた異世界帝国の技術も恐るべきものがあった。


「それが地中海にいたというのは……」

「練度向上のための訓練を、地中海でやっていたのでしょう」


 田之上首席参謀長は顔をしかめた。


「しかし、それを切り上げたか、あるいは練度充分とみたか、我々に振り向けたというところですね」

「航空戦力は、イギリスの空母ですから、異世界帝国や日米の6割か7割程度と見積もれますが――」


 藤島航空参謀は言った。イギリスは空母に防御を優先するきらいがあり、その艦載機搭載数は少ない傾向にある。


「それでも20隻もいれば、それなりの規模になります。分散させて各個撃破したいものです」

「うむ……」


 栗田が腕を組み、考える仕草を取る。まともに正面からぶつかれば、T艦隊の劣勢は明らかだ。しかしまともな戦い方をするつもりは、最初からない。

 ちょうどその時、司令部に来客があった。


「お忙しいところ、申し訳ありません」


 転移室を使ってやってきたのは、連合艦隊司令部の樋端 久利雄航空参謀だった。

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