第六四四話、レユニオン島沖海戦
転移ゲートを破壊しようと栗田は言った。
おそらく異世界に通じていると思われるゲート。異世界帝国を知る手掛かりが、その先にある。
しかし、今なお赤い巡洋艦がゲートから通過し、こちらへやってきていた。
ハルゼー船団の救助作業で、T艦隊はしばし動けない。護衛するとはいえ、戦闘しながらの救助というのは、やはり至難の業である。
栗田の選択は、ハルゼー船団乗員とT艦隊乗組員の被害を最小に収めるだろう。しかし、一方で、異世界へ行く道を閉ざしてしまうことを意味する。
敵を知るために、ゲートとその先は調査すべきではないか――神明の脳裏にそれが過るが、だが冷静に考えてみると、やはりこれは無理難題なのだと思った。
「参謀長」
「破壊しましょう」
神明は栗田に賛同した。そもそも、このレユニオン島のゲートが異世界に通じている唯一無二のものと限らない。
異世界の情報は、帰還した地球人に聞けばよい。
仮にこのゲートが唯一で、それで異世界帝国が二度とこれないというのであれば、この大戦にも終わりが見えてくる。
おそらく、向こうで転移ゲートを作って、最初にやってきた通り、また来るのであろうから心配するだけ無駄だろう。
また現れたら、その時は改めて、調査なり逆侵攻なり判断すればよい。推測だが、異世界を行き来するゲートは、ここだけではないと思われる。そもそも、最重要ポイントにしては、ここは防備が手薄過ぎる。
本当なら守備艦隊なり、防空航空隊なりできっちりガードしておくべきなのだ。
「主砲は、敵巡洋艦を押さえるので手一杯でしょうから、対艦誘導弾でゲートを破壊するのがよいかと」
「そうだな。――艦長」
栗田は命令を発し、ただちに『浅間』『八雲』の両航空戦艦、その煙突型の発射管から、対艦誘導弾が発射された。
垂直発射された誘導弾は、各艦4発ずつ。それらが魔力式誘導に従い、艦隊より遠方の転移ゲートへと一直線に飛んでいく。
ゲートはなお、赤の巡洋艦を吐き出し続けていた。そして防御障壁などは展開しておらず、放たれた誘導弾が着弾。戦艦主砲級の威力を持つそれが連続してゲートの表面を穿ち、そして爆発した。
T艦隊が敵艦を光弾砲で撃退している間、その後方にそびえていた半円は、転移のエネルギーが途切れた。
エネルギーの幕で見えなかった向こう側の景色、地球の水平線と空が見えるようになった。
「ゲートは機能を停止した模様! 崩壊、進みます!」
「よろしい。『エンタープライズ』による『プロテウス』乗組員の収容が終わるまで、敵艦を片っ端から撃沈せよ」
栗田が吼える。放てば一撃で撃沈できる赤の巡洋艦を、すでに十数隻を破壊している。このまま勢いに任せたほうが最善と彼は判断したのだ。
ああも敵艦が脆いと、確かにこちらが無敵のように感じてしまうものがあった。実際は、敵が味方艦の爆発や漂流を避けて、こちらに猶予を与えてくれているおかげもある。それらがなければ、敵巡洋艦が数で押してきて、今頃猛撃をかけていたに違いない。
「航空隊出現! 友軍の模様!」
見張り員の報告。それはマダガスカル島を空襲したT艦隊空母戦隊の放った攻撃隊であった。
5インチFFARを装備した暴風戦闘爆撃機は、ゲートから出て間もない赤の巡洋艦めがけて緩降下。ロケット弾では、巡洋艦撃沈は難しいが、命中率は高い。それらを敵艦の艦橋や、艦上構造物を叩けば戦闘能力を大きく削ぐことができる!
射撃指揮所や射撃用レーダーを失えば、T艦隊艦艇への正確な砲撃も難しくなった。だが、それでも赤の巡洋艦は前進をやめない。
さながら恐れを知らない蛮族のようでもあった。だが攻撃に正確さが欠けるならば、その間にT艦隊の光弾砲による掃射を許す間を与えるだけだった。
数で負けているT艦隊は、一切の余裕はなかった。いくら当たればほぼ撃破できるとはいえ、その距離はジリジリと縮まっていた。
どの敵から狙うのか、その選択は綱渡りにも等しく、適切かつ素早い目標の選択が、結果として敵を倒し、味方を救った。
「長官、『エンタープライズ』より入電。『プロテウス』乗員の救助作業を終了。これより退避す」
白城情報参謀の報告に、栗田は頷いた。
「『新洋丸』と『天風丸』に、『エンタープライズ』の転移を指示せよ。――参謀長」
「はい」
栗田に呼ばれ、神明は近付いた。我らが指揮官は声を落とした。
「『エンタープライズ』の離脱後、我が艦隊も転移離脱を行う。何か意見はあるか?」
「潜水艦を残し、敵の残存部隊がどう動くか監視させましょう。それと、『プロテウス』と、ついでにゲートの残骸も回収したいものです」
「そうだな。では、そのように手配を頼む」
「はっ」
ハルゼー船団の『エンタープライズ』、そしてその後ろを守るように大型巡洋艦『筑波』が続く。
2隻の防空補給艦『新洋丸』、そして『天風丸』は、『エンタープライズ』をその間に通らせて、この海域から転移離脱させた。
「『エンタープライズ』転移しました!」
「全艦、転移! 海域を離脱せよ!」
T艦隊水上艦艦隊は、損害が出ないうちにとばかりに戦闘を切り上げると、それぞれ海域を脱出した。
赤の巡洋艦は二十隻ほどが残存していたが、T艦隊はそれ以上の敵巡洋艦を撃沈破。残った艦艇は、しばし敵のいなくなった海域を彷徨ったが、レユニオン島へ針路を向けた。
その様子を潜水艦『伊701』『伊702』が追尾、観察する一方、『伊350』は撃沈した敵艦以下、回収作業を開始。その護衛に『呂401』『呂402』がついた。
・ ・ ・
九頭島近くの鉄島に、ハルゼー船団の『ネレウス』そして『エンタープライズ』は到着した。
日本軍のテリトリーとはいえ、異世界より帰還した者たちは、地球に帰ってきたことに安堵した。涙ぐむ者、気でもふれたかと思うほどの大笑いをする者、空に向かって『帰ってきた』と叫んだり、奇声をあげる者などなど。
それぞれが敵から逃れたことを喜び、胸をなで下ろす中、一人、ウィリアム・ハルゼー中将はその厳めしい表情を崩さなかった。
その様子を見た上條という日本の老人は尋ねた。
「どうされたのですか、提督」
「ん? オレ様にとっては、ここからさらに仕事が待っているからな。気を緩めるわけにもいかんのだ」
「そうなんですか?」
「まあな。……それはそうと、ここは本土じゃねえが、日本らしいじゃないか。……カミジョウ、ここまでご苦労だったな」
ハルゼーは、ニヤリとした。
「すぐに故郷に帰れるかわからんが、ひとまずお帰りなさいってやつだ」




