第六四一話、急降下爆撃機
「ウィリアム・ハルゼー?」
「そう名乗っています」
T艦隊旗艦『浅間』。栗田 健男中将が反応に困るそれを報告したのは、白城情報参謀だった。
「合衆国海軍の空母戦隊指揮官を名乗っていますが……とりあえず、異世界から地球人を多数連れて脱出してきたとのことで、救援を求めています」
「……」
栗田が神明を見れば、参謀長は頷いた。
「異世界から逃れてきたのであれば、その情報は値千金です。今後の戦局を左右しかねない重要な情報です。何としてもでも救助しましょう」
「……うむ、そうだな」
栗田も事の重要性を理解した。
「ただちに作戦を開始する。第三航空艦隊にも、出撃を要請!」
T艦隊は動き出した。転移ゲートを越えてやってきた空母、自称『エンタープライズ』他を、この敵の領海から脱出させる案、そのための準備は進めている
その鍵は、T艦隊に所属する特設補給艦3隻のうちの2隻、『辺戸』『波戸』と防空補給艦『新洋丸』『天風丸』が握っている。4隻中2隻があれば、それで充分だが、転移補給艦が想定していた機能を活用する時がきた。
だがその前に、まずはT艦隊が駆けつけねばならない。
「彩雲5番機に、転移中継ブイの設置を指示。我々も乗り込むぞ」
・ ・ ・
Ju87シュトゥーカ。ドイツ空軍が用いた急降下爆撃機である。
名は体を表すというが、シュトゥーカの名前は、日本語にすればそのまま急降下爆撃機である。
ユンカース社が開発し、第二次世界大戦の少し前、スペイン内戦にも参加した機体であり、陸軍の対地支援、いわゆる近接航空支援機である。
初期のA型で最高速度310キロだったこの機体も、改良が重ねられ、エンジンを換装するこでスピードなども強化されてはいたが、異世界帝国軍の高速機からは逃れるのは至難の業であった。
だが、異世界人に鹵獲された機体を再度奪取し、改造された結果、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉が搭乗するJu87D-1改は、敵の主力戦闘機ヴォンヴィクスに匹敵する最高速度620キロを発揮可能になっていた。
異世界人の用いるマ式エンジンに換装し、さらに捕虜だったドイツ技術者のもと、試作に終わったドイツ海軍向けの空母艦載機仕様のC型の改修が加えられた。
だがこれに加え、ルーデルは、異世界航空機が載せている光弾砲を二門搭載するように技術者に要求。D-1改は、ルーデル・スペシャルともいうべき機体に仕上がったのである。
空母『サイクロプス』を飛び立ったシュトゥーカD-1改は翼を翻し、ゲート方向に機首を向ける。
赤い艦体色の艦艇がすでに二、三十隻は出てきている。
「エルヴィン! 今日もいい天気だなっ!」
シュトゥーカは二人乗りである。操縦はルーデルで、後部の銃座には相棒ともいうべきエルヴィン・ヘンシェル兵長が搭乗している。
ソ連と戦っていた頃からの付き合いで、異世界でもルーデルの背中を守り続けた男である。
「中尉、空って青いんすね……」
「はあ? エルヴィン! 貴様、寝ぼけているのか?」
空は青いものだろう。これぞ地球の空だ。
「中尉こそ頭おかしいんじゃないっすか!? ついさっきまでおれらは真っ赤な空を飛んでたじゃないですか!」
異世界の空。ルベルの空。アカどもを思い出して、空の色など気にしていなかったルーデルである。
「医者に観てもらったほうがいいんじゃないっすか!?」
「我らが親愛なる軍医ガーデルマンは、私は正常だと診断したぞ!」
大隊所属の軍医、エルンスト・ガーデルマン。スポーツ仲間であり、ルーデルとは親しい友人である。
ヘンシェルは笑った。
「ははっー! こんなイカれた改造シュトゥーカを乗り回しているのは、世界広しと言えど、あんただけだと思いますがね!」
「言ったな、エルヴィン! 貴様も道連れにしてやる!」
「地獄に飛び込むなら一人でどうぞ!」
「残念だったな。シュトゥーカは二人乗りだ!」
シュトゥーカは全速で飛ぶ。狙いは、空母を追跡する赤の艦隊――その先頭の巡洋艦だ。
「さあて、こいつで何隻目だ?」
「9隻目じゃないんですか? 沈められたらの話ですが」
「10隻目じゃないか?」
「マラートのことなら、あれは大破着底で沈没じゃないってソ連野郎が言ってましたぜ?」
「アカの言うことなど信用できるか!」
ルーデルの戦果の中には、戦車などの地上物以外に戦艦の撃沈も含まれていたりする。それがソ連の弩級戦艦、ガングード級の2番艦の『マラート』だ。クロンシュタット軍港にいた『マラート』に1000キロ爆弾を叩きつけ、前部弾薬庫と艦橋を吹き飛ばしてやったのだ。
シュトゥーカは急降下を開始する。ルベルの艦艇は、全体的に防空能力が低い。どの位置から迫れば、一番防備が弱いかルーデルは把握している。
風を切るシュトゥーカ。ジェリコのラッパと言われた独特の音はでないが――
――10隻目!
投下。そして操縦桿を引く。凄まじいGがかかる。切り離された800キロ爆弾は、赤い敵巡洋艦の艦橋を直撃、貫いた。
「大当たりぃー!」
後部銃座のヘンシェルが叫んだ! 当たり前だ――口には出さなかったがルーデルの口元が緩んだ。
とりあえず、先頭の1隻はやった。だが母艦が敵の追撃を振り切るためには、まだまだ敵を妨害してなくてはならない。
爆弾はないが、両翼の40ミリ光弾砲で、ピンポイントに敵艦の艦橋を吹っ飛ばして回るしかない。撃沈は無理でも、足止めはできる!
「ちくしょう! 敵艦が撃ち始めたっ!」
ヘンシェルは再び叫ぶ。狙われたのはルーデル機――ではなく、船団のほう。被弾して煙を吐いている『ネレウス』の周りに水柱が連続する。
「こっちにも数があればなぁ……!」
残念ながら『エンタープライズ』に残っている航空機は、数える程度。しかもその大半は戦闘機だ。対艦攻撃ができる機体がほとんどないのだ。
それでなくても貧乏抵抗組織のやりくりで動かしている兵器だ。敵戦闘機のエンジンを回収してマ式化するのはともかく、色々足りない中でここまで頑張ってきた。
「……! 中尉、中尉! 何か来た!」
「エルヴィン! 何かとは何だ!?」
ルーデルが怒鳴れば、ヘンシェルは声を張り上げた。
「Fw190……じゃない。レシプロ機ですよ! レシプロ機の編隊! たぶん地球のどこかの軍隊が来たんですよっ!」
味方――!
こういう時、アメリカ人なら何て言う?――唐突にルーデルの脳裏にそれが過る。おそらくこう言うだろう。
騎兵隊がきた、と。




