第六三四話、天から巨弾が降ってくる
深山Ⅱ大型攻撃機は、T艦隊の伊号潜からの位置通報によって、異世界帝国艦隊の上空に戻ってきた。
「戦艦6、巡洋艦12、駆逐艦30から40の間」
高尾 鹿子大尉がマ式照準器から目を離しながら言った。
相変わらず下は厚い雲。ただし数時間前より多少、雲の切れ目が多い。そしてやはりというべきか、海上を行く敵艦隊の姿は見えない。
「須賀大尉、下の様子はわかるかしら?」
「……まあ、大体のところは」
直接見ているわけではないから、ぼんやりはしている。仮に窓や照準器から覗き込もうとしても、厚い雲で見えないが。
「その言葉が確かなことを祈るわ」
そう言いながら、高尾は紙に何やら書き込む。それを須賀に見せた。
「これ、雲の下の敵の陣形ね」
戦艦、巡洋艦の略図、空母マークは航空機を積んだ輸送艦だろうか。無印は駆逐艦だろう。ざっと眺めて、須賀は違和感に気づいた。
「こことここ。巡洋艦以上の何かがあるはずなんだが?」
「……なるほどね。私の目では見えていない。遮蔽を使っている転移艦は、そこね」
高尾は改めてマ式照準器を覗き込む。
「雲の下は見えるのに、遮蔽で隠れているのは見えないのか?」
「正木 初子にできて?」
挑むように高尾が返した。そう言われても、須賀にはわからない。
「そもそも遮蔽を使う敵が見えるなら、あなたを呼んだりしないわよ」
「……それもそうか」
須賀は納得する横で、高尾は顔を上げた。
「日高大尉。深山をこちらに誘導願います!」
先ほどの配置をメモした紙を渡す高尾に、機長の日高大尉が受け取ると、操縦席へと移動した。
深山Ⅱ大型攻撃機は、敵艦隊の配置から、目標位置へと移動させる。
とはいっても、下が見えるのは高尾だけなので、結局おおよその位置まで操縦士に指示して誘導したが。操縦士は雲のせいで正しい位置か把握できないから仕方がない。
やることがないので、須賀は能力訓練も兼ねて、下の敵艦隊に意識を向ける。大まかに感じられるが、高尾のようにはっきり見えているわけではない。感じ方、大きさなど、より精度を増すべくトレーニングをするが。
「あ……」
「どうした、須賀大尉?」
日高機長が、唐突な声に反応した。
「もう1隻、艦隊の後方についています」
「なに? 3隻目か!?」
艦隊後方を、離れて単独で航行しているから、先ほどの確認の時に気付かなかった。メモにもなかったから、すぐに高尾に確認し、この位置の敵の有無を問えば。
「これも遮蔽ですね。こちらからは見えません」
「奴ら、また日本軍が襲撃してきた時に備えて、もう1隻潜ませてやがったんだな」
艦隊後方など、日本艦隊の出現位置にもよるが、挟撃する気満々ということか。
「通信士! 艦隊に魔力通信! 敵遮蔽艦は3隻――!」
・ ・ ・
艦隊にマ式通信を送った後、少し待機せよと返信があった。
深山Ⅱの日高大尉は、おそらく攻撃割り当てについて再検討しているのだろうと言った。
「今回の再攻撃の鍵は、敵の遮蔽艦――おそらく転移艦だが、こいつを真っ先に始末できるかにかかっている」
転移艦がなければ、敵は増援を戦闘海域に送り込めない。つまり相手をする敵は、今見えている範囲のもののみということだ。
「で、T艦隊の神明さん曰く、増援さえ現れなければ、現有戦力で敵を始末できるとおっしゃっていた」
戦艦6隻を含む敵艦隊を、戦艦合計3隻の第七艦隊、T艦隊で撃滅可能――そう参謀長は計算したわけだ。
「つまりその前提が崩れたら、作戦どころではないということだ。深山で1隻、敵艦隊に追走している伊701潜ほか潜水艦が、もう1隻を仕留めるという計算だったが……」
「もう1隻いた」
「その1隻を誰が始末するか、だが……」
「誰がやるんです?」
「まあ、下の伊号は、701だけじゃないから、702とかが仕掛けるんじゃないか?」
知らんけど、と言いながら日高は予想した。
しばらく待機していると、艦隊からのマ式通信がきた。通信士の報告によれば、深山Ⅱは予定どおり、敵遮蔽艦を爆撃せよ、と命じられた。作戦続行である。
「3隻目始末の算段がついたんだな」
日高は不敵な笑みを浮かべた。
「ようし、高尾大尉。始めるぞ」
「了解」
深山Ⅱは爆撃態勢に――とやっているのは直接狙う高尾のみで、他の搭乗員らはやることは変わらない。相変わらず雲の上を、のんびりクルージングである。
須賀は高尾に問うた。
「見えないけど、狙えるのか?」
「艦隊の配置は早々変わらないわ。この大雨の中では特にね」
高尾は照準器から目を離さない。
「じっと見ていると、遮蔽で隠れていても、不自然な波がちらちらしているのがわかる。思ったより海が荒れているのでしょうね。変な飛沫が上がっているわ」
「高尾大尉、行けるか?」
日高が声をかけてきた。彼女の答えは簡潔だった。
「行けます」
「よし、爆撃始め!」
「投下!」
転移爆撃装置のスイッチが入る。その瞬間、深山Ⅱの底から、転移で送られてきた爆弾――否、大和型の46センチ砲弾が真っ直ぐ落ちていった。
たとえ、敵遮蔽艦が、戦艦級の装甲を持っていようとも一撃でその水平装甲を撃ち抜けるように戦艦の砲弾が選ばれた。
特に障壁対策はしていない。そもそも、防御障壁の存在は無視していた。
遮蔽装置と同時に使用すると、うっすらと障壁が見えてしまい、隠れている意味がなくなるからだ。
46センチ砲弾は、コマのように回転を与えられながら、高尾の能力で軌道を修正しつつ、さながら誘導弾のように何もない海面――そこに潜む遮蔽艦に吸い込まれていった。
そして次の瞬間、花が開いた。
「命中!」
徹甲弾は、遮蔽艦の甲板を貫通し、内部で爆発。その隠れていた艦体を露わにすると共に四散させた。
「敵艦、轟沈!」
「よし!」
さすがは大和型の主砲弾。その威力は凄まじい。
深山Ⅱは、目標の敵遮蔽艦を撃沈したのだった。