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復活の艦隊 異世界大戦1942  作者: 柊遊馬


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第六四〇話、地球帰還船団


 ウィリアム・ハルゼーは、1941年末の第一次ハワイ沖海戦で、旗艦『エンタープライズ』と共に沈んだ。

 正確には、沈みゆく空母から海に投げ出された。そして気づいた時には、異世界帝国の輸送艦で捕虜として収容されていた。


 次に外に出た時は、地球ではない異質な世界にいた。

 赤かった。海も空も、大抵の自然物が赤の世界。重傷だったハルゼーは、そこで、同じく重傷者たちと共に船を下ろされ、その世界の軍病院――という名の研究所に送られた。


 ハルゼーは階級が高かったせいか、普通に治療を受けることができたが、施設に収容された怪我人の半数以上が、拷問にも等しい手当、いや実験に晒された。


 その悲鳴や絶叫を耳にしながら、ハルゼーは異世界帝国への憎悪の念を募らせていった。異世界人への殺意の言葉を呟きながらでないと眠れないようになっていた。

 傷がある程度癒えて動けるようになった頃、ハルゼーは脱走を考えるようになる。だが地球ではないこの世界のことは何もわからず、たとえ施設を出てもその先をどうしたらいいかさっぱりだった。


 そんなある日、施設が突然の攻撃を受けた。何だかわからないが脱出の機会到来か。動ける地球人たちと共に行動を開始したハルゼーは、そこでとある武装組織と遭遇し、救助された。


