第六三七話、マダガスカル島襲撃作戦
「回収で海域に留まっている間、T艦隊本来の任務を果たしましょう」
T艦隊参謀長、神明少将は、上司である栗田 健男中将に告げた。
「この雨なので、空母と航空隊の手が空いています」
どうせ手持ち無沙汰ならば、今のうち転移中継ブイをインド洋にバラまこうというのである。
インド洋は、第七艦隊が転移中継ブイをいくつか設置しているが、まだまだ数が充分とは言えない。
広大なインド洋にあって、敵の拠点のあるマダガスカル島近くに転移中継点を置いているが、モーリシャス、セイシェル、チャゴスといった諸島には、最低限の配置しかしていないので、まだまだ穴があった。
T艦隊としても、インド洋での転移連絡網の構築作業は遂行せねばならないことの一つだった。
「そうだな……。いいだろう」
転移中継ブイをバラまくだけならば、彩雲改二を飛ばしていくだけで、作業自体は可能だ。
栗田は了承した。神明は首肯したが、そこで再度口を開いた。
「長官、第七艦隊司令部で仕入れた情報なんですが、敵の支配下にあるマダガスカル島に、例の紫の艦隊が駐留しているそうです」
「……」
栗田の眉がピクリと動いた。
紫の艦隊――ムンドゥス帝国の言うところの紫星艦隊である。日本海軍は、この紫色で塗装された艦隊によって、第八、第九艦隊がやられ、東南アジアでも翻弄されていた。
「現状、確認されている敵の中でもっとも有力な艦隊と言えます。おそらく、今回のベンガル湾でのカルカッタの残党を用いた囮作戦も、あそこの艦隊が関係していると思われます」
何故、そう言い切れるか? マダガスカル島の反対サイドのオーストラリアは封鎖された上に、有力な艦隊がないからだ。消去法である。
「ここはひとつ、お礼参りが必要かと。インド洋に転移連絡網を構築する上で、少し紫の艦隊には大人しくしてもらうべきと考えます」
「T艦隊で殴り込みをかけるというのか?」
険しい顔の栗田である。しかし、神明は首を横に振った。
「いえ、さすがにT艦隊単独では、こちらも無傷とはいかないでしょう」
何せ、推定50センチ砲クラスの主砲を備える大戦艦を旗艦に、戦艦、空母が充実している。ちょっとやそっとの奇襲で叩けるほど、弱くはない。
「先にも申した通り、インド洋西部での転移連絡網を構築する段階で、出てこられても困りますから、しばし足止め、最低でも嫌がらせをしておきたく思います」
「具体的には?」
「マダガスカル島、敵艦隊がいる軍港を航空隊で空爆します」
港湾施設、そして燃料タンクなどを破壊する。艦隊は使わず、航空隊で仕掛けるのである。
「今から作戦立案、いけるか?」
「インド洋の決戦の際、第一機動艦隊が一度マダガスカル島を空襲しております。その時の作戦が流用できるかと」
その第一機動艦隊の参謀長として、現場にいた神明である。どこから出て、どこを攻撃すればいいか心得ている。
「一度仕掛けたというが、敵も空襲を警戒しているのではないか?」
栗田が疑問点を口にした。彼は、危険を察知することに関して、独特の嗅覚を持っている。
以前、日本海軍の空母機動部隊が奇襲を仕掛けた場所であるなら、異世界人も二度目をやられないように警戒していると考えるのは自然である。
神明は頷いた。
「はい。まずは彩雲改二を送り、別方位から攻撃隊を差し向けます。そして攻撃隊は、敵艦隊ではなく、燃料施設を叩かせます」
「艦隊ではなく……?」
「対艦用の武器が不足しています。誘導弾はありませんし、障壁を張られれば、ますます攻撃できません。それならば燃料タンクや関連施設を叩き、敵艦隊の足を封じます」
敵の転移艦艇のシステムがまだ不明な現状、もしかしたら殲滅させられた艦隊の増援として紫の艦隊が、こちらへやってくる可能性もある。
そうした攻撃の前に、敵が一瞬でも残り燃料について考えてくれれば、彼らは出撃を取りやめたり、あるいは別の港へ移動するのではないか。
そうなれば、回収作業中のT艦隊の安全度は上がる。
……とはいえ、敵の転移システム如何によっては、そんなことを気にすることなく転移もできてしまうかもしれないが。それならそれで、転移の仕組みを推測する材料にはなる、と神明は考えた。
「そうか……敵は、こちらに来る可能性もあるわけか」
栗田は呟いた。
「よろしい、参謀長。やってくれ」
「承知しました」
神明は早速、行動に移る。藤島航空参謀と共に、転移室から、空母戦隊旗艦である『翔竜』へと飛んだ。
T艦隊、航空戦隊の司令官は、有馬 正文少将である。
「お疲れ様、神明君」
海軍兵学校43期。かつて空母『翔鶴』の艦長を務めたことがあるこの指揮官は、年下や部下にも実に礼儀正しく応対する。非常に部下思いである一方、指揮官先頭を地でいく果敢な男である。
神明は、栗田中将の許可を得て、マダガスカル島の敵軍港への奇襲攻撃作戦を説明。海図台にてマダガスカル島の地図を広げ、同島北方のディエゴスアレス港を攻撃目標とした。
「わかりました、やりましょう」
有馬少将は淀みなく答えた。さっそく戦隊司令の有馬から飛行長に作戦が伝えられ、三隻の空母で攻撃隊が編成される。出撃するのは暴風戦闘爆撃機。
遮蔽を持たないため、敵の索敵や警戒に引っかかる可能性は小さくない。また先に栗田が指摘した通り、日本海軍の奇襲攻撃に備えて敵直掩戦闘機隊が即応してくると見ていい。故に、戦爆隊は対空装備も整えさせる。
まず飛び立ったのは、転移中継ブイを投下する任務を持った彩雲改二。それまでは、攻撃隊の搭乗員たちを前に作戦の詳細の説明である。
飛行長は、それぞれの攻撃目標や作戦の注意点、そして攻撃後の転移離脱などの流れを説明した。
その様子を神明と藤島は眺めていたが、ふと藤島は言った。
「何というか、昔に比べると寂しいもんですなぁ」
「……」
暴風戦闘機は計42機が出撃の予定だ。『翔竜』からは18機が出るのだが、その戦爆隊の搭乗員はわずか6人しかいない。つまり残りは自動コアが扱う無人機ということだ。
「おれらが艦攻に乗っていた頃は、パイロット、航法士、通信士の3人がいて、9機も出せば27人もいたわけです」
藤島は、開戦時のトラック沖海戦、その直後の撤退戦で、第九艦隊の艦攻隊として、実際に敵艦艇を攻撃している。
「そん時と今を比べちまうと……18機出るのに6人?」
「人材の枯渇。無人機でだまくらかしているが、補充が追い付いていない」
内地で編成中の第一、第二機動艦隊は、まだまだ人が多い。だがT艦隊のような、かき集めでは、無人コアの比率が特に高い。
そもそも開戦前の日本軍は、長期戦をやる軍隊ではなかった。米国を仮想敵国としていた頃より、艦隊決戦による短期決戦を狙っていた。
今ある戦力を研ぎ澄ますことに神経を使う一方、それが失われた時の補充については、手が回らないからと半ば諦めていた。
戦争となり、多くの人材が失われた。ただでさえ補充の層が薄いのだから、今もそれなりの戦力を有して、戦争ができていることが奇跡に近いといわざるを得ない。
「それでも、我々は戦い続けなくてはいけない」
敵が諦めるまで。両方が戦争を辞めると決めるまで。