第六五一話、ジブラルタル行き船団
T艦隊主力は、北大西洋のマデイラ諸島沖に進出していた。
いわゆるマカロネシア――北大西洋と北アフリカにほど近い位置にある島々を指し、主にジブラルタル海峡の西にあるものとされたという。
ヨーロッパ方面には、アゾレス諸島。北アフリカ方面にマデイラ諸島、カナリア諸島、ベルデ岬諸島がある。
T艦隊は、転移中継ブイを展開する彩雲改二とは別に、ヨーロッパ、北アフリカ方面の偵察を兼ねた彩雲を放っていた。
そんな中、近接索敵機が、異世界帝国艦隊を発見した。
彩雲を操縦する加藤 清少尉は、偵察員席の春日部 六郎一飛曹に呼びかけた。
「どうだ? 識別はできそうか?」
「……どうもスペイン艦のようです」
春日部は、識別表を手に、偵察機から見える海上の敵小艦隊を観察する。
「アルフォンソ級軽巡洋艦1、メイデス・ヌメズ級防空巡洋艦1。駆逐艦3、輸送艦12。それと――」
うーん、と春日部は眉をひそめる。
「えらく古い艦種のようです。見間違いでなければ、弩級戦艦ですよ」
プリンチペ・アルフォンソ級軽巡洋艦が176メートルと最長。メイデス・ヌメズ級は140メートルと小ぶりであるが、春日部が『弩級戦艦』と見たそれも全長140メートルと長さではほぼ同じ。
ただし艦幅で10メートルも差があるので、ずんぐりした印象を与える。さらに四基ある主砲のうち二基が、艦の中心線状にないという古めかしい作りとなっている。
それも左右対称ではなく、右舷砲は艦首近く、左舷砲は艦尾近くの主砲配置だ。第一次世界大戦前の頃の設計であろう。
「スペインに戦艦なんてあったか?」
加藤は、眼下の弩級戦艦が、スペインではなく他の国のものではないかと思った。
弩級戦艦なんて骨董品が出てくるのは、おそらく異世界人が戦力利用のために、沈没艦艇をサルベージしたものだと思われる。
そして弩級戦艦でいえば、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなど列強がかつて保有していた。
「……確か、あったはずですよ、スペインにも」
春日部は、司令部命令で配布された古い識別表を取り出した。
「スペイン内戦で沈んだやつですが、何隻か――ありました! エスパーニャ級戦艦! この主砲配置、間違いありません!」
「了解。田辺! 艦隊に敵艦隊の発見と識別結果を打電!」
通信員に指示を出す加藤。遮蔽装置で姿を消した彩雲で、じっくりと艦隊を見下ろす。ツキハギのような模様がついているのは、撃沈艦艇を回収して再生した異世界帝国のやりくちだ。
「この方向だと、ジブラルタルを目指しているな」
正確にはジブラルタル海峡であるが。
ジブラルタル海峡は、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸の間にある。西に大西洋、東に地中海があり、古くより海上交通の要衝だった。
単にジブラルタルと言ってしまうと、スペイン側イベリア半島のイギリス領ジブラルタルを指す。
もちろん、今の時点の持ち主は、異世界帝国だが。
「地中海行きの船団か」
弩級戦艦2、軽巡洋艦1、防空巡洋艦1、駆逐艦3を護衛に、輸送船12隻。
「地元艦隊なんだろうが、これが今回の遠征、最初の獲物だな」
加藤は一人呟いた。
・ ・ ・
彩雲偵察機の搭乗員らの予想通り、T艦隊は、この敵船団を叩くべく行動を開始した。
●T艦隊:司令長官、栗田 健男中将
航空戦艦 :「浅間」
大型巡洋艦:「筑波」
重巡洋艦 :「大笠」「紫尾」
軽巡洋艦 :「奥入瀬」「十津」
駆逐艦 :「朝露」「夜露」「露霜」「細雪」「氷雪」「早雪」
潜水艦 :「伊701」「伊702」「伊350」「呂401」呂402」
特設補給艦:「千早」「辺戸」「波戸」
防空補給艦:「新洋丸」「天風丸」
空母戦隊とレユニオン島沖海戦での損傷艦は抜けている一方、重巡洋艦に『紫尾』が追加されている。
『紫尾』は愛鷹型の三番艦にして、フランス装甲巡洋艦『レオン・ガンベッタ』をベースに大改装したものとなる。愛鷹型の例にもれず、シールド貫通の三連光弾砲を主砲としている。
それ以外は、追加はないが、戦力的には充分だと思われた。
「航空戦力はありませんが、特に問題はないでしょう」
神明参謀長は、T艦隊の海上、海中を駆使した浮上襲撃で被害を押さえた上で対処できると断言した。
アルフォンソ級軽巡洋艦は、15.2センチ連装砲四基という軽巡としては普通。
火力では30.5センチ連装砲を装備するエスパーニャ級戦艦3隻の方が強力だが、もし無改造であるなら、主砲装填時間が遅い。
だがレーダーなどは異世界帝国側で追加し、射撃装置もいいものを載せている可能性はあるので慢心は禁物である。
「気になるのは、どこまで敵が改造したか、です」
第一次世界大戦レベルの艦艇となると、表面上の装甲は厚くとも、その防御性能は現代のそれより遥かに劣る。
魔技研が再生を施したものも、そのままでは使えないから大抵、大改造で別物に作り替える。
T艦隊は『浅間』と『筑波』、そして軽巡『奥入瀬』を水上航行させ、そのまま敵船団を後方から高速で追い上げた。
補給艦を切り離した残る艦艇は、潜水行動で敵艦隊を追尾する。
やがて、異世界帝国船団も、T艦隊が追ってきているのに気づいた。
すると彼らは、弩級戦艦2隻を反転させ、T艦隊の追撃阻止に動く。戦闘艦艇としては最高速度19.5ノットの鈍足艦である。
しかし、追尾者の前に立ち塞がることはできる、ということだろう。
航空戦艦『浅間』の主砲で吹き飛ばすのは容易い。弩級戦艦としては小型に収められたエスパーニャ級ではあるが、実は当時の戦艦としての中々の防御性能を持っていた。
しかし、所詮は30.5センチ砲防御対応。40.6センチ砲相当の威力がある光弾砲に対しては貧弱といわざるを得ない。
が、司令長官の栗田は、神明が気にしている敵の再生艦の改造を見るために、別方法での攻撃を命じた。
潜行している艦からの魚雷攻撃を敢行したのだ。第一次世界大戦時、主力艦であった戦艦が、魚雷や機雷であっけなく沈没するという件が多かった。日本海軍は日露戦争時に、『初瀬』『八島』を機雷で失ったが、ヨーロッパに目を向ければ、イギリス、フランス戦艦が潜水艦からの雷撃であっさり撃沈される例が多々あった。
要するに水雷防御が甘いということなのだが、栗田、神明はさっそく、それを試してみることにしたのだ。