 その組織とは、ムンドゥス帝国に対抗する異世界人の反体制派と、地球人と()の世界からやはり連行されていた別の異世界人らが共闘している抵抗組織であった。

 彼ら、ムンドゥス帝国に反抗する者たちの仲間に加わったハルゼーは、異世界の情報を得ると共に元の世界――地球への帰還を目指す計画を進めることになる。


 武装組織のスパイによって、地球では母国アメリカと日本が、ムンドゥス帝国に抵抗し、その戦力を叩き潰しているという話を聞いた。


『やれやれ、オレらが帰る前に、地球が負けちまわないかヒヤヒヤものだぜ』


 そう皮肉りつつ、帰る国が残っていることは、ハルゼーや地球人たちには明日への希望となった。

 そのための準備に2年かかった。組織は、何度もムンドゥス帝国や治安維持軍の攻撃を受け、地球帰還船を用意するまでかなりの時間を要した。


 地球人の同志は、増えたり減ったりした。地球から送られてくる捕虜を、敵の隙をついて救出して増えることもあれば、戦闘によって故郷の土を踏むことなく倒れた者もいた。

 様々な国の人間がいた。イギリスやそのほか欧州や北欧人。枢軸国側のドイツ、イタリアの人間も。中東、そしてソ連も。

 長い苦労の末、ついにハルゼーを指揮官とし、地球帰還船団は動き出した。


 (ルベル)の艦隊の隙を衝き、船団は地球への転移ゲートへ向かった。

 が、ゲート手前で、ルベルの巡洋艦隊に追いかけられ、砲撃された。それでも何とかゲートに逃げ込んだことで、懐かしき地球へ帰還を果たした。



  ・  ・  ・



「そうとも、ようやくここまで来たんだ! 国に帰るまで死ねんよなァ!」


 60を超えて、なお戦う水兵であるハルゼーは、旗艦『エンタープライズ』の艦橋で咆えた。

 船団後方に迫る赤い艦体色の巡洋艦の群れ。わらわらとゲートを超えて。追いかけてくる。


「くそっ、こいつは、もっと早く走れんのか!」


 ハルゼーは怒鳴るが、操舵手は首を横に振る。


「ダメですぜ、アドミラル。こいつの機関は、チューンしているとはいえ、オリジナルは輸送艦用のやっすいヤツなんですから!」

「せめて、モノホンのヨークタウン級の速度が出せれば……!」


 歯噛みするハルゼーである。

『エンタープライズ』を名乗っているが、この船は、ハルゼーがかつて乗っていたヨークタウン級2番艦ではない。


 この船の本当の名前は、給炭艦『サイクロプス』。

 アメリカ海軍が保有していた、石炭を運ぶ輸送艦である。第一次世界大戦の最中、バミューダ・トライアングル付近で消息を絶っていた、曰く付きの艦だ。


 まさかそんな艦が、異世界に飛ばされ、また帰るための船として大改装を受けるとは、さすがのハルゼーも思っていなかった。

 異世界人の技術を用いて大改装された『サイクロプス』は、ハルゼーの案を受けて空母へとなった。


 もっともサイズ的には、軽空母の中でもかなり小さいスケールではあったが、しかしハルゼーには確信があった。

 何故ならば、アメリカ海軍には、サイクロプスの姉妹艦で、空母に改装された『ジュピター』という船があった。

 その『ジュピター』こそ、栄光のCV-1。アメリカ海軍初の空母『ラングレー』である。


『こいつの姉妹艦が空母になってるんだ。こいつも空母にできないわけがないぜ』


 もっとも、オリジナルのラングレーも空母としては小型、そして低速ゆえ、艦隊運動に追従できず、練習空母扱いではあったのだが。

 敵輸送艦から回収、カリカリに改造したマ式機関を搭載したことで、『サイクロプス』は速力21ノットを出すことが可能だ。姉妹艦のラングレーの最高速度が15.5ノットだから、かなりの改善と言える。

 それでもハルゼーが『ノロマ』と称した合衆国の旧式戦艦と速度はほぼ変わらないが。


 なお、サイクロプス改め『エンタープライズ』の後方に続く2隻は、『プロテウス』と『ネレウス』という。


 出来すぎだと思うのだが、なんと『サイクロプス』の姉妹艦であるプロテウス級給炭艦で、ラングレーを除く3隻が全部異世界へ飛ばされていたのである。

 プロテウス級自体が、何だかそういう呪いにでもかかっているとしか思えないのだが、『プロテウス』は1941年11月、『ネレウス』同年12月に、やはり大西洋で行方不明になっていた。


 反体制派は、これらを地球帰還船へ改造することになったが、ハルゼーもまた『給炭艦のままだと、また異世界にでもすっ飛んじまいそうだからな』と改造を受け入れた。実際に、ラングレーに改装された『ジュピター』は地球に残っている。


 閑話休題。改装された『プロテウス』と『ネレウス』は、『サイクロプス』ほどの改装期間がなかったため、捕虜だったイギリス海軍軍人のアイデアで、空母の飛行甲板を載せたMACシップとなった。……もっとも、載せる機体はほとんどなかったが。


「提督! 艦載機の給油完了! 出せます!」


 格納庫からの報告に、ハルゼーは目を剥いた。


「はあ!? 今日、三度目だぞ! まだ飛べるってのか!」

「はい、ルーデル中尉はこれくらい何てことはないと――」

「けっ、あのドイツ(ハンス)野郎。なんてタフなんだ」


 ここまで来るのに、すでに『エンタープライズ』の航空隊は二度出撃を繰り返し、パイロットたちの疲労も相当……だと思っていたのは、どうやらハルゼーだけだったらしい。


 艦橋から格納庫への通路を行けば、エレベーターに載せられた機体が飛行甲板へ移動しようとしていたところだった。マ式Ju87改シュトゥーカの艦上機仕様のコクピットから、パイロットが軽い敬礼をした。

 ハルゼーは艦橋に戻り、航空機用の無線機を操作した。


「おい、ドイツ(ハンス)野郎! お前もすでに2度空戦をやってるんだ。もう無理はしなくていいんだぞ!?」

『どうも提督。ソ連と戦っていた頃は、こんな連続出撃は毎日でした』


 無線から、ハンス・ウルリッヒ・ルーデル中尉が皮肉げに返した。ドイツ空軍の急降下爆撃機乗りである。


『大丈夫、ミルクを飲んだらどうとでもなりますよ』

「オレはミルクが嫌いだ」


 子供の頃に腎炎を患い、半年ほどミルクづけになって以来のミルク嫌いのハルゼーである。


『それはよかった。私が、提督分のミルクを頂きます』

「提督!」


 後ろから通信士が大声を出したので、ハルゼーはビクりとし、振り向き様に怒鳴った。


「何だ!?」

「通信が入ってます! 日本海軍です! 近くにいるみたいなんですよ!」

「なんだと!?」


 救援を求める電報を打ちまくっていたが、それに応じた者が現れたのだ。艦橋内が沸くが、ハルゼーは渋い顔になる。

 何故なら、彼は昔から日本人にあまり好意的な感情を持っていなかったからだ。

・プロテウス級給炭艦改装空母:「エンタープライズ」

基準排水量:1万0700トン

全長:167メートル

全幅:20.2メートル

出力:1万2000馬力

速力:21ノット

兵装:12.7センチ単装高角砲×2 12.7ミリ四連装機銃×3 

   20ミリ機銃×8

航空兵装:艦載機24機

姉妹艦:

その他:プロテウス級給炭艦を改装して空母にしたもの。第一次世界大戦中、消息不明になったが、異世界に飛ばされていた。姉妹艦の「ジュピター」が軽空母「ラングレー」に改装された経緯から、本船も空母へと改装された。撃沈した輸送船のマ式機関を複数搭載することで、オリジナルよりも速力が向上している。

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