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第六四八話、積極的攻撃による偵察活動


 アマゾン川。

 南米大陸、アマゾン熱帯雨林を流れる世界最大規模の川である。

 その長さは6500キロを超えるとされるが、支流もまた多く、それらの総称としてアマゾン川と言われる。


 正確な長さについては複数説が存在しており、意見が分かれるが、その流域面積では、同じような長さを誇るナイル側の2.5倍もあるとされている。

 そしてこの川は、河口から上流4000キロ付近まで、遠洋航海用の船舶すら通行可能である。それだけの水深のある巨大な川だった。


 白城情報参謀の説明に、藤島航空参謀が口をへの字に曲げた。


「鮭じゃあるまいし、潜水艦が川登(かわのぼり)かよ」

「外洋に出られる船が行き来できるんだ。そりゃ行けるのだろうが……」


 田之上首席参謀が微妙な顔になる。


「船が進めるというだけで、潜水艦にとってはそう深くは潜れないだろう。今、航空爆雷などを持たせた航空機で仕掛けたら、楽に仕留められるんじゃないかな?」

「情報参謀」


 栗田中将が口を開いた。


「敵潜水艦隊が上流に向かうとして、どこを目指している?」

「現在、追跡中ですが、推測では、アマゾン熱帯雨林の中央近くにあるマナウス、あるいはそこと河口のほぼ中間地点にあるサンタレン辺りではないかと思われます」


 アマゾン本流とネグロ川の合流地点にあるのがマナウス。かつては世界で唯一のゴムの産出地として注目された都市である。

 一方のサンタレンは、タパジョース川とアマゾン川の合流地点にあり、アマゾン川河口にあるベレンと、先のマナウスのちょうど中間に位置する。アマゾン地域の交通の重要拠点であり、マナウスへ行く船は、かならずここを通ることになる。


「しかし、何でまた敵の潜水艦は、川を登ろうとする?」


 栗田は、そもそもの疑問を口にした。


「確かに我々は、異世界帝国の潜水艦隊にとって手近な拠点になりそうな場所を叩いた。しかし時間はかかれど、バイーアやリオデジャネイロにでも行けるだろうに」

「敵さん、秘密基地のつもりなんですかねぇ」


 藤島が冗談めかした。田之上が肩をすくめる。


「冒険小説じゃあるまいし。……響きはともかく、実際のところかなり不便そうなんだが」

「何か重要なものが、アマゾンの奥地にある、とか……?」


 白城が呟くように言った。藤島が顎に手を当て考える。


「重要なものって言うと……」

「転移ゲートがあるのかもな」


 神明が言えば、田之上が立ち上がった。


「確かに……! 転移ゲートがあるなら、敵艦艇が行き交っても不思議はありません」

「じゃあ、この潜水艦隊は異世界に帰ろうとしてるってんですか?」


 藤島が指摘する。そう言われると本当にそうなのか確信はなかった。むしろ、少々の不自然さを感じるくらいに。


「偵察が必要ですね」


 神明は栗田を見た。


「もしかしたら、アメリカ軍も偵察機を飛ばしているかもしれませんが」

「そこに何があるのか、確認しないことには何とも言えん」


 T艦隊は、敵潜水艦隊の掃討も、当初の任務にあった。故に、その動向は探らねばならない。秘密基地など、冗談ではなかった。


「長官、失礼します」


 従兵が会議の空気を切った。


「軍令部より、伊藤軍令部次長、大野第三部部長が参られました」



  ・  ・  ・



 内地から、軍令部次長の伊藤 整一中将、第三部部長の大野 竹二少将がやってきた。T艦隊司令部にて、伊藤は告げた。


「T艦隊には引き続き、転移連絡網の設置を進めてもらいたいと思っております」


 伊藤は、栗田に対して1期下なので、丁寧な口調である。元々、伊藤 整一という人物はこうではあるのだが。


 それはさておき、インド洋の赤の艦隊について、連合艦隊が対策を練っているとの話だった。

 なので、T艦隊はこれまで通りの任務を続けるように、というのが軍令部からのお達しである。


「今回は大西洋、とりわけヨーロッパからアフリカ沿岸にかけて広い地域に、連絡網を構築していただく一方で、異世界帝国の艦艇がありましたら、これを積極的に襲撃してください」

「派手に動け、とおっしゃるか?」


 栗田はやや強めの口調で言った。通商破壊、敵の小規模部隊への攻撃は、T艦隊の任務に含まれている。その上で『積極的に』と言われれば、何かの作戦のための囮ではないかと警戒したのだ。


「懸念はわかります。T艦隊に積極的攻撃をお願いする意図は二つ。一つは、いずれ起こるであろう欧州奪還作戦のため、敵の現地警戒部隊の規模や戦力の威力偵察、ならびに可能ならばその漸減」


 ヨーロッパ奪還。それに日本がどう絡むことになるのか、栗田も神明もわからない。果たして年内に実施されるかも不透明である。だが、やるとすればアメリカか再編成中のイギリス辺りが主力となるのではないか。

 そしてその際に障害となるのが、異世界帝国の大西洋にいる戦力となる。


「敵大西洋艦隊は、我が連合艦隊によって撃破された後、再編されていると思われますが、その規模については不明です。各地に地球側戦力の鹵獲艦を中心とした警戒部隊を配置していると米国、英国の情報部は掴んでいますが、あいにく日本側にはほとんど情報がありません」


 伊藤の言葉に、軍令部の情報部門である第三部部長の大野は頷いた。


「故に、こちらも海軍特殊部隊を、欧州に上陸させて偵察を行いたい……これは前々から申していたことですが、今回、異世界帰還者からの証言で、敵の転移ゲートの位置をいくつか得られました。それを確かめるのを兼ねて、T艦隊には、偵察隊の上陸支援をお願いしたく」

「これが積極的攻撃の意図、その二です」


 伊藤は後を引き取った。上陸支援とは、そのままの意味の他、敵を引きつける陽動の意味も込められているに違いない。

 栗田は口を開いた。


「こちらは陽動と襲撃を繰り返すが、もし敵が、かつての大西洋艦隊のような大規模な戦力を有していた場合、こちらは撤退も当然視野に入れるがよろしいか?」


 きっぱりと栗田は言う。正確な敵情がわからない場所に放り込まれるのだ。沿岸に近付けば、敵陸上飛行場からも攻撃を受ける可能性はある。敵は、何も海の上だけではない。それが時に後ろ向き、臆病に見えたとしても、言う時は言うのが栗田という男であった。


「もちろん、T艦隊は一撃離脱を主とする奇襲部隊ですから、かなわない相手にまで手を出すことはありません」


 伊藤もまたはっきりと返した。


「かつてドイツは、ライン演習作戦と称して、戦艦『ビスマルク』を用いた通商破壊作戦を実施しました。結果は、イギリス本国艦隊に追い詰められてやられてしまった。しかし『ビスマルク』には転移装置がなかった。あれがあったなら、その後も当時のイギリスを困らせ続けることができたしょう」


 存在し続けることに意味がある。故に、T艦隊にも敵への攻撃と同時に、生き残り続けることが重要だった。


「ただ、修理については鉄島、九頭島のドックがありますから、多少の損傷には軍令部としても文句は申しません。要は沈まなければよいので、積極的にやっていただきたい」

「多少の損傷は問題なし、か」


 栗田はどこか不思議そうな顔になったが、頷いた。


「了解した。そういうことであれば、引き受けよう」

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