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第六四五話、帰還者交渉


 異世界からの帰還者。


 その一件は、瞬く間に内地の海軍省、軍令部、そして連合艦隊にも知れ渡った。

 貴重な異世界情報。敵を知るために、そして戦争の終着点を探すためにも、これに飛びつかないわけにもいかなかった。

 しかし、唐突な話に、関係各所は、異世界から帰還したハルゼー中将ら地球人生存者についてどう扱うべきかで意見が割れた。


 日本で彼らを預かるのか。可及的速やかに帰国の手続きをするのか、異世界情報を可能な限り集めてまでは全員勾留するべきのか、彼らが乗ってきた船は異世界技術もあるだろうから接収して――などなど。

 鉄島に帰還したT艦隊は、ハルゼー船団の2隻を視界に収められる範囲にいた。


「……おれに?」


 T艦隊司令長官、栗田 健男中将は困惑した。神明参謀長は首肯する。


「ハルゼー中将は、日本側の代表と会談を求めています」


 曰く、『プロテウス』乗員救助の時間を稼ぎ、船団を無事に退避させてくれた指揮官に、一言礼を言いたい、らしい。


「もちろん、礼だけで終わらないでしょうが」

「だよな、うん。今後の話も当然あるだろう」


 栗田はどうしたものかという顔になると、白城情報参謀を見た。


「おれじゃないと駄目か? 代表という柄じゃないんだが」

「内地では、今後どうするのかまだ話がまとまっていないようです」

「なにぶん、今回の件は急でしたから」


 神明は擁護した。


「想定外のことが起きて、熟考の時間もありませんでした。転移できるというのも、よしあしですね」


 普通であれば、インド洋から日本まで日にちもかかるから、対応についてじっくり協議する時間もあっただろう。しかし転移で内地まで移動できてしまうから、考える時間がなかった。


「お役所は総じて、判断が遅いからな」


 栗田は皮肉った。常に現場にいて、その都度判断を強いられている彼らしい言葉である。


「しかし……おれかぁ」

「ここで最先任なのは、司令長官ですし、先方の機嫌を損ねるのは、日本がどういう対応するにしろ、今後にも影響しかねません」

「おれの英語なんて錆びついているよ。軍令部のエリートさんと違って、潮にまみれていたからね。参謀長、君は英語は大丈夫か?」

「そちらはご心配なく」


 神明は、ノーフォークで米大西洋艦隊司令長官のインガソル大将と通訳なしで、会談をこなしている。


「ハルゼー中将はアメリカ人ですから。案外、バットとボールを持って行けば仲良くなれるんじゃないですか」


 聞けば、栗田は軍に入る前は野球の名手だったらしい。スカウトが来たという話で、実際、栗田は運動ができる人特有の機敏さがあった。


「お土産がいるな。異世界じゃ、酒は飲めたのかな?」


 栗田はそんなことを言った。



  ・  ・  ・



 気乗りしない中でも、『エンタープライズ』に訪問するつもりだった栗田だったが、ハルゼーはお供を二人連れて、『浅間』へと逆訪問してきた。


「まずは、貴官ら日本海軍が一早く救助に来てくれたこと、感謝いたします。犠牲が最小限に留まったことは、あなた方の奮闘のおかげです」


 ハルゼー中将――ではなく、彼の連れである小男が、丁寧に言った。この小さな老人は上條と名乗った。

 彼は、ハルゼーの通訳でここにきた。栗田の心配は杞憂で終わったわけだ。


 ハルゼーの、ややぶっきらぼうな英語を、上條が上品に通訳してみせる。……それだけ原文は、会談の場にふさわしくない言葉が混じっていた。

 ただこれは、日本人に対してではなく、異世界人――とりわけムンドゥス帝国人に対してのものであったが。普通の中に、キルと何度も言ったり、クソッタレなどの罵倒が混じれば、彼の憎悪も大体お察しであった。


「ここ最近、この世界の状況はどうなっていますか?」


 異世界にいて、断片的な情報しか知らないという上條――ハルゼー。ムンドゥス帝国は自分たちの絶対的勝利を喧伝する一方、敗戦について語ることはない。彼らに抵抗する異世界人たちが実際の情報を持ってきてくれていたが、地球人生存者たちにとっては、どこまでが本当なのか判断する材料に乏しかった。


 現状、ろくに機能しているのは、日本とアメリカ、カナダとそこに亡命している政権がいくつか程度である――と神明は説明した。

 アメリカが健在と聞いて、ハルゼーはそっと胸をなで下ろすが、すぐに表情を引き締めた。


「そうか……。ヨーロッパはやっぱり駄目だったか」


 異世界に連れてこられた地球人の中で、救出された者たちからもポツポツそういう証言があったが、地球で実際のところを聞かされると、やはりショックを隠せないようだった。


「アフリカ、中東も駄目。アジアもやられたってなると、ソ連やチャイナは?」

「一部辺境に残っている程度で、政府機関的なものは期待できないと見ていい」

「……」


 ハルゼーは腕を組んで、小さく唸った。地球は地球で大変であると、現状を認識したようだった。


「まあ、あんたら日本人も、異世界のことや敵、オレたちがどう生きてきたか知りたいだろうが、まずはこちらの話を聞いてくれ」


 ハルゼーは言い、上條は通訳した。


「私は合衆国軍人であり、異世界に関する情報を自国以外に開示していいか判断できる立場にない。故に私の口からは言えないが……生存者の中には日本人もいて、彼らが話す分については、私から止める権利も持ち合わせていない。情報が知りたければ、私からでなく、そちらの日本人などから聞いてほしい」


 どこまでが機密に関わることかわからないが、日本人が日本人から異世界の話を聞くのは止めない、とハルゼーは言った。


「今の状況ですと、国に帰れない人も大勢います。それで日本とアメリカ、生存者たちにはどちらか選んでもらうので、日本側に行きたい者たちの保護、そして保証を日本政府にお願いしたい」


 政府案件なので、現場の栗田や神明に決定権はないが、話が進まないので頷いておく。


「あと、日本軍としても、異世界の技術が積まれている『エンタープライズ』と『ネレウス』を解析のために欲しいでしょうが、あれは元々、合衆国が保有するプロテウス型の給炭艦を改造したもので、合衆国のフネです。日本とアメリカの現在の状況を考えれば、接収などはお考えにならないほうがよい――」


 事を荒立てれば、外交問題になる。しかし、それは日本側が納得しないだろう、と栗田と神明は思った。日本のテリトリーにあるうちに接収しようという者が、必ず現れるだろう。


「ですが、貴艦隊に助けてもらった恩もあります。アメリカへ移動する組は『エンタープライズ』で帰りますが、『ネレウス』はトラブルで動けませんから――もちろんこれは建前ですが、日本側で処理していただいて結構、と、提督はおっしゃっております」


 つまり、日本人に借りがあるから、異世界技術に関しては、『ネレウス』を渡すで、解析なり何なり好きに使ってくれ、ということだった。


 日本軍が欲を出して、2隻を接収しないよう、1隻やるからそれで勘弁しろ、とハルゼーは提案したのだ。1隻損傷して動けなかったから日本軍に委ねた、とするなら、2隻とも接収して外交問題になるリスクを最小限に抑えつつ、欲しい情報を手に入れることができる、ということだろう。


「お話はわかりました」


 栗田は言った。


「私に決定権はありませんが、ハルゼー中将の要望は、しかと上層部に伝えましょう」

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